12. いじめっ子は思い出せない
家に帰って俺は自分の部屋で半崎黒子の情報を調べていた。
幽霊が相手なら憑依されるんじゃないかと今も怯えてたんだろうが、相手が悲願者なら話は別。俺が無限に時を戻せないように、能力にはやれることに限界がある。
例えば効果範囲。今のところ学校でしか黒子が憑依してないのを考えると、遠い校外まで憑依できないのかもしれない。
「……多分だけど、発動条件は俺とそんな変わらないよな……」
これまで世間で発覚した悲願者の能力は、全部自発的に発動する能力だった。
つまり『自分の名前を呼ばれた瞬間、その呼んだ人間を自動で憑依する』なんてオートで発動する条件は考え辛い。
過去の悲願者の能力の傾向からして、おそらく彼女のは乗っ取りたい相手をイメージ、あるいは視認するだけで乗っ取れる。といったものだろう。
「……まあ結局、憶測の域を越えないけど」
スマホで『黒子』『大梅小学校』『自殺』と複数のキーワードを入れて検索をかける。流石に黒子も機械までは乗っ取れないだろう。
ちなみに大梅小学校というのは俺や双子が通っていた羽木山市にある小学校だ。中学に比べて歩いて通える距離だったので、今でも行こうと思えば遠いが徒歩で十分にいける。
とりあえず黒子が死んだ話が本当か確かめようとしたのだが……割とすぐに検索結果に引っかかって気おくれした。
『羽木山市大梅小・五年生女子が自殺か。城之内海岸の崖先で遺書が見つかる……』
「マジかよ……」
見出しに黒子の名前こそないが、間違いなくこれだ。時期も一年半前の二月のことだし、俺が寝たきりの期間と一致している。
切り捨てた幽霊説に信憑性が出たのに一瞬目眩がしたが、
「自殺か……?」
よく見ると自殺と断定はされてなかった。
むしろ他の記事の見出しでは行方不明と書いてある方が多い。どうやらまだ失踪扱いにされているようだ。
記事に書いてある内容をまとめると、だいたいこんな感じだった。
二×××年二月十三日の月曜日。関東の城之内海岸で半崎黒子の遺書が見つかった。
遺書の内容は両親による虐待の告発。近所の悪評や半崎黒子が帰宅してないのに、両親が特に行動を起こさなかったことからも信憑性は高い。
黒子は十二日に羽木山市から電車を乗り継いで南下して、城之内海岸に訪れた。
駅や街中の監視カメラ、現地付近でも目撃情報やスマホの撮影に黒子の姿が映りこんでたからそれは間違いない。
そして黒子の目撃情報がバッタリ途絶えたのが、二月十二日の日曜午後五時あたり。
遺書の発見が翌日になったのは人気のない崖先だったのと、日没が近くて発見できなかったようだ。
つまり黒子の自殺は最低でも、午後五時以降から月曜日の午前中の間。警察の見解では日を跨がずに日曜の内に自殺した可能性が高いとのことらしい。
海上では黒子の死体こそ発見されなかったが、履いていた靴やバッグは見つかった。だから世間一般では飛び降り自殺だと見られている。
「だがしかし! 実は黒子は生きていて、それら全ては偽装工作だったのだ……!」
そう大げさに口にしてうなだれた。
頑張って生存説を唱えてみたが無理がある気がする。
ネットに上がった映像で、黒子の荷物は手提げのトートバックしか映ってなかった。
仮にバッグと靴だけ海に落として本人は別の所に行っても、通行人や監視カメラの網に引っかかる。親族や友人も関東にいない彼女が当てもなく金もなく過ごせるとは思えない。
「憑依能力を使えば……いやそれも難しいか」
仮に通りすがりの人に憑依して偽装工作に加担させても、能力による痕跡は隠せない。
いくら憑依された時の記憶がなくても、時間や場所が大きく変化してたら誰でも異常に気付く。目撃情報で誰かと同行してる様子はなかったし、憑依能力を活用できると思えない。
「本当になんなんだあいつ……」
考えれば考えるほど頭の中がこんがらがって来た。
そんな偽装工作までして死んだことにしたのに、わざわざ地元に戻って来る理由がわからない。しかもなぜか慈薩中の制服を着て、屋上に入り浸るとかもはや思考放棄したい。
そもそもなんで遠い関東まで行ったんだ? 北陸にある羽木山市からなら日本海側の崖に向かった方が早いし、本当に自殺したいほど追い込まれてたならそんな面倒な方法は取らない気がする。
……まあ、わざわざ山まで行って熊で自殺しようとした俺が言えることじゃないけど。
