第二話 白銀の魔女、無茶振りされる

2-1 イクス、森で迷子を探す

 木々が生い茂る森の中、探す人物が見つからないことにイクス・シルフォードは舌打ちをした。

 赤い髪に茶色の瞳。魔法使いらしく伸ばした髪は三つ編みにしており、右目は長い前髪で隠されている。街を歩けば女性の視線が集まる美形であったが、つり上がった眉と険しい表情で近寄りがたい雰囲気があった。


 そんなイクスが森の中にいるのは理由がある。シルフォード家で雇っている使用人の一人、エリックという少年が森から帰ってこないのだ。

 それを探しに足を踏み入れたものの、エリックの手がかりはまるで見つからない。太陽の位置を確認しなければ探しに来たイクスまで道に迷いそうなほど、変化のない光景が続いている。

 

 イクスは森の奥に足を踏み入れたのは初めてだ。日頃から薬草を採りに来ているメイドや使用人たちの方が詳しいのだが、今回は間が悪かった。


「なんでこんな時に魔女が出るんだ」


 もう一度イクスは舌打ちをする。

 数刻ほど前に街の方で狼煙が上がった。魔女が現れたということを示す狼煙である。その報告を受けたルーカスは書類仕事を放り投げ、すぐさま街へと向かった。その途中駆けつけた執事に使用人たちを屋敷から出さないようにと言明するのも忘れなかった。


 シルフォード家の屋敷は魔女の襲撃を想定して魔法で守られている。それに加えて離れの塔には三番目の兄、ルーシャンがいた。魔法の研究に没頭するあまり塔から出てこないルーシャンだが、有事となれば話は別だ。まだ見習いとはいえ魔法が使えるイクスもいる。外に出るよりもよほど安全だ。

 街に被害が出た場合はこの屋敷が避難所に変わる。そのことも想定してメイド長と執事は迅速に使用人たちを集めて仕事を振り分けた。そのとき、エリックがいないことに気がついたのである。


 少し前に薬草を採りに行ったまま戻っていないと、エリックと親しい使用人が青い顔をするのと魔女が森へ逃げ込んだという情報がイクスが持っている通信用の魔導具に届いたのはほぼ同時だった。


 イクスは執事に「俺はエリックを探しに行くとルーシャン様に伝えてくれ」と叫ぶと屋敷を飛び出た。ルーシャンの方が探知魔法が得意なのだから、逆の方が良かったと気づいたのは探し始めてそれなりの時間がたってからだった。


 その間にも騎士団の伝令は魔導具に届いた。

 伝令によれば、現れた魔女は転移魔法を得意とするらしく、騎士団は森には入らず魔女が転移しやすそうな場所を探して待ち伏せすることになったらしい。森に入ったのは非正規の魔女狩りだけだと聞いてイクスは何度目か分からない舌打ちをした。


 非正規の魔女狩りは目的のためなら周囲の被害を考えない。エリックが近くにいることに気づいても容赦なく魔法を使うだろう。魔女がエリックを人質に取る可能性よりも、魔女狩りのまともに制御も出来ていない魔法の巻き添えになる可能性の方が高い。

 早く見つけなければとイクスは焦る。苦手な感知魔法を駆使して探すが、苦手な魔法が急に使えるようになるはずもない。今度は自分自身に舌打ちして、イクスは足を動かした。


 魔女狩りが未だ魔女を追っているならば、下手に声を出すのもまずい。魔女だと勘違いされて攻撃されたら目も当てられない。普通の人間より魔力量は豊富だが、学生のイクスは実戦経験が足りない。非正規といえど、場数を踏んでいる魔女狩りをなめてかかると痛い目をみるのは想像できた。


 それでも探すほかないと足を進めていると上着の胸ポケットに突っ込んでいた魔導具が音を立てる。全体に通達する時とは音が違う。イクス個人にメッセージを送っているのだと気づいて、イクスは慌てて魔導具に魔力を通した。


