24. お終いの姉妹はお仕舞い
「あ、あああぁ……」
唐突な静香の登場に黒子は目に見えてがくがく震えて怯えていた。俺も気が動転してる。
「ど、どうしてお前がここに……」
携帯のメッセージで呼び出したのは綾香(黒子)一人だ。静香は呼んでない。それなのに当然のご登場は意味がわからない。
そんな俺の疑問に静香は当然のように答えた。
「どうしてって、そりゃ連絡もなく学校に遅刻して教室にもいないんじゃ、心配になって探しに来るよ。まあ屋上で吐いてた時からなんとなくここが怪しいって思ってたけど案の定ビンゴだったね」
屋上なら黒子も話しやすいと思って呼び出したのが完全に裏目に出た。
気を遣って場所に気が回らないとか馬鹿か俺は。屋上で会話中に乱入されるの何回目だよ。いい加減学習しろ。
言わずもがな状況は最悪。
前は俺が黒子の名を出しただけで大惨事になったのに、本人と密会なんて目撃されたらどうなるかなんて考えたくもない。
しかし、想像に反して静香は怒り狂ってなかった。それでもいつものような脳天気な態度はどこにもなく、真剣な眼差しでこっちを見つめている。
「盗み聞きする気はなかったんだけどね。内容が内容だから」
「……どこから聞いてたんだ?」
「どこでもいいよそんなの。それよりケイ君。まさかその子の泣き落としに騙されてないよね」
「……泣き落とし?」
聞き返す前に、静香が黒子に指を差して睨みつけていた。
「お姉ちゃんが自殺したのは本当だよ。でも写真撮影も死体の解体も全部黒子ちゃんが言い出したことなんだよ」
「なっ……」
急になにを言い出すんだこいつは。
「ち……違います!」
流石にそれには怯えていた黒子も看過できなかったのか即座に反発していた。しかし、静香も即座に首を振る。
「違わないよ。お姉ちゃんの代わりなんて誰にもなれない。そもそも死んだ人間の代わりになろうなんて発想自体がおこがましい。許されない冒涜だよ。しかも記念撮影や解体? ふざけないで! そんなこと私がやるわけがない。やるわけないよ!」
静香が語気を強めて怒りに肩を震わせる。
でもそれは確かに俺も同感だ。慕っていた姉が首を吊ってるのに、供養どころか撮影や解体とかぬかすのはもはや妹以前に人として論外だ。
「黒子ちゃんが成り代わりを認めなきゃ、お姉ちゃんがケイ君を突き落としたのを公表するって脅して来たんじゃん。お姉ちゃんが自殺して放心中のところにつけ込んで来たくせに……事実をねじ曲げないでよ」
「う、嘘です……! どの口で……」
「その証拠に親に虐待されていた黒子ちゃんには成り代わる動機やメリットがあっても、私にはなに一つないよね。……なーにが完全体お姉ちゃんだよ。そんなふざけた言い訳なんてどう考えてもおかしいって、流石のケイ君でもわかるよね?」
「……まあ、な」
流石に完全体お姉ちゃんはちょっとどうかと思っていた。
「け、啓太さん……」
俺に同意されたのがショックだったのか、黒子は絶望した表情で目を伏せていた。
そんなしょぼくれた黒子に目もくれず、静香はなにか確かめるような眼差しを俺に向けて首を傾げている。
「……それで? ケイ君はこれからどうするつもりなのかな?」
「どうするって……自首を勧めるしかないだろ」
俺なんかにバレてる時点でもはや時間の問題だ。森嶋にも嗅ぎ回られてるし、警察に通報される前に自首した方がいいに決まってる。普通に償ってくれ。
しかし、静香にそんな様子は微塵も無さそうだった。
「うん。ケイ君の気持ちは痛いほどわかるよ。でも……できればこの成り代わりの事は秘密にしてほしいんだ」
「は? なんで?」
「私もできるなら今すぐに罪を償いたい。でも、もうお姉ちゃんの死を暴いても誰も幸せにならない段階まで来ちゃったんだよ。私たちが破滅するだけならいいけど、この事実が発覚したらこれまで私たちを養うために一生懸命に働いて来たお父さんまで巻き込んじゃう。下手したらお姉ちゃんのように罪悪感で自殺しちゃうかもしれない」
「それは……」
そんなことないとは流石に言えない。
俺でさえ正直かなり精神的に来てるのだ。たいして綾香の父さんのことは知らんが、娘がいつのまにか死んで、赤の他人に成り代わられてる事実に実の親が気づいたら、ショックで死にたくなっても不思議じゃない。
