4 合格、新生活

「よろしくお願いします!」


 俺は直角お辞儀でマダムに作ったドレスを差し出す。


「こっ、これを一人で?」


 マダムは目をまんまるにして驚いていた。

 俺が作ったのは義姉ねぇさんに借りたドレスを元に、実家の家族が好んだ装飾を施した、ちょっと豪華に見えるドレスだ。


「……驚いた。この刺繍も縫ったのかい?」

「はい。作り出したら気分がノッちゃって」


 手持ちの金が消える原因になったのは、大量の刺繍糸を買ったせいだ。

 それをふんだんに使った刺繍は花や蝶の模様を施した、女性が好みそうなデザインにしてみた。


「せっかくのドレスをこんなところで広げちゃもったいない。

 こっちにおいで」


 マダムに誘われるまま、一つのテントに入る。


「すごい!手芸店みたいだ!」

「ここが衣装係の作業テント。あたしの仕事場だよ」


 マダムが自慢げにテントを紹介してくれた。

 布と糸が収納してある棚は、おそらく国中の布と糸が入っているに違いない。

 もしかしたら異国の素材もあるかもしれない。

 マネキンにはステージでみたような衣装が着せられていてる。

 たくさんいてすこし不気味だ。


「さて、あんたの作ったドレスを見ようかね」


 マダムが作業台においたドレスを真剣に審査する。


「これは完全に独学だねぇ。基礎がなってないのはしょうがないか……。

 まあ、ギフトのおかげとはいえ素晴らしい出来だ」

「ありがとうございます!」

「次は実際に縫ってるところを見せてもらうよ。

 この刺繍を縫っておくれ」


 マダムが見せてくれたのは、今まで俺が見たことがない模様の刺繍だった。


「はい!」


 やる気に満ちた俺は、意気揚々と道具を取り出す。


「えらく新品じゃないか」


 ピカピカの道具たちを見て、マダムが言った。

 昨日買ったばかりとは流石に言えない。


「ギフトが与えられたのが最近なので」

「昔から服を?」

「服は最近です。もともとは下の兄弟たちに遊び道具を作ったりしてました」

「なるほど。器用そうな指だと思った」


 よく分からないが、うんうんとうなずくマダム。

 俺はギフトを発動した。


「ほう!」


 チクチクチクチク……。

 チクチクチクチク……。


「できました!」

「もう!?」


 またまた驚くマダムに俺は作品を渡す。


「ほうほう、本当に自分一人で作れるとは……。うん、縫い目もちゃんと揃ってる。糸の処理も丁寧だ」


 さすがプロ。本当に細かいところまで見ている。


「これだけの腕前であんたの歳なら将来有望だ。

 団長にかけあってみよう」

「え、それじゃあ」

「あたしのテストは合格だよ。よく頑張ったね」


 マダムは俺にウィンクした。


「あ、ありがとうございます!」

「ブフッ。あんたのそのオジギはまんま騎士だね」


 丸々とした体を揺らしながらマダムが団長を呼びに行った。

 テントに俺だけ残されて数分。


「マ、マダムのす、推薦されるとは……、よ、余程、腕が立つんだろうね」


 マダムと、あのおどおどしたおっさんがやってきた。


「団長。この子は歌劇団にとって力になります。

 他に取られる前にうちに引き込んでいないと後悔しますよ」


 マダムがおっさんに力説している。

 あんなにそっけない態度だったのに、こんなにも俺を買ってくれるだなんて。

 ちょっとツンデレなのかもしれない。

 それより。


「だ、団長!?」

「ヒィッ、い、言ってなかったかい?

わ、私はベ、ベーレンスという。こ、この歌劇団の、そ、創設者だ」


 俺の大声にビビりながらも、おどおどしたおっさん、もといベーレンス伯爵は自己紹介をした。


「偉人じゃないですか!まさか本人も歌劇団と一緒に移動しているだなんて……」


 お偉いさんは自領で暮らしているんだと思っていた。


「い、偉人なんて……、ヒヒッ。

か、歌劇団は、わ、私にとって子どもみたいな、も、ものなんだ。

 こ、子どものそばには、い、いたいじゃないか」


 照れてクネクネしながらベーレンス伯爵は言った。

 ちょっと気持ち悪い。

 たしか母さんも社交嫌いの変人伯爵って言ってたな。

 心から納得した。


「そ、それより、き、君は貴族だろう?こ、今後のこともあ、ある。

き、きみの両親に、お、お話しないと、や、雇えないよ」

「雇っていただけるんですか!?」

「ヒィッ」

「こら!団長はノミの心臓なんだ。静かにお話しないとショック死するだろう!?」


 マダムが俺を叱る。


「す、すみません」


 それから身元保証人として、大兄おおにいさんの元へ向かった。

 団長についていた嘘はバレてしまったが、あとの祭りだ。


「エーベルハルド、調子に乗るなよ」

「いてぇ!」


 嘘をついた罰で、大兄おおにいさんのゲンコツを食らってしまった。

 そもそも実力は本物だから、いいと思うんだけどな。

 あとは大兄おおにいさんとベーレンス伯爵が大人の会話を交わして、俺は無事にベーレンス歌劇団の一員になった。


「あ、あと半月は、こ、この街に滞在するよ。

そ、それからは、か、各地を点々とすることになる。そ、その度に」

「俺は手紙とかで家族に近況を報告するんですね」

「ヒィッ!“僕”だったのに“俺”になってる!」


 この団長めんどくさい。

 テントに戻って話をしているが、一向に話が先に進まない。


「一応、貴族として生まれているので、基本は実家に従います。

 ただ、俺の家は放任主義だから、そこまで横槍入れたりはしませんよ」

「リ、リンダール家だもんね。ゆ、有名だよ。

 ぼ、僕が知ってるく、く、らいだもん。ふふっ騎士かぁ……。か、かっこいいよね」


 キラキラした目で騎士についてのあこがれを語る団長。

 なんていうか、少年の心を持つおっさんなんだろう。


「い、慰問でたまに、せ、戦地近くで公演をす、することもあるんだ。

 みんな、よ、喜んでくれて、あ、ありがたいよ」


 くねくねもじもじと動きながら団長は誇らしげに言った。

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