第3話 (その5)
何故そうしようと思ったのか……理由を説明するのは難しい。とにかくその時の私は、そうしなければならない、という思いに駆られたのだった。嫌な胸騒ぎがして、心拍が高まっていく。冷たい雨粒が容赦なく叩きつけているというのに、私は夜のバルコニーにしばし立ち尽くしていた。
バルコニー自体に用があったわけではない。気にかかっていたのは、その下。
私は手すりの下におそるおそる身を乗り出して、真っ暗な庭を覗き込んだ。空は分厚い雨雲に覆われていてろくに月明かりさえなかったけれど、そこに何かしら小さな人影が横たわっていたのは見て取れた。
「……!」
私は思わず息を呑んだ。その瞬間に雷鳴が鳴り響き、眼下に倒れ伏す彼女の横顔が鮮やかに浮かび上がる。
ついさっきまで私の隣で眠っていたはずの、唯一無二の私の分身。それが今、庭先に横たわって物言わぬ姿に変わり果てていたのだ。
自分の口から悲鳴が迸り出ていた事さえ、自覚してはいなかった。それを聞きつけて何事が起きたのかと最初に駆け付けたのは使用人で、続けて母や叔父も心配そうに様子を見にくる。悲鳴の主がバルコニーでずぶ濡れになっているのを見て、誰しもがこれは普通ではないと思った事だろう。母が慌てて、私のもとに駆け寄ってきた。
「メアリーアン、どうしたの? 大丈夫よ、怖いことなんて何もないのよ?」
母はそうやって私をあやしつけようとしたが、大丈夫でなどあるわけがなかった。私は別に雷鳴に驚いて正気を失っていたわけではないし、それに母は私をもう一人の娘と混同している。
硝子戸を閉じる前に、使用人の一人が何故私がそんなところにいたのかを不審に思ったのだろう。不意に覗き込んだ庭先に、誰か人が倒れているのを発見して……それからまさに、屋敷中が蜂の巣をつついたように大騒ぎする事となった。
次は母が、口から悲鳴がほとばしらせ、正体もなく取り乱す番だった。
(第4話につづく)
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