騎士の家系に生まれた俺、ギフトが裁縫だったので家を追放されました。でも国で超絶人気の踊り子たちの専属針子をやっています

三桐いくこ

1 追放、訪問

「出ていけ!お前のギフトが裁縫だなんて!我がリンダール家の恥だ!」


 キーンと耳が痛くなるほどの大声で、俺の親父は叫んだ。

 俺の家、リンダール家は騎士の名門家系だ。

 騎士団の要職はリンダール家とその親戚といっても過言ではない。


「くくくっ。裁縫なんてお前にピッタリのギフトじゃないか」

「ビョードル……」

「いつもチマチマとガキくさいもの作ってたもんな。俺にいつも歯向かうからだ!ざまぁみろ」


 こいつは俺の一歳年上の兄ビョードルだ。

 歳が近いからなにかと突っかかってくる面倒な兄である。


「俺の攻撃力アップで倒されないうちにさっさと逃げろよ」


 ビョードルが手に赤い光を宿して俺を見る。


「チッ」


 俺は舌打ちをして屋敷から出ていく……前に。


「グハァッ!」


 ビョードルの後ろで静観していた親父の頬を殴ってやった。


「俺を追い出して後悔するんだな!このクソ親父!」





 この国は15歳になると教会からギフトを与えられる。

 神だか女神だか知らないが、そいつから得たギフトは今後の人生に関わる重要なものだ。

 俺の家は、戦闘スキルのギフトを得るのが当たり前だった。

 攻撃力アップや素早さアップ、相手の攻撃力ダウンなどもある。

 だから、親父も当たり前にそういうギフトを、俺が得るんだと思っていたようだ。


「まあ、俺も驚いたよ。でも、裁縫も悪くないと思うんだけどな」


 街を歩きながらひとりごちる。


「ガキくさいものって妹たちにオモチャ作ってただけだし……」


 俺は手先が器用なので、屋敷で出たゴミや山で拾った木の枝を使って、歳が離れた妹にオモチャを作っていたのだ。

 ビョードルにはそれがくだらないものに見えていたんだろう。

 あいつは脳筋な親父にそっくりだからな。


「チッ、クソ親父め」


 親父に怒鳴られたことを思い出してムカムカしてきた。

 親父は良くも悪くも単純だ。

 それでよく騎士団の団長になれるな、といつも思う。

 だが、それとこれとは違うらしい。


「まあ、親父は単細胞だからいきおいで言ったんだろうが、あいつは本気だろうな……」


 ビョードルは親父の悪いところを濃縮したような奴だ。

 乱暴者で陰湿な嫌がらせもする。

 他の兄弟たちも手を焼いていた。


「とりあえず、大兄おおにいさんのところに行くか!」


 目指すは一番上の兄のところだ。


「お!エーベルハルド!久しぶりだな!

 俺が西方から帰ってきて以来か?」


 俺の一番上の兄は三十歳近い。

 すでに結婚して所帯を持っている。

 同じ街だが、自分の屋敷をかまえているので、俺は何かあったらよく大兄おおにいさんを頼っていた。


大兄おおにいさん、久しぶり」

「ギフトを貰ったんだって?どんなのだった?」

「……裁縫、だった……」


 開き直れたと思っていたが、家族に言うのは少し勇気がいった。


「裁縫?裁縫って布をチクチク縫う、あの裁縫?」

「うん、それ……」

「へぇ!お前は手先が器用だからな!ピッタリじゃないか!」


 大兄おおにいさんは母親似なので、親父とまるで性格が違うのだ。


「親父が死ぬほどキレて、家を追い出された」

「あっはっは。そりゃ親父はガッカリするよ。……お前に期待していたから」


 大笑いしてから大兄おおにいさんは寂しそうに言った。


「そう?いつも俺にだけ当たりがキツかったけど」


 俺は意外なことを聞いて驚いてしまった。

 ビョードルが俺を馬鹿にする理由の一つに、親父が俺にだけ厳しいというのがある。

 騎士の家系なので兄弟全員、騎士としての鍛錬を必ず行っていたのだが。


「いつも俺ばっかり、剣筋が悪いとかを防御がなってないとか……。居残りも毎日だったし……」


 ビョードルなんか、さっさと帰ることを許されていた。


「それは違うよ。エーベルハルドに跡を継がせたいって、親父はいつも言ってたからな。

 期待しすぎてスパルタになったんだろう」


 初めて聞く話に、俺は驚いてしまう。


「初めて聞いた」

「大々的に言うと周りがうるさくなるから。

 成人したときにでも言うつもりだったんだろう」


 大兄おおにいさんは、お茶を飲みながら穏やかに話した。

 確かに次期団長候補と知られると、周りからやっかみを受けるし、コネを作ろうとするめんどうな奴らが寄ってくるだろう。

 ビョードルの嫌がらせもさらに多くなるかもしれない。

 親父はそういうものから俺を守ってくれようとしたんだろうか。

 親父は不器用だからよく分からない。


「そういうことなら、親父があれだけ怒るのも納得だよ」

「親父は素直な人なんだ。許してやってくれ」

「そこは……もう一発殴ってからかな?」

「ぶふっ!もう殴ったのか!!あはははは!」


 笑い上戸の大兄おおにいさんはそのまましばらく笑い続けた。


「それで、エーベルハルドはどうするんだ?」


 笑いが収まったのか、大兄おおにいさんが俺に問いかける。


「まずは親父とビョードルを見返したい。

 このギフトでこれだけのことが出来るんだって思い知らせてやる!」


 俺の決意に大兄おおにいさんはうなずいた。


「だろうと思った。親父には俺から言っておくよ」

「そんなの要らない!」

「じゃあ、母さんにだけ言っておくよ」

「……分かった」


 俺と親父のケンカを母さんはまだ知らないだろう。

 無駄に心配させるのも嫌だし、しぶしぶ俺は大兄おおにいさんにしたがった。


「じゃあ、また」


 しばらく大兄おおにいさんとも会えないな。

 そんなことを考えつつ屋敷を出ようとする俺。

 からかい気味に大兄おおにいさんが話してくる。


「宿も自分で探すのか?箱入り息子が大冒険だな」

「からかうなよ!一人でやっていけるって証明するんだ!」

「はいはい。で、お金は持ってるのか?」

「あっ……」

「プッ、待ってろ」


 感情にまかせて行動したから何もかもを忘れていた。


「ほら、これだけあればしばらくは過ごせるだろう」


 大兄おおにいさんはじゃらじゃらと金貨がたくさん入った袋をくれた。

 庶民の年収くらいありそうだ。

 庶民の年収なんて知らないけど。


「こんなにいらない」


 袋から数枚の金貨をもらう。


「お前っ……」


 あきれる大兄おおにいさんに俺は言った。


「このお金は大兄おおにいさんが稼いだものだろ?俺も頑張って稼ぐからこんなにいらない。

 あと、これもいつか返すよ。じゃあね!」


 大兄おおにいさんに、なにか言われないうちに俺は走って屋敷を出た。


「好き勝手言いやがって……。

 お前の負けん気の強さを、親父は気に入ってる……なんて言ったら、エーベルハルドはまた怒るだろうな」


 そんなことを大兄おおにいさんが言っていたなんて、俺は知らないまま、街へと駆けていった。

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