23. 責任転嫁の化身

「おええええぇッ」


 そこまで黒子は語って、エチケット袋を貸す暇もなく吐いていた。

 無意識に口元を手で押さえて止めようとしてたが当然無意味。両手から嘔吐物がこぼれ出てポタポタと屋上の汚いタイルを更に汚していく。


 俺も流石に色々とドン引きだ。


「も、もういい。わかった。静香がおかしくなったのはよくわかったから」

 聞いてるたけで俺まで頭おかしくなりそうだ。


 酔い止めを飲んだのにバスで吐いてたのも、あの都内のバラバラ殺人事件のニュースを朝に聞いて、連想して精神的に体調を崩してたからか。



 屋上で吐いたのも俺が双子のことを命の恩人で感謝しかないとか言ったから、罪悪感で吐いたんだろう。


 ……色々と小学生のやることじゃねえぞマジで。


 ってかスマホで隠蔽方法とか探してる時点で、検索履歴でも調べられたら一発でアウトだ。疑いの目が少しでも向いたら一瞬でバレるに違いない。


 成り代わりが発覚するだけでもう致命傷だから、迂闊に元の姿に戻って存在がバレた黒子に静香はブチギレたのか。


 ポケットティッシュを取り出し、吐いた地点から移動して黒子の手を拭いてやる。泣きじゃくりながら申しわけなさそうに黒子は頭を下げていた。


「ず、ずみまぜん……」

「いや無理に話させた俺も悪かったよ。……話すにしても解体の描写はできる限りカットしてくれ。気分悪くなるだけだろうし」


 俺も正直きついし聞きたくない。

 しかし、黒子はきょとんとした顔で首を傾げた。


「……? 解体の描写は元からほとんどノコギリでカットしていますが……」

「そっちじゃねえ! できる限り省いて要点だけ話してくれってことだ!」


 はっとする黒子。もしかして馬鹿なのかこの子は。危うく俺がカッとなりかけたぞ。


「そ、そういう事ですか。……それから、私は静香の指示通りに動くことになりました。何度か警察に自首しようと頭をよぎったんですが、どうしてもできなくて……」

「まあ……そりゃな」


 話を聞いてる俺でさえ怖いのだ。直に感じた静香の狂気に屈するのは無理もない。


 自殺するまで追い詰めると脅迫された挙げ句、首つり死体をバックに写真撮影や解体作業の証拠まであったら後にも退けなくなる。自分のせいでこうなったと罪悪感もあったらなおさらだ。もはやマインドコントロールに近い。


「静香が解体している間、私は別人の姿で死体の隠蔽に必要な道具を買い揃えたり、私の家のパソコンで自殺するための場所を検索したりしていました。調べた痕跡もないのに関東の海岸で自殺するのは流石に不自然に思われると言われて……後はだいたい啓太さんの推測通りです。私は自殺するフリをして、二人の家で綾香として過ごしていました」

「……よく綾香たちの父さんにバレなかったな」

「その時は出張で不在だったんです。普段からあまり家にいない人で、いる時も静香がうまくフォローしてくれて……綾香のフリに私が慣れるころにはもう気付かれる心配も無くなっていました」


 そういや綾香たちの父さんはバリバリの営業マンだったな。

 まあ家に不在でもなきゃ風呂場で解体なんてできるわけないか。


 でも……咄嗟に成り代わろうとしたにしては、ずいぶんと都合がいい状況だな。


「光の口止めはお前がやったのか? 能力のことを口外されたら一瞬でバレるから脅迫するのはわかるけど、裸踊りって……」

「……いえ、そんなワードセンスと脅迫技術は私にはないので……私には荷が重いと思ったのか、静香が公衆電話から脅しました」

「え、どうやって」

「綾香に化けたら強気になれることに気付いたって光に説明して、私の口調を真似て脅してたんです。つまり静香は綾香に化けて強気になった私のフリをしたわけですね」

「ややこしいな……」


 でも確かにその時期の綾香が弱っていたなら、強気の綾香(静香)の声を聞いても黒子が化けているようにしか感じないかもしれない。


「家の虐待が嫌なので自殺するフリをしますけど、もし私の能力をばらしたら光の姿で裸踊りや醤油差しとかナメて社会的に殺します、っていった感じに口止めしたようです。絶対に暴露されないように、静香も念入りに脅迫したんでしょう」

「酷い……」


 能力で変身した姿とはいえ、自分と同じ身体ならそりゃ嫌だろう。ディープフェイク以上にタチが悪い。 


 しかし、黒子は同情されているのが気に食わなかったのか忌々しげに呟いた。


「そこは同情しなくて大丈夫です。啓太さんが昏睡してるからバレないと思って、あること無いこと悪評を流したのも光ですから」

「え、マジで……?」

「相当啓太さんに恨みがあったようで、私もその噂を聞いた時は腑が煮えくり返りました。助けてもらったのに啓太さんを突き落とすなんて絶対にありえません……」


 わなわなと黒子は震えていた。俺としては光の一件は黒歴史なんだが、黒子にとってはけっこう恩を感じてるらしい。


「それには静香も怒ってて……それからすぐに光の口が重くなったので、私の知らないところで啓太さんの悪評を流さないよう裏で光に電話で脅迫していたんだと思います」


 じゃあ昨日俺の姿を見て黒子の名を出て来たのはそれが原因か。

 あれ……そういや昇降口で俺に会った時の光は道端や校門であった時と比べて、取り乱してなかったよな。


 屋上の扉をガムテープでどうやって目張りしたのかわからなかったけど……まさかそれも裏で脅して協力させていたのか?