「ルーカスさんか! 今どうなってる!?」

『あーすいません。残念ながらルーカスさんじゃなくて俺です。ケニーです』


 通信に出たのが期待の人物じゃないことにイクスは一瞬文句を言いそうになるが、ケニーも自分が知りたい情報を持っているに違いないと思い直す。

 質問しようと口を開く前に、魔女が出たとは思えないのんきな声が聞こえた。


『ルーカスさんは街の人達の不安を取り除くために挨拶回りしてます。魔女は非正規が追ってますけど、すでに逃げてるんでしょうね。相手は白銀の魔女みたいなので』

「白銀って人間に手を出さない魔女だよな」

『その通り! さすがシルフォード家期待の四男坊! 勉強してますね』


 相手に顔が見えないことを良いことにイクスは思いっきり顔をしかめた。学園でもよく言われる言葉だが、バカにされている気がしてならない。ケニーの場合、悪意はまったくないとわかっているが、繰り返された四男という言葉イクスにとってすでに聞きたくないものになっている。


 イクスの微妙な反応に通信機越しでもケニーは気づいたらしく、「それでですねー」と話を切り替えた。風属性が得意な魔法使いなので空気の変化に敏感なのかもしれない。


『領民の安心と安全を考えて見回りは強化しますし、今日は一応魔女捜索にあたりますが、とっくに逃げちゃってると思うので形だけですね。街の被害ゼロ。ケガ人もゼロ。さすが温厚派筆頭って感じです』

「じゃあ、屋敷の使用人たちは通常業務に戻っていいんだな?」

『はい。そこはすでにルーシャンさんに伝えました。ルーシャンさんからイクスさんが森で使用人を探してると聞いたので連絡したのですが』

「見つからない」


 イクスは周囲を見渡す。通信前に見た光景と何一つ変わらない。魔女狩りに怯えているのか動物の姿もなく、風によって草木が揺れる音がやけに耳につく。


『私はまだ騎士団の指揮に当たらないといけないので、申し訳ないですがご協力できません。ルーシャンさんは私よりも優秀な魔法使いなので、お願いしてください』


 ケニーはただ適材適所の話をしただけだと分かっているが、イクスではエリックを見つけられないといわれたような気がした。事実、感知魔法などを得意とする風属性のルーシャンやケニーに比べ、攻撃魔法が得意な炎属性のイクスでは力を発揮できるとは言いがたい。己の属性すらまともに制御できていないのだ。他属性が得意とする魔法を習得できる段階ですらない。

 分かってはいるが、無力だと突きつけられると己の至らなさに腹が立ってくる。ケニーに八つ当たりしても意味が無いと分かっているので「わかった」と答えた。その声が思ったよりも低かったことに未熟さを感じてイクスは舌打ちしそうになる。


 話は終わった。通信を切ろうとしたところで草木が揺れる音がした。大きな動物が移動してくるような音。魔女狩りに怯えて動物たちが身を潜めている現状では不自然な音だ。

 イクスは慌てて木の陰に隠れながら周囲を見渡した。見える範囲ではこれといった変化は感じられない。


「ケニー、なにかが近づいてくる。魔女狩りか魔女かもしれない」


 イクスの言葉にケニーの緊張した気配が伝わってきた。イクスと同様に声をひそめ、「魔女だったらすぐに逃げてください」と伝えてくる。イクスは短く「あぁ」と返事をした。手負いの魔女に一人で立ち向かうほどバカじゃない。魔女だって死に瀕している時必死になるのは一緒だ。魔女の場合は最後のあがきで街一つが吹っ飛ぶことすらある。温厚な魔女といえど、余裕を失った時にどういった行動に出るかは分からない。


 ガサガサという木々をかき分ける音は絶え間なく聞こえてくる。近づいてきたのか、荒い息もイクスの耳に入った。その乱れた呼吸が魔女狩りというよりは魔女のものに思えてイクスは全身に魔力を行き渡らせる。相手に見つからないように注意を払いながら、木々の隙間からそっと音の方向を見た。


「エリック!?」


 音の正体に気づいた時、先ほどまでの警戒を忘れてイクスは声をあげていた。その声に気づいて十代前半の少年がこちらを見る。不安で揺れていた瞳がイクスを視界に入れると安堵で緩み、よろよろとした足取りでそちらに近づいてきた。泣きそうな顔で「イクス様」とつぶやくエリックにイクスは慌ててかけよった。

 通信機からケニーの困惑した声が聞こえたが構っている余裕はない。やっと見つけた探し人の姿に安堵した。死体を連れて帰らなければいけないことも覚悟していた身としては五体満足な姿に頬が緩む。


