21. 偽りのない虚実

 指摘した瞬間、びくんと黒子が肩を震わせて俯きが深くなった。


「やっぱり……そう、なんだな」


 目眩がする。自分で言っておいてまだ信じられなかった。

 もうきっと追及したところで、傷つく事実しか待ち受けていない。


 だけど俺がこれまで思考放棄してたから、今日まで事態を悪化させたんだ。俺がケリをつけなくちゃいけない。


「続けるぜ。おそらく綾香が自殺したのはお前が海岸で自殺騒動を起こす二日前。静香に綾香のことで相談に乗ってほしいと頼まれて、家に招かれた時に綾香の自殺した死体を発見したんだ」

「……っ」


 黒子の肩がさらに激しく震える。静香の相談に乗ったって森嶋の話はやっぱ事実か。


「普通なら警察に即通報案件だ。でもなぜかお前らはしなかった。それどころか綾香との入れ替わりを画策した」


 虐待の環境から逃れたかった黒子はともかく、姉至上主義の静香が姉の成り代わりを許すとはとても思えない。


 けどあの時に綾香が自殺すれば、俺を突き落とした罪悪感から自殺したと周囲に思われかねなかった。最愛の姉に対する風評被害を防ぐためにと利害関係が一致すれば、この成り代わりが成立する可能性はある。


「だけど綾香に成り代われば当然半崎黒子としてはいられない。綾香の家に出向いた後に急に失踪したら、当然真っ先に怪しまれる。だから綾香が自殺した日とその翌日は普通に黒子として自宅に帰って、二日後に自殺騒動で失踪したんだ」


 直後に失踪したら疑いも強くなるだろうが、日をまたいだ後に失踪したなら綾香の家との因果関係を薄れさせられる。


「元の姿でわざわざ関東の海岸まで出向いて自殺のフリをしたのは、警察とかの捜査の目を羽木山市から逸らしたかったんだろ。失踪した終着点がはっきりしてるのに、他の場所を重点的に探すわけがないからな」


 それに関東での黒子の目撃情報にトートバッグや服装は映ってたが、バッグの中身までは判明してなかった。


 海にバッグを放る前に代わりの靴や羽織る着替えをバッグから取り出して、能力で適当な無関係な人物に成り代われば、誰にも気付かれずに羽木山市に戻れるはずだ。


「遺書もある。目撃情報もある。虐待の証拠も挙がっている。それで週明けにお前が綾香の姿で登校すれば、裏で実は成り代わってるって気付くのはまず無理だ。小学生がそんな恐ろしいことを成立させるなんて……誰も思えるわけがない。今でさえ信じられないんだから」


 それに当時の綾香は寝た切りになった俺のせいで精神的に不安定だった。普段の綾香から黒子に急に成り代わったら落差で怪しまれるだろうが、元から様子が変な状態だったなら、さらに変になっても違和感は持たれにくい。友人だった黒子の自殺が重なってもっとおかしくなったと言い訳もできる。


 しかも四月になれば六年生としてクラス替えだ。違和感を感じ取られても、クラスの配置が変われば有耶無耶にできる。成り代わりを誤魔化すには絶好のタイミングだ。


「こうして成り代わりは成立した。けど……お前にとっては望んだ成り代わりじゃなかったんじゃないか?」

「……え?」


 そんな風に言われると思ってなかったのか、黒子が驚いたように顔を上げた。


「だってそうじゃなきゃ屋上でわざわざ捨てた自分の姿に戻らないだろ。成り代わる上で致命的に余計な行為だ。それに私が私でいられる一番楽な時間とも言ってたしな。綾香の姿でいるより、元の姿でいたいように俺には見えた」

「……」

「でも静香は逆だ。屋上でお前の姿を見て存在を許さないレベルでキレて詰め寄ってた。現にお前もそうなると知ってたのか、綾香が来てるって俺が言っただけでタラップをよじ登ってまで全力で逃げてたしな。それだけ見ると、綾香でいるように強要してるのは静香のように思えるんだよ」


 それを裏付けるように俺が黒子の名前を打ち明けた時、綾香(黒子)は教室から飛び出すように逃げていた。あれも今思うと名前をバラされて怒って逃げたんじゃなくて、静香に知られたのが怖くなって慌てて逃げたんだろう。


「電話で話したけど、教室で静香が急にお前の口調で喋り出したから、俺はずっとお前には憑依能力があると勘違いしてたんだ。でも実際は変身能力でそうじゃないなら、あれは単に静香がお前に乗っ取られたフリをしていたってことになる」


 あの時は口調から黒子だと判断してしまったが、今思えば別に内容は深く語っていなかった。直前まで俺が二人に話していた黒子の話の域を出ないし、元から黒子を知っていたなら成りすますのも簡単だろう。


