3 猫かぶり、押し売り

 それから、いかにあの衣装が素晴らしいかを係の人に説くと、引きながらも責任者に話してくると言われた。


「き、君かね。う、うちのお針子が作った衣装にか、感動したという方は」


 バックヤードの近くで待っていると、おどおどしたおっさんが出てきた。

 身なりはいいから上の方の人なんだろう。


「はい!衣装が僕が今まで見た中でも、最高に素晴らしくて!とても感動しました!」


 よそ行きの顔でできるだけ印象良くみられるように注意する。


「そ、そうかい?い、いや、そう言ってく、くれるとう、う、嬉しいよ」

「ぜひとも制作された方に感動を伝えたいのですが」

「か、彼女は、い、忙しいから……」


 やばい。断られる。


「お願いします!これが最後になるかもしれないんです!」

「そ、そんな、お、おおげさな」

「いえ、僕は将来、騎士になることが決まっています。

 そうなると簡単に公演を観に行けません。

 それに、戦地へ向かうとなると生きて帰れないかも……」


 騎士になることは嘘だが、他は本当のことだ。

 俺は兄弟がたくさんいるが、戦死した兄たちもたくさんいる。


「そ、そんな……。な、なんてか、悲しい……」


 おどおどしたおっさんは目に涙を浮かべている。

 もう少し押せばいける!


「だから……お願いします!」

「ぐすっ……。わ、分かった。き、きみの素敵な、お、思い出の手助けをしよう」


 勝った!俺は心の中でガッツポーズをした。


「ありがとうございます!!」

「ヒィッ!」


 親父直伝の直角お辞儀をすると、おどおどしたおっさんは悲鳴を上げた。


「誰だい?あたしに用があるなんて」


 おどおどしたおっさんが連れてきたのは、まん丸なシルエットのおばさんだった。


「マダム、か、彼は君が作ったお、踊り子の衣装に、か、感動したんだって」

「はー?それであたしに会いたいと?物好きもいるもんだ」

「突然すいません。あなたが作った衣装、とても素晴らしくて!

 あの刺繍は南方の文様ですよね?

 それにあんな繊細なフリル、一流の職人でも難しいのによくもあんなに贅沢に使って……」


 服についてのもろもろの知識は、姉たちや母さんの受け売りだ。

 でも、素人の俺が見ても素晴らしい。そこは本心だ。


「へぇ!あんた分かるのかい?あの刺繍は南方の……」


 マダムのうんちくに適当に話をあわせつつ、相手を気持ちよくさせるように努める。


「マダム、あなたは本当に素晴らしい方だ!

 ぜひ僕を弟子にしてください!!」

「「はぁ?」」


 マダムとおどおどしたおっさんご間抜けな声を上げる。


「今を逃すと永遠に話せなくなるかもしれない。僕はあなたの腕に惚れました。

 あなたの右腕となり働きたいのです!」


 折れてくれと祈りながら、俺は熱弁を振るう。


「き、君はき、騎士になると……」


 おどおどしたおっさんが、話が違うと訴えてくる。


「はい。騎士なるのが定められています。

 でも、僕が授けられたギフトは裁縫。

 本当はギフトである裁縫を活かして生きていきたいんです!

 がむしゃらに動いても両親は納得しないでしょう。でも!」

「ふーん。勤め先が決まれば、うるさく言われないと」


 察しがいいマダムだ。


「はい!」


 俺は人好きのする笑顔を頑張ってつくった。

 ここで押し切らないと人生が詰む。

 ここまで必死になったのことは人生で一回もないだろう。

 親父主導の、地獄の鍛錬ですらここまで必死にならなかった。


「ギフトは裁縫と言ったね。過去になにか作ったことは?」

「あります!」


 本当は無いけど。


「ここは孤児の自立支援を兼ねてる場所だ。

 外部から人を雇うときは、よっぽど腕が立たないと無理だよ。

 覚悟はあるかい?」


 マダムが俺を見据える。


「あります」


 俺も負けじとマダムを見返した。


「明日、作品を持っておいで。

 その後、実際にここでも縫い物をしてもらうよ」

「分かりました!ありがとうございます!」


 約束を取り付けた。大きな一歩だ。


 すぐに手芸屋で、布と糸と裁縫道具一式を購入する。

 あっという間に手持ちの金が尽きてしまった。


「で、俺のところに戻ってきたのか?箱入り息子くん」

「う、うるさい」

「泊めてやらないぞ」

「すみません」

「素直でよろしい」


 結局、俺は大兄おおにいさんに恥を忍んで泊めてもらうことにした。


「就職試験なんてあるのね」


 突然首を突っ込んできた、彼女は大兄おおにいさんの奥さんだ。


「うん。服を一着作れって」

「何を作るの?」

「子供服なら小さいし簡単かなって」

「子供服なんて!逆に難しいわよ!

 一つ一つのパーツが細かいから、さらに細かく縫いつけないといけないし、布の余白が大人の服よりも取れないから苦労したわ」


 義姉ねぇさんはあわてて止めだした。


「そ、そんなに難しいんですか?」


 あまりの剣幕に俺も不安になる。


「私も妊娠中に作り始めたけど諦めたもの。初心者にはおすすめしないわ」


 ねぇ、と義姉ねぇさんが控えているメイドに言うと、メイドもおっしゃる通りです、とうなずいている。


「ゆったりとした形のドレスなんてどうかしら?

 お手本になるものを貸してあげるわ」




 それから借りた部屋で借りたドレスとにらめっこだ。


「こんな作りなのか……。うーん、分解したら怒られるよな」


 借りたドレスを元に型紙を作ることにする。

 途端に俺の手が温かくなり、白く輝き始めた。


「ギフトが発動したんだ!」


 生まれてはじめて発動させたことに興奮しつつ、手を動かす。


「わ!すごい!自分の手じゃないみたいだ!」


 自分の意志で動かしているが、それ以上にスイスイ動く。

 手つきも鮮やかで、初めて服を作る人間の手つきとは思えない。


「これはハマるな……」


 俺は夢中になってドレスを作り続けた。


 ……。

 …………。


「出来た!」


 コンコン。

 誰かがノックしている。


「なんだ?こんな夜中に?」


 怪訝に思いながら返事をする。


「朝食の用意ができました」

「へ?もう朝?」


 カーテンに閉ざされた部屋は薄暗く、時間のうつりを気づかせない。

 あれから一睡もせずにドレスを作っていたようだ。


「時間が立つのが、こんなにも早いなんて……」


 メイドに返事をして、俺は身支度を整えた。

 朝食を取り、仮眠をとってから、俺はマダムに挑戦するべく歌劇団のテントへ向かった。

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