 しかし、近づいたイクスはエリックがおぶっている者を見て動きを止めた。エリックの背には見知らぬ少女の姿がある。少女は体に不釣り合いな服を着ており、髪も服も濡れていた。意識がないのか手足はだらんと垂れ下がり、エリックがずり落ちないように必死に支えている。


 意識のない自分と同じくらいの人間。しかも水で濡れ弱っているとなればエリックがすぐに帰ってこなかったことも納得だ。ここまで連れてくるのにも相当苦労したのだと汗が浮かんだ肌と、震える足でわかった。

 だが、それ以上にイクスが気になったのは……。


「銀髪?」

 イクスのつぶやきに状況を伝えてくれと騒いでいたケニーが黙り込む。エリックはやっと知り合いに出会えた安堵からかイクスの様子には気づかず早口で話しだした。


「イクス様、この子川辺で倒れていて、怪我もしているし目覚めないんです。体も冷たいし、どうしましょう。死んじゃったら」


 今にも泣き出しそうな声で言いつのったエリックにイクスはなんと答えていいか分からなかった。今の状況から考えればすぐに屋敷に連れ帰って治療すべき人間だ。

 本当に人間なのであれば。

 イクスの長い前髪で隠された右目がうずく。右目を押さえたイクスは落ち着くために深呼吸した。


「……ケニー、銀髪の少女を発見した。川辺で倒れていたらしい。意識はない」

『魔力は?』


 すかさずケニーから質問がとぶ。ケニーも考えていることは同じだ。

 今日、街に現れて森に逃げ込んだ魔女は「白銀の魔女」。その特徴は美しい銀の髪。目の前で意識を失っている身元不明の少女も銀髪。これが偶然の一致だと考えられる奴は危機感が足りない。

 それにイクスの右目にはハッキリとあるものが見えている。


「ない。おそらく使い果たした」

「イクス様?」


 少女を助けようともせず、誰かと会話しているイクスにエリックの表情がこわばる。困惑するエリックにイクスはなんと声をかけていいものか迷った。最悪、少女はこの場に捨て置くか、連れて帰ったとしてもすぐさま魔女を処刑する教会に引き渡すことになる。


『……ルーカスさんにすぐに伝えます。いったん屋敷にお戻りください』

「いいのか?」

『気を失っている女の子を放置して帰るなんて、騎士道に反するでしょう』


 ケニーはわざと明るい口調でそういった。事情を知らないエリックのことを気遣ったのだろう。実際、エリックはケニーの言葉でほっとした顔をする。それに対してイクスは未だどう反応を返せばいいのか分からない。とりあえずエリックから少女を受け取ることにした。


「俺が運ぶ」

「えっでも、イクス様にご迷惑をかけるなんて……」

「お前は森にいたから知らないだろうが、今この森の中には魔女と魔女狩りがいる。コイツは逃げる途中で川に落ちたのかもしれない。急いで森を出ないと俺たちも危ない」


 エリックの顔が青ざめる。自分が危険地帯を無防備に歩いていたと気づいたようだ。エリックが魔女狩りに会わずにいられたのは運がいい。

 状況を理解したエリックはイクスに少女を託してくれた。思ったよりも軽い体にイクスは眉をひそめる。気絶しているために力の入らない手足に冷え切った体が人形を思わせる。水分を含んだ髪は目を奪われるような銀髪で、その髪に隠された青白い顔も人間味を感じさせない整いすぎたものだった。

 いかにも魔族好み。そう思いイクスは眉を寄せながら少女を抱える。体が落ちないよう位置を整えて、屋敷に向かって歩き出した。


「イクス様、その子、どうなるんですか」

 先ほどの会話から不安を感じたらしいエリックが恐る恐るといった様子でイクスの顔を見上げた。


「……ルーカス様に聞いてみないとなんともいえない」


 その答えにエリックは「そうですね」といったん引き下がったが、未だモヤモヤを抱えたままのように見えた。それはそうだ。イクスもエリックと同じ状況であったら納得など出来ない。けれど詳しい事情をエリックに伝えるわけにはいかない。


 この状況も腕に抱えた存在も、今のイクスには荷が重すぎた。

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