第4話 (その4)

 ヴィッセルテウス家が王国建国より続く由緒ある家柄である、というのは母が私たちに繰り返し言い聞かせていた事だった。当時の私はそのことを深く受け止めてはいなかったし、今の私からみてもその名をありがたいと感じることは滅多になくて、むしろそれは枷でしかないとすら思っていたけれど、その当時の母はそのようにはまったく考えなかったし、その頃の私も母に何か意見できるほどにはっきりと深くものを考えていたわけでもなかった。

 母は家名を守るために資産家だった父と結婚し、父の死後はやはり資産家の工場主として名を知られる叔父の庇護に頼ってきた。没落貴族として世間のあざけりの中で生きてきた母にとって、今ある豊かな暮らしを守ってそういう軽蔑を遠ざけることは、彼女にとって何よりも大切なことだったのだ。

 ――ひょっとしたら、妹はそんな場所から逃れ出ようとしたかったのかも知れない。

 バルコニーの石造りの柵そのものはあの嵐の中でもびくともしなかったし、子供がうっかり乗り越えてしまうほど低くももちろんない。柵の隙間を潜ったとも考えづらい。誰かに無理やり突き飛ばされたのか、やはり敢えて自分の意思で乗り越えたのだと判断するしかなかった。前者に違いないと言いたいのならば、凶行に及んだ犯人の存在を証明しなければならない。憶測でならどうとでも言えたけれど、わたしはやはり後者こそが事の真相だと、幼いながらに察していた。

 ……でも、何故?

 妹の身代わりでパーティの席で作り笑いを浮かべている時も、そこから解放されて一人父の書庫に隠れ潜んでいる時も、そんな疑問が何かにつれて私の脳裏をよぎるのだった。その答えが簡単には見つからないからこそ、大抵の人々は第三者の凶行という筋書きを好んだのかも知れなかったけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る