「お前は教室から逃げたから、静香が憑依されたように振る舞ってたことを知らなかったはずだ。それなのに次に屋上で会った時、綾香は黒子に憑依されたように振る舞っていた。なら、静香として滅多刺しにされたのは……」

「……私ですね。きっとケイ君に一緒に真実を打ち明けようとか呼び出されて、そこで殺されたんだと思います」


 まだ表情は沈んでいるがようやく貝のように重かった黒子の口が開いた。

 電話で訊いた時に返答に間が空いたのは、黒子自身も滅多刺しに絶句してたんだろう。


「だからマジで意味がわからない。状況だけ考えればあれは静香の自作自演で、お前を滅多刺しにするだけに飽き足らず、双子を殺した殺人犯にまで仕立て上げようとしたことになる。けど、そんな悪意しかないことする動機がわからないし、いくらなんでも殺意高すぎるだろ。偽装工作までしてこれまで隠し通してたのに、俺と勝手に会ってただけで滅多刺しにして殺して、しかも自殺するとか……」


「……私が悪いんです……」

「……え?」


 すると、重い表情で黒子は切り出した。


「啓太さんは誰に突き落とされたか……覚えてますか?」

「綾香だと思ってたけど違うのか?」


 そう訊き返すと、黒子はこくりた頷いた。


「合ってます。静香が綾香からこっそり訊きだしたみたいで……私も教えてもらいました。啓太さんにフラれたのがショックで思わず突き飛ばしてしまったようなんです」

「……それは俺があいつの告白を冗談だと思って一蹴したせいだから、別にお前は悪くない。むしろ……俺が殺したようなもんだ」


 思い返すだけで自分を呪いたくなる。不用意に余計なことを言わなければこんなことにもならなかったかもしれないのに。


 だが、黒子は泣きそうな表情で首を振った。


「……違うんです。実は静香はその前日に綾香の告白を後押ししてたんです」

「後押し?」

「はい。お姉ちゃんなら告白しても絶対に大丈夫って力強く励ましてたみたいで……それを真に受けて綾香は勢いで告白を……」

「そ、そうだったのか……でもなおさらお前が悪い要素なんてどこにあるんだ?」

「……綾香の告白の前日に、啓太さんは静香に告白されましたよね。実はあれ……私だったんです」

「……え?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?」

「啓太さんの卒業前に綾香考案の劇をする予定だったのは知ってますよね。私は生き別れた妹役で、最終的に三つ子として同時に現れて驚かせるつもりでしたが、能力を知られたら劇の驚きが減ると、綾香に啓太さんとの接触を禁じられたんです。だから劇で私が関連してると思われないように、二人も私の話題を啓太さんの前では伏せるようにしていました」


 道理で綾香と静香から黒子の話題をろくに聞いた覚えがないはずだ。


「……でも本当は嫌だったんです。虐めから救われた恩があるので受け入れましたが、本当は啓太さんが卒業する前にお礼を言ったり、もっと色々話をしたかったんです」

「だから……静香の姿で俺に会いに来たのか」

「……はい。能力で化けていることに気付かせなければ大丈夫だと思ったんです。劇で二人のフリをする場面がありましたし、その時のように振る舞えばバレないと思って……」

「そしたら急に何をとち狂ったのか俺が告白して来た、ってわけか」

「はい」


 はいじゃないが。

 頭が痛くなって来た。静香にフラれるどころか、人違いの相手に告白したのか俺は。


 でも納得した。黒子は勘違いしてるようだが、俺が好きになったのはあの時だけだ。静香が一段と可愛く見えて惹かれたのは事実だ。きっと普段の性格とは違うギャップにやられたんだろう。


 申し訳なさそうに黒子は続けた。


「……啓太さんに告白された後、私は静香にすぐに事情を打ち明けて謝りに行きました。でもその時にはもう静香は綾香に告白を勧めていて……静香も自分が告白されたとは綾香に言い出せない状態だったんです」


 まあ確かに絶対に大丈夫って言っておいて、実は自分が告白されてたから無理だよなんて静香が綾香に言えるわけないわな。


「啓太さんに告白された時、きっと綾香は妹に裏切られたと思ったショックも重なって、突き飛ばしてしまったんだと思います。私があんな余計なことをしたせいで……こんな悲劇が起きてしまったんです」

「そんなこと……」


 ないと言っても表情からして納得してくれそうになかった。よっぽど悔いているらしい。


「綾香が自殺したのはその二週間後でした。静香に家まで案内されたんですけど……家で静香がいくら呼んでも返事がなくて、綾香の部屋に足を踏み入れたら……クローゼットで綾香が首を吊って死んでいたんです」

「……!」

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