第4話 (その9)

 待ちなさい、と叫ぶ声を階上に置き去りにしたまま、私は裸足のままつんのめるような勢いでとにかくがむしゃらに走り続けた。階段を下り、廊下を走り抜け、玄関から外へ。

 重い扉にまるで体当りするかのように、ぎゅっと体重をかけて押し開けると、隙間から容赦なく冷たい雨風が吹き込んでくる。外の暗闇へと身を滑らせれば、大粒の雨が容赦なく叩き付けてくるのだった。雨のつぶてにもみくしゃにされるようにして、私は夢中で表に飛び出していった。

 小さい身体は吹き荒れる嵐の中で、それこそ大海の波にもまれる一片の木の葉くずのようにもてあそばれるばかりだった。突風にあおられながら、私はとにかく闇雲に走り続けた。自分の意志で前に進んでいるのか、風に運ばれるままによろめいているだけなのか、すでに判別出来ないくらいだった。

 それでもどうにか前を向いて進み続けると、やがて小川に差し掛かる小さな橋が見えてきた。普段はさらさらとたおやかに流れる水も、今日ばかりはどす黒い泥水が濁流となって荒々しく駆け抜けていくのだった。次の瞬間、ひときわ強い突風が吹いて、私の小さな身体はひとたまりもなく持って行かれてしまうのだった。

 そのまま風にさらわれていったならまだましだったのかも知れなかったが、そうはならなかった。私の身体はそのまま橋の下へと投げ出され、冷たい水面にしたたかに叩き付けられてしまった。大きな川ではなかったが、濁った奔流はものすごい勢いで私を押し流していく。

 私はそのまま川の深みに飲み込まれてしまわないように、懸命に手足をばたつかせたけど、それも無駄だった。押し流されるまま、一体いつ意識を失ったのかさえも分からないままに、私は下流へ、下流へと流れに飲み込まれていくのだった。

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