幕間 今は亡き少女の独白
──あ、死んだ。
小学二年の秋。生まれて初めて私は死を覚悟した。
横断歩道がないからと横着して道路を走って横切ろうとしたのがまずかった。トラックが脇から突っ込んでくるのが見えてもこの距離なら間に合う、と駆け抜けようとして、途中で私はこけてしまったのだ。
すれ違った大型犬に吠えられようと、上級生に凄まれようと怯んだことはなかったけど、大型トラックは流石に無理。
その突っ込んで来たトラックに足が怯んで、回避なんてとても間に合わなかった。
周囲に人はいたけど、いきなり歩道から飛び出した私を誰も助けられるわけがない。こんな状況で私を助けられるならきっとそれは奇跡で、ヒーローで、私の運命の人か何かだ。
けど、それはいた。私の運命の人はいたのだ。
まるで私が飛び出すタイミングを知っていたかのように駆けつけて、間一髪で私の服を掴んで死線から引きずり戻してくれた。
礼を言おうと思ったけど、その人は口元を押さえて何も言わずにそのまま立ち去ってしまったから間に合わなかった。
私よりも背丈が小さい黒髪の男の子。後で上級生だと知った時は驚かされた。
それでも私を助けてくれたあの瞬間だけは、誰よりも大きく見えた。
立ち去った後もずっと心臓がバクバクとしていた。
それでようやく、これはトラックに轢かれそうになったんじゃなく、彼にドキドキしているんだと気付かされた。
だからきっと、あれは一目惚れだったんだろう。
私が蛙屋啓太を好きになったのは。
そしてきっと、この時から私は悟ったんだ。
世の中は正しいことが報われて、間違っていると不幸になるわけじゃないと。
だってあの時強引に道路を突っ切っていなかったら、絶対にこの出会いはなかった。後悔することもなく、何も知らずにその先の人生を送っていたと考えるだけで背筋がぞっとする。吐き気がする。殺したくなる。
少なくとも私はいけないことをしたおかげで、彼を好きになれた。
だから私は今日も道を誤って、間違いを肯定する。
後悔なんてあるわけがない。不幸だなんて思わない。苦しいだなんてあり得ない。常人で幸せになれないなら、私は悪人だって狂人にだってなってやる。
だから私は今日も幸せだ。
それで誰かを犠牲にしていても、私が幸せならそれでいい。
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