「それに今さら公表してもニュースであることないこと吹聴されて、お姉ちゃんの死を玩具にされるだけだよ。娘を見抜けず自殺にも気づかない無能な親とか、お父さんにも誹謗中傷が絶対来る。正義感で追い詰めて死なせたら人殺しと変わらないよ。だからお願いケイ君。この成り代わりのことは秘密にして! お姉ちゃんだってきっと内緒にしてほしいって思ってるはずだよ!」
思ってるはず……か。
応えてやりたくなるような静香の必死の懇願。でももうその訴えを聞く前から、俺の答えは決まっていた。
「……そうだな。確かにそう思ってることは断言できる」
「ケイ君!」
静香がパァッと太陽のような満面の笑顔を浮かべる。きっと、この肯定される瞬間を今までずっと望んでたんだろう。
実際は真逆のものとも知らないで。
「……だって、お前が綾香なんだから」
そう指摘した瞬間、意気揚々としていた静香の表情が一瞬で凍りついた。黒子に至ってはまだピンと来てないのか呆然としている。
「ど、どういう意味ですか啓太さん。綾香って……」
「簡単な話だよ。俺の知ってる静香は綾香のフリが上手くなかった。綾香を美化するせいで本人の真似がちゃんとできてなかったからな。客観的に人を見れない奴が主観的に演技指導したって、お前を綾香に似せられるわけがない」
仮に伝言ゲームだったとしても、静香は綾香を見て神とさえ後続に伝えかねない奴だったのだ。静香の思い描く人物像が周囲と乖離してる時点で成立しない。
「で、でも実際にできてるじゃん」
「似せられるのは当然だ。綾香本人が教えるなら……限りなく本物に近づけられる」
俺がそう言うと、自称静香は慌てて否定し出した。
「ち、違うって! 変なこと言わないでよ。私はお姉ちゃんじゃ……」
「じゃあなんで俺が階段を降りようとした時、慌てて止めたんだ?」
「え……?」
「前に新聞部の活動後に、お前と階段でバッタリ会ったことがあったよな。その時俺が階段を降りて立ち去ろうとしたら、なぜか俺の前に回り込んで慌てて止めてたじゃねえか。それはどうしてだ?」
「それは……確かケイ君に昔の話をしないよう警告するためだったでしょ。別にどこもおかしいところなんて……」
「いやおかしいね。呼び止めれば済む話なのに、わざわざ回り込んで止める必要はない。それに態度もどこか不自然だった。ならあれは……階段で俺を突き落とした時の位置関係にしないために、慌てて回り込んだんだろ」
「…………!」
突き落とされた以上、必然的に当時の綾香は階段の上から俺を見下ろすような構図になっていたはずだ。
過去の話をするだけでもあれだけ拒否感を露わにするなら、過去の光景にも激しい拒絶を覚えるだろうさ。だから階段を先に降りさせたくなかったんだ。
「その根拠にお前は教室でもバスでも俺が気を失ったのを見た途端に急に気絶していた。それが俺が倒れた時の光景と重なったからだとしたら……納得がいく。そして、そんな気を失うレベルのトラウマを抱える可能性がある奴なんて……俺には一人しか思いつかない」
「ち、違うよ。そんなわけないじゃん! 私は、私は……」
俺の視線から逃げるように、絡まった蜘蛛の糸からもがくように、静香は言葉に詰まりながらもまだ否定しようとしていたが、
「……はあ、面倒くさ。やーめた、当たりよ当たり。おめでとー」
急に全てを放り出したように、面倒くさそうに手を叩いて認めていた。
静香は、綾香だった。
会社にとんでもない悪事の疑惑が浮上して、社長に問い詰めて「正解だおめでとう」とか拍手されたら、怒りよりもまず呆気にとられるんじゃないだろうか。
今の俺はまさにそれだ。もう頭の中にあった疑念疑惑が解消を通りこして爆散。脳への破壊活動はもうピークに到来。それでもストライキを起こさずすぐに復旧しようとする思考回路をもはや褒めるどころか憎らしく感じる。
「……そんな、あっさり認めるのかよ」
静香のフリをしていた時の動揺はどこの彼方へ消えたのか、綾香の口調はくだけて俺が知っている普段の堂々とした立ち振る舞いになっていた。
追い詰められた素振りも見せなければ、むしろそれがなに? 迎え撃つような態度。なんでこんな緊張感もなくあっけらかんと話せるのかさっぱり理解できない。
「当然でしょ。髪の毛一本取ってDNA検査されるだけでこっちはお手上げ。ここまで疑い深く見られた時点で弁明しようがないし、徹底抗戦したって自分の首がどんどん絞まるだけで時間の無駄でしょ。まあ実際に首が絞まったのは静香だけどね」
事実で笑えない冗談をかますな。
黒子はもう俺以上に完全に混乱しているようで、初めて会った時のようなつっかえる口調になっていた。
