第4話

第4話 (その1)

 その日、兄はまたしても早朝から出かけてしまって不在だった。

 大きな声では言えない事だったが、彼はその肩書きを「錬金術師」と称していた。

 ……もちろん、そのような怪しげな商売を、何も看板を掲げて大々的に商っているわけでもなかったのだが、とにかく彼はメアリーアンの案件を手がける以前から、不在がちで忙しげではあった。

 おそらく街の人は誰も兄の素性を知らないだろう。街外れの屋敷に住む風変わりな外国人……学者か何かか、さもなくばよく列車で旅をしているので行商でもして生計を立てているという風に思われているのかも知れなかった。

 私はそんな兄の屋敷で、メアリーアンと二人きりで朝食を摂った。もちろん実際に物を口にするのは私一人だったけれど、きちんと二人分の席を用意して、彼女を向かい合わせの席に座らせた。

 その後は、今日もまた書庫にこもって書き物の続きだった。けれどどこか上の空のまま、広げた資料も書きかけの文章にも集中できずに、ただ無為に時間を費やしてしまうのだった。私はペンを置いて、書庫を出るとメアリーアンの姿を探した。

 廊下に出てすぐ、居場所が分かった。吹き抜けから見下ろすと、玄関ホールの真ん中に彼女の姿があった。床にじかに座り込んだまま、明かり取りの天窓を微動だにせずにじっと眺めていた。その視線が、そこから差し込む日の光をみているのか、それともその向こう側にある空をみていたのか、それは分からなかったけれど。

 私は足音を立てないようにそっと階段を下りて、メアリーアンの傍らに立った。彼女は床に座り込んだまま、上体を反らしてちらりと私を見たかと思うと、そのまま元の姿勢に戻った。

 私も彼女には何も声をかけず、その場に膝をついて、彼女の背中から首に腕を回すようにしてそっと体重を預けた。

 強く締め付ければそのまま折れてしまいそうなほどに、華奢で細い背中だった。そこから伝わってくる体温は、人のそれと同じであるように少なくとも私には思えた。そうやってじっとしている限りでは、彼女が土くれから生まれたまがいものだと思わせるものはもはや何もなかった。

「あなたは一体、どこにもらわれていくことになるのでしょうね」

 問いかけても、返事はない。私も返事があるとは期待していなかった。問いかけというよりは、虚空に向かって放つ独り言のようなものだった。

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