「ってか半崎……?」
記事に載ってる名字が屋上で聞いた名字と違う。
確か……そうだ、今思い出した。三上とかそんな名前だったはずだ。
いや素性を知られたくなくて偽名を名乗るのは理解できるが、苗字だけ偽名で名前はそのまま本名なのは意味わからない。
「父親が再婚相手らしいし、旧姓を名乗ったのか……? うーん」
色々調べてみたが、やっぱりネットで調べるのにも限界がある。まあわかってたが黒子が悲願者だともネットには載ってなかった。俺と同じように公表してなかったんだろう。
黒子の両親の家を訪ねようにも、虐待の噂で自宅に嫌がらせが横行して既に家を引っ越していた。
引っ越し先の住所がネットで特定されてないことを考えると、一年以上出遅れた俺が調べたところで突き止められないだろう。少なくとも聞き込みしないと無理だ。
やっぱり明らかに何か知ってる綾香や静香に聞くのが一番手っ取り早いんだが……一回それで死んでるし誰かに聞くのは巻き込むリスクがでかすぎる。
「そうだ……義弘なら」
別に死んでも心も痛まない……ってのは冗談だが、SNSのツゥィッターで下らないことばっか呟いてるからあいつの動向はすぐに把握できる。
もし黒子に憑依されても、義弘のツゥィッターの更新が止まればすぐにわかる。真似しようにも、義弘のツゥィートは専門用語や独特の気持ち悪さがあるから本人以外には無理だ。少なくとも今日一日は確実に削り戻りでフォローできる。
そもそも死んでも死ななそうな奴だし、万一死んでも女子に乗っ取られて死ぬならあいつも本望だろう。
そうと決まればさっそく義弘に電話をかけた。
『半崎黒子? ……どうして今さらそんなこと聞くんだい?」
スマホから義弘の訝しげな声が聞こえて来る。まあ明日学校で話せば済むことをわざわざ夜に電話で尋ねりゃ、そりゃ不審に思われるか。
「寝たきりの間に同じ小学校の生徒から自殺者が出てたの知ったらそりゃ気になるだろ」
『あの地雷姉妹に聞きなよ。半崎黒子と同学年なんだし』
「俺が昏睡してた時期の話をするとあいつらが不機嫌になるの知ってるだろ。同じ学校出身の連中に聞いたら面白半分で首を突っ込むなって白い目で見られそうだし、お前ぐらいしかこういう不謹慎な話題で口が軽そうな奴がいないんだよ」
『……』
てっきり何か茶化して言い返すかと思っていたのに、珍しく押し黙ったので面食らった。
他人の不幸は蜜の味。口の軽さは風船並み。普段は不謹慎なんて知らんとばかりにゲスな話題を平然と展開するだけに、この無言は不気味だった。
まさかもう乗っ取られてるんじゃないだろうな……
『……何の心境の変化か知らないけど。一学年下の子だし、僕も事件が起こるまで名前すら覚えてなかったから、詳しくは知らないよ?』
「俺もネットでだいたいの事は調べてるから、載ってないことを教えてくれ」
義弘はまだためらってたが、俺が真剣なのは伝わったらしい。渋々了承した。
『……わかったよ。半崎黒子が崖から自殺、まあ正確には失踪した後のことなんだけど、小学校である噂が流れていたんだ』
「噂?」
『半崎黒子の自殺の原因は、両親の虐待ではなくとある生徒に虐められていたからって噂』
思わず息を呑んだ。それはネットでもまだ確認していない情報だ。
もしかすると、そいつが俺に起きている不幸の全ての元凶なんじゃないか?
「……だ、誰だよそれは?」
『君』
「え?」
一瞬、言ってる意味がわからなかった。
『半崎黒子を君が虐めてたって噂だよ。思いっきり頬を殴ったり、服を脱がせたり、汚したりとかそんな悪質な内容の』
「は……はあ!? そ、そんなこと俺がするわけねえだろ!」
濡れ衣もいいところだ。
天と地がひっくり返っても俺がそんなことするわけない。 虐めなんて俺の最も嫌いな行為。だからこそ辱められていた光を鳥のフンから助けたんだ。
それなのに、脳裏をよぎった。
『う、う……』
夕暮れの教室。
下着姿で泣いている黒子の姿が……
「ち、違う! 俺は、そんなこと……!」
必死に否定しようとしても、嫌がらせのように脳裏に光景がなぜかちらつく。
思えば黒子と初めて会った時、ただ屋上にいるところを見られたにしては、あの怯えようは明らかに異常だった。
もしかすると……あれは俺個人に対して怯えていたんじゃ……?
