2 観劇、衝撃
「さてこれからどうするかね〜」
親の敷いた、騎士になるという道を進めなくなったのだ。
今後を真剣に考えないといけない。
「裁縫スキルを使える場所ってテーラーしか知らないなぁ」
一応名門貴族なので、服はオーダーメイドだ。
いくつもの服を仕立ててもらったことはあるが、正直にいうと服について興味はなかった。
「まあ、母さんや姉さんたちの話を聞かされたりしてたから、なんとなくは分かる気はするけどなぁ」
のんきに街を歩きながら俺は考えることにした。
「裁縫って絶対に使うから、食いっぱぐれはないもんな」
それを考えるとこのギフトはありがたい。
騎士はケガや戦死で職業生命が短いのだ。
「とりあえずギルドで求人があるか探すか」
ここまでの俺はのんきだった。
「なんてこった……」
「求人ですが、残念ながらどこも募集していません」
「え?な、なんでですか?」
「西方で魔物のスタンピードがありまして、逃げてきた人たちがたくさん働いているんです。
なのでどこも人余りな状況でして」
「あぁ、それ、知ってる……」
俺は力なく答えた。
かなり大規模なスタンピードで、小さな村から大きな街までとてつもない被害がでたそうだ。
話には聞いていたけど、まさかここに来て俺に影響するなんて……。
「……ありがとうございました」
「お力になれず申し訳ありません」
まさかの展開にさすがの俺もめげそうだ。
だが啖呵を切った手前、どうにかするしかない。
「どうにかって、どうするんだよって話だよな」
トボトボと歩いていると、ビラ配りの人に捕まった。
「広場でショーを行っていまーす!
この国で一番人気の踊り子たちのショーですよー!!
ぜひ見に来てくださーい!」
渡されたビラをみると、“きたる!ベーレンス歌劇団!美少女による踊り子ショー!”と書かれてあった。
「ベーレンス歌劇団って、めっちゃ有名じゃん!この街に来てるんだ!」
ベーレンス歌劇団とは、ベーレンス伯爵が創設した旅一座だ。
慈善事業の一環で孤児をあつめ、才能によって踊り子や裏方にして手に職をつけさせているそうだ。
もちろん売上の一部は孤児院に寄付されている。
また、ベーレンス歌劇団を支援することは貴族たちの一種のステータスにもなっているので、こぞって自領での公演を援助しているんだと。
噂では孤児による犯罪も大幅に減ったらしい。
「いまじゃ普通に人気の歌劇団なんだからなぁ。ベーレンス伯爵って凄いわ」
美しい踊り子による洗練されたダンス。
そして素晴らしい衣装や音楽。
一度見ると忘れられない。また見たくなる。と各所で絶賛。
結成から数年で瞬く間に大人気歌劇団になったのは、もはや伝説のように語られている。
「せっかくだから観に行ってみよう」
気も紛れるだろうと、ビラを頼りに広場へ向かった。
いつもはだだっ広い広場に、サーカスのテントが設置されていた。
「ありがとうございまーす!こちら握手券でーす!」
見物料を払うと謎の券を渡された。
「握手券?」
「公演後に踊り子と握手できますので、ぜひ!」
「はぁ……」
俺はよく知らないが、踊り子ごとのファンクラブまであるらしい。
会場に行くと、すでにファンと思われる人たちがたくさん座っていた。
俺も適当な席につく。
「お兄さんは誰ファン?」
いきなり隣の席の人に話しかけられた。
「えっと、初めてきました」
「初めて!?いいねぇ!僕も最初に見た衝撃は忘れられないよ!
こんなに素晴らしい世界があるなんて驚いたもんさ!僕はマルティナちゃん推しなんだ!」
「あら、マルティナちゃんが好きなの?私はヨハンナ様推しなの!」
「ヨハンナ様も良いですよね!僕もヨハンナ様のクールな眼差しはたまりません!」
どうやらファントークが始まってしまったようだ。
俺は二人の会話から離れて、公演まで大人しく待つことにした。
「ワクワクするな」
俺がつぶやいたのと同じタイミングで、客席を照らしていた明かりが消えた。
ガヤガヤとしていた客席がしんと静まり返る。
ステージの両端にいる音楽隊が音楽を奏ではじめた。
それに合わせて客席から手拍子が鳴り始める。
ジャンッと音楽が終わった瞬間、ステージに明かりが灯った。
「キャー!」
「マルティナちゃーん」
「ヨハンナ様ー!」
始まる前なのにファンがザワついている。
軽快な音楽とともに、五人の女の子が踊りながら現れた。
鮮やかにステップを踏みながら、一糸乱れぬ動きでステージ中央へと進んでいく。
「凄い……」
踊りもさることながら、衣装が美しい。
それぞれの女の子たちに見合ったデザインなのに、統一感がある。
母さんや姉さんたちのドレスもきれいだがこれは別格だ。
「なんて繊細な刺繍なんだ!?あのフリルも一流品だ!」
「なんて麗しい!」
「きゃー可愛いー!!」
「ベロニカちゃーん、こっち見てー!!」
「エミリちゃーん、今日も素敵ー!」
「モニカー!モニカモニカー!!」
ファンの歓声に答えつつ、五人の女の子たちは軽快に踊っている。
マルティナと呼ばれる少女は元気いっぱいに。
ヨハンナは大人っぽくクールに、ベロニカはたまに危なっかしいが一生懸命だ。
エミリは小さいながら曲芸のような動きで飛びまわり、モニカは優しい笑顔を絶やさずにしなやかに踊っている。
「それぞれの良さが、周りを引き立てているんだ」
しばらくすると後ろからさらにたくさんの女の子たちが出てきた。
こうなると数でも圧倒されてしまう。
音楽にも酔いしれ、踊りに酔いしれて、すっかり気分は夢心地だ。
こんな世界があったなんて、これは夢中になる人たちの気持ちが分かる。
「最高だった……」
公演が終わったあと、放心状態の俺の肩を誰かが叩いた。
振り返ると隣の席のマルティナ推しの男性だ。
「ね、良かっただろう?」
「はい。とても」
「握手券で踊り子に会えるから、感想を伝えてあげると喜ばれるよ。じゃあ僕はこれで」
言われてから、ポケットにいれたまま忘れていた握手券を取り出す。
「そうだ、握手会で……!」
俺はいきおいよく立ち上がると、握手会場に急いだ。
「握手券を持っている方は、好きな踊り子さんの列に並んでくださーぃ!」
俺は、近くにいた誘導している人をつかまえる。
「はい、なんでしょうか?」
「あの、彼女たちの衣装を作った人と握手させて下さい!」
「はい?」
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