第七話「祖父」
──アデルはその部屋に見覚えがあった。
何度となく、冒険の話を聞かされた、祖父の部屋。そこに自分がいることをアデルは受け入れていたし、期待もしていた。
ベッドには、亡くなったはずの祖父の姿があった。穏やかな笑顔を称えているが、最後に顔を見たときよりもなお、その時が近く見えた。
「ダンジョンはどうだったかね」
「……最悪でした」
アデルは祖父の問いに笑顔で応じると、先を続けた。
「殺風景で、魔物は出てきますし、倒した時の臭いがまた酷くて……」
「だが、トイレはあっただろう?」
「開け、ゴマっ!」
アデルがそう言うと、祖父は親指を立て、楽しそうに笑った。
「……お祖父様、私に嘘を仰いましたね。それとも、忘れてらしたのかしら? 私と冒険をした日のことを」
「嘘ではかったさ。お前がこうして、やってくれるまではな」
「それは、どういう……」
「どうしても心残りでな。古い友人に相談したら、あの鞄を渡されたのだよ。今の自分では無理でも、過去の自分では可能だとね。何のことか分からなかったが、今なら分かる。私の中には、あの時の冒険が、確かに残っているんだ。私は、お前と冒険をしたのだよ」
「それは、不思議なことですね」
「ああ、いつだってダンジョンは不思議なのだよ」
「……私はずっと、ダンジョンに対して何も思うことはありませんでした。お父様やお母様みたいに、ダンジョンをビジネスに使うことに対しても。それが、余りにも当たり前のことだったから。だから、お祖父様がどんな想いを抱いていたのか、お話は面白かったですけれど、ついぞ、理解することはできませんでしたが、今なら少しだけ、わかる気がします」
祖父が頷き、アデルも頷きを返した。
「それに、私は恵まれていたのですね。不自由な生だとばかり思っていましたが、それすらも与えられない生もあるのだとは、知りませんでした」
「いや、お前も確かに不自由だよ。持たざるものは、得ることで自由になろうとし、持つ者は手放すことで自由になろうとする。人は生まれる場所、時代を選ぶことはできない。だからどんな人生でも、ただ、幸せになって欲しいと思うのだよ」
「お祖父様……」
「私は幸せだよ。神のダンジョンを踏破した時も嬉しかったが、あの冒険こそが最高で、幸せな一時だったのではないかと思うよ。……もっと、話をしたかったがね」
「今からでも、遅くはないですよ?」
アデルがそう言うと、祖父は困ったような笑顔を見せた。アデルは唇を噛む。
「……でも、我が儘はいけませんね。お祖母様も、あちらでお待ちでしょうから」
アデルは笑顔を見せる。溢れるものを堪えながら。
「初めてお会いしましたけど、お祖母様、本当に私とそっくりでびっくりしました」
「ああ、本当にな……アリス、そうせかすなよ、もう少し、アデルと……」
「お祖父様?」
返事はなかった。アデルは首を振る。
「……お祖父様は酷いです。こんな思いを、別れを、二度も孫に味合わせるなんて」
アデルは光に包まれながら、声を振り絞る。
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