第6話

第6話 (その1)

 けれど、それもどれほども長くは続かなかった。

 その翌朝起きてみると、兄が早くから出かける支度をしていた。それが妙に慌ただしい様子だったので、私は何事かと兄に問うた。

「これを見るといい」

 兄がそう言って私に手渡したのは、今朝の新聞だった。一面にかなり大きな扱いで、辺境域での国境紛争においてようやく停戦が実現した旨が取り上げられていた。本格的な休戦協定の締結に向けての大きな一歩であり、ゆくゆくは新たな国境線を策定すべく協議に入るであろう、と記事は結ばれていた。

 それは確かに遠い彼方での出来事で、私には何の関係もなかったけれど、少なからず驚くに値するニュースだったのは確かだった。何せその国境紛争は父母が幼子だったくらいの昔から延々と、それこそ恒常的に行われてきた事であり……言ってみれば、やっているのが当たり前とでもいうべきものだったのだ。元々父の工場が在りし日に大きく成長を遂げたのも、王国軍向けの大口の取引があったればこそだった。

 とはいえ、その工場も今では人手に渡って久しい。今更戦争が終わったからと言ってその工場の先行きを私が案じるいわれもなかったし、ましてや兄にとって何が一大事なのか、私には今ひとつぴんと来なかった。

 だが、兄は言う。

「これから思いがけず、状況が大きく変わるだろう。私は取り敢えず一、二日ほど屋敷を空ける。本当は君も下宿に戻った方がいいのだろうが、イゼルキュロスから目を離す訳にもいかない。いつも以上に、目を離さぬように気を配っていてくれたまえ」

 くれぐれも気をつけるのだぞ、と大げさに念押しして、兄は午前の列車で町を離れていった。

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