5 お針子、踊り子

 かくして、俺のお針子生活がはじまった。

 お針子とは、マダムの地域で仕立て屋の従業員を指すそうだ。

 ここではそれが広まって、衣装係は全員お針子と呼ばれる。


「知ってるだろうが、ベーレンス歌劇団は孤児のために創立されている。

 だから、孤児たちが結婚して抜けるのも、気に入った街に定住してもそれは良い。

 むしろ喜ばしいことだ。

 だけど、孤児以外は基本的に辞められないよ。

 何故なら新しく来る孤児の教育をしないといけないからね」


 マダムが、つらつらと喋る。

 お針子のボスは、当たり前だがマダムだ。

 マダムは家族でドレスを仕立てていたそうだ。

 だけど旦那さんが亡くなってから、店を畳んでこの歌劇団のデザイナー兼お針子になった人である。

 昔は王家御用達の職人だったとかで、その腕前は神と呼ばれる。


「エル!これも頼むよ!」


 俺は歌劇団で、エルと呼ばれることになった。

 名前が長すぎて覚えられないらしい。


「はい!」


 メインの踊り子が五人いるが、他にも多数の踊り子がいる。

 新人は、そっちの衣装や誘導係の衣装、他には従業員の服のつくろいなどをして腕を磨く。


「できました!」

「早っ!私の倍はやってるわよ!?」


 先輩お針子に呆れられる。


「へへっ、ギフト持ちなんで!

 それに、俺は早くあの華やかな衣装を手掛けたいんです」


 メインの踊り子たちが着る衣装は別格の美しさを誇る。

 しかし、毎日のように踊るから、毎日のように修繕が必要なんだそうだ。

 予備があっても間に合わないんだとか。


「あれは選ばれし者しか作れない芸術品だから……」


 先輩お針子が苦笑いをする。

 入って数日の新人が何言ってんだと思われただろう。


「ですよね。俺も頑張らないと!」

「エルー!これお願いー!」

「はーい!」





 それからしばらくして、俺は外で服のデザインを考えていた。

 実家でおもちゃを手作りするときもこうやってアイデアを出していた。

 とりあえず思いついたものをメモしていれば、いつか使えるだろう。

 夢中になっていたから、後ろに誰かいるなんて気づきもしなかったのだ。


「その衣装とても素敵!」

「わあ!」


 突然背後から話しかけられてビックリした。


「ビックリした?ごめんね!私、踊り子のマルティナだよ!」

「ほ、本物」


 歌劇団に入ってからも、たま〜に遠くから見るくらいの超ビッグスターの登場に、俺は心臓が破裂しそうだった。

 マルティナの声に、わらわらと女の子たちが集まってくる。

 あの大人気の五人が揃っている……。みんな可愛い。


「マルティナ、どうしましたの?」


 おっとりと話してくるのはモニカだ。


「モニカ!これ!彼、衣装のデザインを描いてるの」


 俺のデザイン帳を指さすマルティナ。

 みんなの視線が注目する。


「まだ勉強中ですが、どうぞ」


 たまらず、デザイン帳を差し出すと、みんなが食い入るようにみている。

 これは恥ずかしい。


「うーん……。フリルは可愛いけど、流行りのと違うわね」


 冷静な意見はクール担当のヨハンナだ。


「今はスパンコールよりリボンをたくさん使ったほうが可愛いの〜」


 舌っ足らずの彼女はベロニカ。

 この五人の中では一番の新入りだ。


「色がきれい!あたしコレ!コレきたい!」


 最年少のエミリはおてんばな妹のようで微笑ましい。


「あなた、見ない顔ね」


 ヨハンナがデザイン帳から、俺に視線を移す。


「お針子の新入りで、エルといいます」

「君が期待の新人ね!マダムが話してたギフト持ちの子!」


 リーダー格のマルティナはなるほど〜と手を叩いた。


「特に刺繍が素晴らしいって褒めてたの〜」

「ふふっ、エルくん。顔が赤いですわ」

「てれてる!てれてるー!」


 ベロニカ、モニカ、エミリが俺を見てにやにやしている。


「そ、そりゃ憧れの人に褒められたら照れますよ!!」

「マダムが憧れなの〜?」


 ベロニカが首を傾げる。

 なんとなくこの子は不思議ちゃんな気がしてきた。


「はい。あんな素晴しい技術をもつ人と仕事ができるなんて光栄です」


「やだ、まっすぐで素直」


 ヨハンナが手で口を隠して、早口で何かをつぶやいた。


「エルくん、歳が近いんだしタメ口でいいよ」


 マルティナが太陽のような笑みをみせる。

 ファンの間ではマルティナスマイルと呼ばれる笑顔だ。


「そうですわ!孤児はみんなタメ口ですもの。ね!」


 モニカが胸の前で手を合わせて、お願いポーズで首を傾げる。

 これも、ファンの間ではお願いモニカと呼ばれるポーズだ。


「……近くだと威力がやばい」


 こそっとつぶやいて、鼻血がでてないか心配になる。

 全員が魅力的な女の子なのだ。

 このままだと業務に支障が出てしまう。


「みんな、なかま!かぞく!ね!」

「うん、わかったよ」


 エミリだけが心の救いだ。妹みたいで素直に可愛がれる。


「エルー!どこほっつき歩いてんだい!」


 マダムの怒鳴り声が聞こえる。

 あっという間に時間が立ってしまっていた。


「わ、もうこんな時間か!」

「マダムー!エルくんここでーす!」


 マルティナが大声でマダムを呼ぶ。


「マ、マルティナ!」


 慌てるもマダムはあっという間に俺のもとへやってきた。

 あんな丸々とした身体なのに機動が素早い。


「あらあら、トップ5に捕まってんのかい」


 俺を見てマダムはあきれていた。


「マダム、ごめんなさいなの〜。私たちが引き止めちゃったの〜」


 うるうる大きな瞳でマダムを見つめるベロニカ。

 たぶんこれもファンの間で名前がついているはず。

 お針子仲間に教えてもらったけど、全部覚えてない。


「はいはい。とにかく、エルは仕事があるから連れていくよ」

「はーい!あ、マダムー!あたしコレきたい!」


 エミリが俺のデザイン帳から、お気に入りのデザイン画をマダムに見せる。


「エ、エミリ!」


 うっかり五人に見つかるまでナイショにしていたのだ。

 まさかマダムにまで見られるなんて!


「おや、エルは絵も描けるのか。どれどれ、みんなに見せようかね」


「エル、かおまっかっか!」

「うるせー!」

「エルは仕事に戻りな!」


 こうして俺は、五人の超絶人気な踊り子に認知されてしまったのだ。

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