第5話 (その7)

 君の思っているようなものではないよ、と兄は言う。その彼がメアリーアンに合図すると、彼女はたどたどしい仕草で自ら寝間着を脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿をその場に晒した。

 私は錬金術師の傍らに立ちつくしたまま、しばし彼女に見とれていた。一番最初に出会ったときはただの土くれ人形に過ぎなかったのだということなど、今だったら誰が信じただろうか。私たちの前に立つメアリーアンは、どう見ても人間そのものだった。いや、人間以上に完璧な存在であるかのようにすら思えた。

 その彼女の背中から、ゆっくりと広げられたのは、薄い紗のような羽根だった。

 そう、それは確かに、羽根だった。

 それは部屋の薄暗い水銀灯の光を透き通してきらきらと輝いていた。右と左に三枚ずつ、あわせて六枚の羽根をいっぱいに広げたその姿に、私は目を奪われたまま、しばし何を言うことも出来なかった。

 この羽根があれば。

 この羽根さえあれば、あのときのようにバルコニーに追いつめられたとしても、今度こそは身を投げずに済むことだろう。そう、今度こそは。

 私はおそるおそるメアリーアンの元に歩み寄って、その手を取った。ふるえる私の手を、彼女がそっと握り返してくれるのが分かった。私はそのまま、彼女の白い胸に頬をうずめた。

 鼓動は聞こえなかった。でも、その肌はほのかにあたたかく、心地よかった。

「……今日の作業はこれで終わりだ。彼女を二階に連れて行っておくれ」

 錬金術師がそのように告げた。羽根をたたんだ彼女に私は寝間着を着せ、彼女の手を引いて研究室をあとにした。

 いつか終わりは訪れるのだろう。でも今この瞬間は、私たちは共にいるのだ。私はその事実をかみしめるようにして、その晩は二人手をつないだまま眠りについたのだった。


(第6話につづく)

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