第4話 (その5)

 私は時折、屋敷のバルコニーに立って、そこから妹が落ちた中庭を眺めたりしていた。同じ場所に立ってみれば何か分かるかもしれないと思ったけれど、そこから景色を眺めてみた所で何も答えは見つからなかった。一度はバルコニーに出ているところを母に見咎められ、こっぴどく叱責されただけだった。

 ……でもやがて、私は妹が飛び降りた理由を、身をもって知る事になるのだったが。

 大事な娘の死の悲しみを乗り越えた一家、というのを演じ続けていた私たちだったが、本当の意味で家族の間に絆を築けていたといえば嘘にしかならなかっただろう。漠然と、母は叔父と再婚するつもりなのだろうかと思っていたこともあったが、大人の男女の機微を察するには当時の私はまだまだほんの幼い子供に過ぎなかった。

 母は相変わらず、何かにつけてヴィッセルテウス家がどうのという話を持ち出しては、私をきつく躾けようとしていた。元からやさしい女性ではなかったが、今にして思えば私にだけ特別に厳しかったのではなく、きっと妹に対してもそうだったのだろうと思う。

 叔父は叔父で、何くれと私を気づかうような優しい言葉をかけてくれることもあったが、私を見るその眼差しにどこか私を品定めするかのような冷たさを感じられるのが、私はどうにも好きになれなかった。まるで私に妹の身代わりがきちんと務まっているのかを入念に確認しているかのようで、どうにも落ち着かなかったのだ。

 なので、結局私はやっぱり父の書庫で一人で過ごすことが何かと少なくなかった。そこにいるときだけは、私は妹の代理ではなく、私自身でいられるような気がしたのだ。

 だから、妹が死んで数ヶ月がたったとある晩、あの夜と同じひどい嵐がやってきても、私は誰にすがるでもなく、一人父の書庫に隠れていた。

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