第4話 (その8)

 夜の屋敷に、当然ながら人の気配などなかった……そのはずだったが、廊下に飛び出してみるとそこに何故か母が立ち尽くしているのが見えた。

 騒ぎを聞きつけて、私を心配して様子を見にきたのかとも思ったけれど、何故か母は大変険しい表情で私をじっと見つめていた。それを見て、私は母がこの場で私を助けてくれるわけではないのだ、という事をはっきりと悟った。

「こんな夜更けに、どこへ行こうというつもりなのです?」

 母は硬い表情のままに、そう問いかけてきた。言葉こそ問いかけではあったけれど、まるで私が何かしゃべろうとするのを許さない、といった様子だった。

「あなたの叔父上は決して悪い人などではないのですよ。何故そのように毛嫌いするのです?」

 そう言いながら彼女は私に詰め寄ってくる。私はゆっくりと後ずさる。ちらりと背後を窺うと、寝室の戸口に叔父が立っているのが見えた。

「さ、寝室にお戻りなさい。……お前もヴィッセルテウス家の娘ならば、自分が何をすべきか、分かっているはず」

 お家のためなのですよ――そう念押しした母の言葉に、私は深い衝撃を受けた。

 つまり、母は叔父が私に何かしようとしているのを承知で――おそらくは何をしようとしているのかさえも承知の上で、それを阻もうともせず、黙認どころか私に強いようとさえしているのだ。

 それが分かった瞬間、私は母を突き飛ばして走り出していた。母と、そして背後に迫る叔父の手から逃れようとして、私は闇雲に廊下を走り出した。

 妹が何から逃れようとしていたのかが、今わかった。

 けれど、そのまま走っても向かう先には妹が身投げしたあのバルコニーしかなかった。私はそれに気付くと、その場できびすを返し、母をもう一度突き飛ばして、今度は階段を大あわてで駆け下りていった。

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