頭の芯がぐらりとゆれる。下手すると削り戻りの時よりも酷い。
寝たきりになってそれ以前の記憶がところどころ抜けているから、自分の記憶に自信がない。はっきりと否定できる根拠がない。
だが、もし俺が彼女を虐めてたなら俺の能力を知られていた理由も説明づけられるのだ。
俺が覚えてないだけで、彼女に能力のことを話していたたけなのかもしれないのだから。
でも、そんな、馬鹿なことが……!
『否定したい気持ちはわかるけどさ。半崎黒子が君から逃げていく所を見た目撃者が何人もいるっぽいんだよね。同級生の証言もあったみたいだし』
「そ、そんな……」
一人ならまだしも複数人も目撃者がいたら、信憑性が高いのは歴然だ。
「で、でも変じゃねえか。半崎黒子が自殺したのは俺が寝たきりになった後なんだろ?」
『うん、確か二週間後くらいかな。その前日にあの地雷姉妹と穴掘りしてた記憶があるし』
「ならやっぱ変だろ! 百歩譲って俺が虐めてたとしても、もう俺は寝たきりだったんだぜ? 虐めの主犯者がいないのに自殺する理由ねえじゃねえか!」
そうだ。虐めの張本人がいなくなったのに自殺する理由なんてない。恨んでたのならむしろざまあみろと気分よくする。イコール俺は黒子を虐めてないことになるはずだ。
しかし、義弘の反応は芳しくなかった。
『むしろ逆かな』
「ぎ、逆?」
『君が昏睡したからこそ、そう噂されたんだ。虐めを終わらせるために君を階段から突き落としたけど、良心の呵責に耐え切れなくなって自殺したってね』
目の前がぐにゃんぐにゃんと歪んでいく。
「な、なんだよそれ……」
俺を突き落としたのはあの双子のどちらかだと思っていた。
だけどそうじゃなかったら?
あれも……黒子が姉妹のどちらかを乗っ取って起こしたのだとしたら?
双子が黒子に対して怯えていたのにも説明づけられてしまう。
「でも……俺はそんな噂まったく知らないぞ」
『そりゃ悪評を本人の前で流す方が珍しいよ。それに君は寝たきりになって小学校から中学校にまたいでるし、半年も経てば耳にしなくても無理ないんじゃないかな」
反論しようと思っても声が、気力が出てこなかった。
意気消沈している俺にさらなる追い打ちが飛んでくるかと思ったが、次の義弘の言葉は予想とは違って優しいものだった。
「まあ心配しなくてもその噂も一時的なものだったよ。第一、そんなに恨んでたら遺書に君を名指しで非難するしね。先生方もデマと判断して、風評被害を無くすために君は階段から足を踏み外したってみんなに説明してた』
「そう、か……」
俺が足を踏み外したことになってたのは、そんな経緯があったからか。
『まあ大丈夫だって。君は虐めるよりもむしろ虐められる方が似合ってるからさ。そんなことしないよ』
「それは俺をけなしてるのか? それともフォローしてるのか?」
『事実を話しているだけさ。そんなクソ野郎だったら僕も君に話しかけたりしないしね。僕だって話す相手は選ぶよ』
そう言われて少しだけ気が紛れた。
普段から歯に衣着せないし、さっきまで客観的に俺を追い詰めてたから説得力がある。まさか虐められてる方がお似合いだと言われて、嬉しく思える日が来るとは。
「……ありがとな」
「え、なに? 気持ち悪いんだけど。君これから死ぬの? 遺言?」
義弘に問い詰められる前に、俺は両手を組み合わせて義弘と電話する前の時間に戻った。
時間的には十分程度だろうか。
それでも瞬間、強烈な目眩と吐き気が襲って来て、まともに立ってもいられなくなった。エチケット袋をポケットにしまってなかったら、今頃床は大惨事になっていただろう。
胃が空っぽに近くになるまで吐いて、頭痛に悶えながらベッドに全身を沈めて、数十分してようやく頭が少し回ってきた。
やっぱり義弘から情報を聞き出したままにするのは無理だった。
自分の身を削るリスクを恐れてもっともらしい言い訳を並べても、これなら大丈夫だろう、程度の勝手な憶測で巻き込んでいいはずがない。
体調は最悪だが、とにかくこれで義弘と通話した事実はなくなった。義弘も黒子に狙われることはない。 それでも気が付けば頭を抱えて膝から崩れ落ちていた。
「違う……違う……!」
義弘はああ言ったが、別に根拠があるわけじゃない。結局は気休めだ。
加害者を追い詰めようとしたのに、一瞬にして加害者として追い詰められた気分だ。
本当に、虐めていたのか? 綾香と静香が殺されたのは俺に対する復讐のため……?
わからない。黒子のことも、俺自身のことも。なにも……わからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます