第4話 (その6)

 書庫は屋敷の奥まった場所にあって、風雨がここまで届くことはまずないとはいえ、風のごうとなる音、雨滴が屋根板を激しい勢いで穿つ音がけたたましく響いて、しかもそれが時を経るにつれていや増していくのが実によく分かった。そこから出て行くのも不安だったが、寝室が無人ということを母なり使用人なりに気付かれてしまうとまた大騒ぎになるだろうと心配になった私は、本を一冊だけ抱えて、自分のベッドに戻ることにした。

 廊下はすでに真っ暗だった。私は寝間着に裸足のまま、忍び足で寝室に舞い戻る。

 自室の扉をそっと開けて中を覗いてみると――ベッドの脇に、人影があった。

「……誰? お母様?」

 雷鳴に浮かび上がったシルエットが、そうではないと教えてくれた。

 そこに立っていたのは、叔父だった。

「いけない子だ。夜中にベッドを抜け出してはいけないよ」

「……雨音がうるさくて、ねむれなかったの」

「夜更かしはもうこのくらいでいいだろう。さ、ベッドに戻りなさい」

 叔父はそう言いながら、ベッドのシーツをすっと持ち上げて、そこに入れと私に向かって指し示す。

 ベッドに入るのが嫌なわけではない。そこに叔父がいて、叔父の側に行くのが何となくためらわれたのだった。

 母はまだしも叔父がそのように私を寝かしつけたことなど、私が覚えている限りでは一度もなかった。だから何故叔父がそのような事をするのかが訝しげだったけれど、けれど私たちは一応世間では、仲睦まじい家族ということになっているのだ。他人行儀に丁重に辞退するわけにもいかなかった。私の無言の抗議は叔父にはまったく通じず、私は渋々ながらに、本を小脇に抱えたままシーツに潜り込んだ。

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