「ほ、本当に……綾香なんですか? そ、それじゃあ……クローゼットで自殺したのが綾香ではなく静香……? だっ、だったら、え……? 静香はいったいどこに……?」
「まさかもうボケたの? 山でバラバラに埋めたじゃない」
そう当然のように肩をすくめて告げられて、吐き気がこみ上げて来たのか黒子は青ざめた顔で口元を押さえていた。
知らぬが仏というが、知っても仏様だこん畜生。俺も目眩がする。
そんな動揺も気にも留めず気を取り直したように綾香は続けた。
「さて、それで? アンタは私がどうして静香に成り代わっていたのかまで見当はついてるのかしら?」
「……いくらなんでも無理がありすぎた。解体とか記念撮影なんていくら静香が狂ったにしたってやるわけがないからな」
「ま、私が本気で静香のフリをしたら、もっと取り乱して泣き叫ぶような演技にしてたでしょうね」
「けど、お前はそうしなかった。杜撰な出来だとわかってても、あえて狂ったようなフリを貫き通したんだ」
いや……あの場で静香の狂ったフリをしてる時点で、既に狂ってるか。
「ど……どうしてそんなことを……」
見るからに体調を悪そうにしながらも黒子が訊いてくる。言ったらさらに悪化しそうだが、言わなくても悪化しそうなので結局言った。
「もちろんお前に死体の隠蔽に協力させるためだ」
「……え?」
「現にお前が警察に電話しようとした時、胸倉を掴まれてやめさせられたんだろ? 絶対に後に退けない状況を力業で造り出すには、どうしても素の静香を演じてちゃ無理だったんだよ。無理やり脅す必要があったからな」
死体を発見して気が動転してる時にブチ切れられて強く詰め寄られたら、そりゃ頭なんてろくに回らない。
まともに判断出来ない状況に追い込み、ベラベラ舌を回して騙すのは詐欺師の常套手段。よく思い返せば違和感に気づけるだろうが、死体の撮影や解体なんて、ろくに思い返したくもないに決まってる。
静香が狂ったと思い込まされた時点で、もう言いくるめられるのは不可避だったのだ。
しかし、黒子はまだ情報の整理が追いついてないのか、納得していなかった。
「そ、そんな、無理がありますよ! クローゼットで静香の死体を見つけて、そんな一瞬で私に死体隠蔽に協力させるために行動できるわけありません!」
「確かにな。でもこの一連の流れが仕組まれてるなら話は別だ」
「し、仕組まれてる……?」
「まだ気づいてないのか。そもそも綾香が精神的に不安定で、静香がお前に相談を持ちかけるために家を不在にしてその間に自殺された、なんて前提はとっくに破綻してるんだ。最低でも待ち合わせの公園に来る前から綾香は静香に成りすましていたんだから」
「あ……」
ようやくそのことに気づいたのか、黒子が唖然とした様子で口を開ける。
「お前に電話を掛けた時から綾香は死体の隠蔽に協力させるつもりだったんだよ。行き当たりばったりじゃなくて、ある程度初めから考えられていたんだ」
きっと死んだのはお前のせいとか綾香に怒鳴られたせいで、黒子は盲目になっていたんだろう。
一度こうなったのは自分のせいと罪悪感を植え付けられたら、他人のせいかもしれないと疑念の目を向けるのはそりゃ厳しい。
疑念の芽が生えようにも綾香に対する恐怖という除草剤をまかれて完全に枯らされていた。そもそも他人に成り代わるなんて酷いビッグオーダーの前に、他の事を考える余裕なんてないに決まってる。
「じゃ、じゃあ静香が家で首吊り自殺をしていて、それを見た綾香が静香に成り代わろうとした……ってことですか?」
「いや……そもそも静香に自殺する動機がない。仮にそうだったとしても、それなら自殺した場所は綾香の部屋じゃなく、静香の部屋のクローゼットになるはずだ」
「あ……た、確かに……」
「ならあれは自分が死んだと思わせるための偽装工作だったんだ。静香が首を吊ったんじゃなくて、綾香が静香の死体の首を吊らせたんだ」
「つ、吊らせたってまさか……」
黒子の顔面が青白くなっていく。きっと俺も双子でも変身能力者でもないのに似たような顔色になってるだろう。
そもそも静香が本当に自殺や事故死だったら、黒子のようにまず警察に連絡する。こんなリスクが馬鹿高い成り代わりなんて、まず実行するわけがない。
だけど、それでもこんな無理を通して隠蔽する理由があるんだとしたら……!
「綾香、お前……静香を殺しちまったんじゃないのか」
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