2-2 少女、変な魔族と出会う

 容赦なく照りつける太陽。干からびた大地。木の棒のようにやせ細った人間が点々と転がり、動かない。そんな地獄のような光景の中、一人の少女が自宅の壁によりかかって降り注ぐ太陽を見上げていた。


 いっそ太陽に焼き殺されたいと望むが、日差しはジリジリと少女の体力を削るだけで決定打は与えてくれない。体を動かす体力はすでになく、喉の乾きと空腹を訴え続ける体で少女は死を待っていた。


 母譲りのきれいな銀髪は栄養不足で痛み、土や埃で汚れていた。けれどどうでも良かった。綺麗だと褒めてくれた母は父と一緒に自宅のベットで眠っている。もう目覚めることはない。


 なんでこうなったのかと少女は考える。村の人がいったとおり、自分が魔力持ちの女だから悪かったのだろうか。両親は違うと言ってくれたが、自分が日照りと干ばつをひきよせたのだろうか。だとしたら、なぜ自分だけ生き残って両親も村の人も全員死んでしまったのだろうか。


 じりじりと自分の命が減っていくのを感じながら少女は考える。考えることぐらいしかもうできない。


 体は骸骨のようにやせ細り、喉は乾いて声が出ない。この場から逃げることも自ら命を断つことも出来ない。

 それでも少女は生きていた。

 他の人間は少女と同じくらい痩せて弱って死んでいったのに、なぜか少女だけ生きていた。もしかしたら自分は村の人が言う通り災厄の子で人間ではなかったのではないか。村の人が正しかったのではないかという考えに自嘲の笑みが浮かぶ。そのとき少女を追い詰める太陽が遮られた。


 のろのろとかろうじて動く目を動かす。壁にもたれかかってピクリとも動かない少女をソレは興味深げに見下ろしていた。

 人間にはありえない大きな角。尖った耳に牙。耳には女性がつけるような大ぶりのイヤリング。それがかすかに動く度に揺れ、生まれてこの方おしゃれなどしたことがない少女はきれいだと目を奪われた。


「こんな状況でなぜ笑う? 気でも狂ったのか?」


 少女の目の前にしゃがみこんだのは伝承に聞く魔族に違いなかった。魔族は背丈三メートルはある大男で、見つけた人間を一飲みにすると聞いていたが、目の前の男は伝承に聞いていたよりも小さく、気さく。というか、幼い子どものようだった。


「もしや喋れないのか。この暑さだしな。どれどれ、この俺様が恵みを与えてやろう」


 そういいながら魔族はおもむろに少女の頬を掴むと無理やり口を開けさせ、人差し指を少女の口に向けた。そのまま喉を突き刺して殺してくれるのかと思ったのに、少女の口の中に入ってきたのは新鮮な水だった。


 死にたい。そう思っていたのに、少女の体は水を求めて喉を動かした。ごくごくと喉がなる。久しぶりの水に涙が溢れて、勢いよく飲みすぎたせいで激しくむせた。

 そんな少女を魔族は変わらず子供のような顔で眺めていた。


「お前は生まれつき魔力が多い。だから飲まず食わずでも普通の人間よりは長生き出来たのだ」


 聞いてもいないのに魔族は語る。自分が生きている理由を語られて少女は今すぐ死にたくなった。魔力を持って生まれたせいで両親以外に疎まれてきた。今回だって、魔力のせいで両親と一緒に死ねなかった。この村の人たちの死を全員見届けることになった。


「なんだ、嬉しくないのか。お前は生き残ったんだぞ。それほどの魔力だ。どうせろくな目にはあっていなかっただろう。自分を貶め、いたぶる人間が全員死んで、ざまあみろとは思わないのか?」


 魔族は子供みたいな無邪気な顔で酷いことをいう。その言動を見て、たしかにコイツは魔族なのだと少女は思った。

 声を出そうと思ったがうまく声が出せず、少女は首を左右にふる。そんな少女を魔族は不思議そうな顔で見つめていた。


「お前は聖人なのか?」

 それにも少女は首を左右に振った。魔族の眉間にしわがよる。心底理解ができないという顔だった。


「じゃあ、なぜだ。こんな状態になる前に逃げることもできただろう。なぜここに留まった」


 魔族の問いに少女は家を見た。

 両親の遺体は家の中にある。埋めてあげたくても、少女に大きな穴を掘れる体力はない。手伝ってくれる人もいない。だからといって両親から離れるのも嫌で、少女はずっと家の壁に寄りかかっていた。


「……離れ……たく……ない」


 かすれた小さな声。それでも魔族には届いたらしく、魔族は家をしばし見つめ、「ふーむ」と頷いた。


「じゃあ、お前はここで死ぬのか?」


 魔族は少女の顔を覗き込んだ。少女はそれに答えることができなかった。

 死にたい。両親が死んで、お前のせいだと石を投げられて、たった一人生き残って。これから先どうやって生きていけばいいか分からない。


「俺様の名前はチェルカドル。見ての通り魔族だ。お前を魔女にすることが出来る。魔女になれば人間としてのお前は死ぬが、魔女として生き続けることが出来る。そんなチャンスが目の前にあるが、お前はどうする? 死ぬか?」

「……魔族は……魔女を増やしたいんじゃ……ないの?」

「チェルカドル様は面白くない人間には興味がない。面白くない人間を眷属にしてもつまらないからだ。だからお前が死を望むならこのまま立ち去る」


 そういいながらチェルカドルは少女の答えをじっと待っていた。それはご飯を待つ犬のようで、とても死を前にした人間に見せる顔ではない。なにか面白いことを言ってくれという期待のこもった視線に少女は空腹を忘れるほどに困惑した。


 それでもチェルカドルは急かしはしなかった。ただワクワクした目で少女を見続けている。その視線を浴びていると真剣に答えなければいけないような気がして少女は考えようとした。そこでふと気づく。

 死にたいと思っていたのになぜ生きるかどうか考えているのだろうかと。


「幸せに……なれる?」


 浮かんだのは両親の言葉だった。魔力持ちの女の子だって幸せになっていい。なりなさいと両親は少女の頭を撫でて抱きしめてくれた。いつか両親に幸せな姿を見せてあげるのだと少女は思っていたのだ。それなのに、今の状況は幸せとは程遠い。


「それは幸せの定義による。お前はなにをもって幸せだと思うんだ?」


 難しい質問に少女は頭を悩ませる。水不足と栄養不足で回らない頭では考えることもままならない。

 だから少女が口にしたのは本心だったのだと思う。表面に張り付いたいろんな感情を削ぎ落とした純粋なもの。

 それを聞いた魔族は満足げに頷いた。


「面白い! 面白さに免じてお前を魔女にしてやろう! このチェルカドル様に名と心臓を捧げられたこと、光栄に思うがいい!」


 そういってチェルカドルは自分の手首を己の長い爪で切ると少女の口に血を流し込んだ。水の次に口に含んだ液体が血とは。そう少女は思ったが、口を塞がないように鼻をつままれていたため抵抗も出来ない。


 ゴクリとそれを飲み込んだ後、チェルカドルは少女には理解できない言葉を口にした。それを最後まで聞く前に耐え難い睡魔が少女を襲う。遠のく意識の中、満足気に少女を見下ろすチェルカドルの笑みが目に入った。


 こうして少女は魔女になった。

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