 俺以上に恐ろしい存在がいたらそりゃ俺を前にしても取り乱さなくなる。じゃあ昇降口で俺を確認した途端に校舎に戻っていったのは……それを静香に伝えるため……?


 さっきから妙に頭に引っかかる。やること為すこと全部なんというか……


「綾香の死体は……どこにあるんだ?」

「……辻桐山に埋められてます。実は綾香が自殺する前に爽やかゲス……いえ、相沢さんからデートの誘いの電話があったみたいなんです。それを利用して相沢さんに穴を掘らせて、人目のつかない時間帯に死体を運搬して埋める方法を思いついたようです」

 

 そういや義弘がそんな話をしてたっけ。あいつも最悪のタイミングで電話を掛けたな。


 辻桐山は黒子が自殺にみせかけた海岸とは逆方向にある。近い日本海側の崖じゃなくて遠い太平洋側の崖を選んだのも、少しでも辻桐山に目を向けられたくなかったからか。


 あれ、待てよ……


「電話があったみたい、ってその電話の場面にお前はいなかったのか?」

「はい。後から聞いた話ですので……静香が言うにはあまりにもお姉ちゃんの元気がないから、ムカつく相手を前にすれば怒って逆に元気が出るんじゃないか、ってことで会う約束をしてたようです」

「確かに義弘はムカつくけど……」 


 そんな状態で会わせても普通にストレスにしかならないだろ。俺でもキレるぞ。


 なんだろう。やっぱりなんか話に色々と無理がある気がして来た。

 最初は綾香の名誉のために静香が死体隠蔽に協力した……なんてことがもしかしたらあるのかもしれないと思ってたけど、流石にこれは無茶苦茶だ。


 いくら姉が死んで動揺して狂ったにしたって、最愛の姉の死体をバックに記念撮影とかノコギリで解体とかふざけてんのか。あるわけねえだろそんなこと。名誉を守るどころか地に突き落としてるだろ。実際埋められてるけどさ。


 でも……黒子の言葉が嘘とも思えない。


 バラバラ殺人のニュースが原因で吐いていたし、さっき吐いたのまで演技ならもうアカデミー主演女優賞を確約できる。


 ってかそのレベルならこんなツッコミどころの多い話にする必要がないし、もっと作り込んだ話にするはずだ。冗談のように聞こえるけど本人はあくまでも真剣……


 そこまで考えてゾッと、嫌な予感がした。


「……ちょ、ちょっと整理させてくれ。綾香が自殺したのは確か金曜だったよな。お前はどんな流れで綾香の家に向かうことになったんだ?」

「……? 先ほども話しましたが、前から静香に休みがちの綾香のことで相談に乗ってほしいって頼まれてたんです。それで木金と休みが続いて不安になった静香から綾香を励ましてほしいって私の家に電話があって……それで公園で待ち合わせした後、静香の案内で二人の家に向かいました」

「……! ってことはお前に電話が掛かってきたのは……」

「学校が終わった放課後の時です。最初は私には荷が重いので断ろうとしたんですけど、どうしてもと強く頼み込まれて向かうことに……でもそれが何か……?」

「何かって……」


 問題要素しかない。元から家で会う約束してたんじゃなくて当日にいきなり約束してたんじゃ話が違いすぎる。


 おかしいと思わ……いや思えなかったのか?


「本当に……今まで騙していてすみませんでした」


 不意に黒子に深く頭を下げられた。


「ずっと謝ろうと思ってたんですけど、どうしても話せなくて……」


 まあ……俺が知ったら滅多刺しにされてたしそりゃな……


「屋上で本を読んでいたのも、物語に入り込んで現実を忘れようとしていたんです。自殺した綾香の顔で過ごすのは本当は嫌だったので……」

「そこに俺が邪魔したってわけか……でもどうして俺が来た後にまた屋上に来てたんだ? リスクしかないのに」

「私が生きているって知られた時点で、もうどの道いずれバレると思っていたので……開き直ってたんです。それにずっと綾香として周囲の人を騙していた中で、啓太さんと屋上で元の姿で一緒にいた時間は本物の時間のように思えたんです。だから……危ない橋を渡ってるとわかってるのに……ドラッグのように嵌まって会いたくなってしまいました……」


 そう思ってくれたのは嬉しかったが……そこは薬物で例えないでほしかった。


 どうすりゃいいんだろうか。

 常識的に考えれば警察に自首しろとしか言えないんだが、そうすれば間違いなく黒子は社会的に破滅する。詐称罪に死体損壊罪に死体遺棄罪……パッと適当に思いついただけでもこんだけある。


 事件としての衝撃性はこの上なく凄まじいし、ましてや黒子が悲願者となればなおさらだ。少年法で守られるといっても第三者に本名や顔を拡散されて、デジタルタトゥーが残っていつまでも叩かれ続けるかもしれない。


 それに……もし俺の予想が合ってれば……多分、そんなレベルじゃ済まない。


「騙されちゃダメだよケイ君」


 その背後から聞こえた声に背筋が凍った。 

 いつの間にやって来ていたのか、屋上の扉の近くに静香が立っていた。



 

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