kuro

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昼にならないうちにわたしは家を出た

友人の彼ももちろん誘ったのだが、今日は仕事があるらしい

それにわたしの気のせいでは無ければあまり乗り気ではなさそうであった

彼には彼の事情があるのだろう


今日のラッキーアイテムはランニングシューズだそうだ

占いなんて今日のためだけにあるようなものだ

いつも履かないマラソン用をわざわざ履いてきたのだった

だいたいの場所は覚えているがはっきりしているわけではない

早く出ておくに越したことはないだろう


特に渋滞にも巻き込まれることなく

思ったよりも早く目的地には着きそうだった

紅葉が美しい並木に挟まれた道路に入り

抜けると住宅地が多く見えてきた

確かこのあたりである

あの時どの道を入ったかまでは覚えていない

ただ迷っていた覚えだけはあるためかなりくねくねとした

場所を通った可能性も否めない

とはいえ時間はある

とりあえず車で回れるところをゆっくり見ることにした



一通り回ったような気がしたが、それらしき表札と家はなかった

引っ越したのかもしれない

だが諦めるのはまだ早い

後続車がいたため満足して見れていないところが多かったはずだ

わたしは一番安いと思われる有料駐車場に車を停めた

入り口の紅葉がいい目印になっているため迷いそうにはない

ひたすら歩いて潰すのもあり・・だが日が暮れてしまう

時間削減のため歩行者から情報を得ることにした



情報は案外あっさり手に入った

やはり『薬師寺』さんは珍しい苗字なのだろう

町の人たちの間でもかなり有名であるようだ

しかし『シロ』の話題を振られなかったあたり、まだそこまで浸透していない情報なのだろう

教えられた場所は住宅街の真ん中あたり

ただ、通る道はかなり複雑と見えた

そのせいで来るまでは発見できなかったのだ

もっと林の中とか離れた一軒家とかのほうが都市伝説として

信憑性があるのだが・・まあ今は置いておこう


google map だけを頼りにスタスタ歩いていく

それにしても狭い

ごく稀にすぐ横を走っていく車はのろのろとパトロールしてるかのようだ

対向車が来たらどうやってすれ違うのだろう

通り過ぎた車を振り返る

止まれの標識とその奥に鮮やかな紅葉が見えた

車は注意深く停止し、スーと曲がっていった



何回角を折れ、何回携帯を確認したかわからない

ついに『薬師寺』の表札を見つけた

インターホンと塀、小さな庭の造りまで両隣と全く変わらないところに

その家の特別さは感じない

本当にここにいるのだろうか・・?

恐る恐るインターホンを押した

「はい」

すこしばかりして短く返事が返ってきた

どうやら女性のようである

「はじめましてえっと・・・

少し話を伺いたいのですがお時間ありますでしょうか?」



ちらほら会話をキャッチボールすると彼女はすぐに快諾してくれた

警察の取り調べか?と聞かれたときは少し焦ったのだが

優しい人でよかった、これでようやく対面できる・・かもしれない

すぐに応じてくれたようだが、この手の訪問に慣れている対応・・とか?

それは考えすぎだ

そうしている間にドアがガチャりと開いた

「あ、こんにちは、初めまして篠崎と申します

昼間からお時間取らせてしまい申し訳ないです」

「いえいえ気にしないでください

協力できる範囲であればなんでも聞いてください」

一応わたしの趣味のため、という体裁にしてある

「ありがとうございます、では単刀直入に聞くのですが、『シロ』というネコを飼っていたりしますか?

白い尻尾の黒猫なんですけど」

友人の言った情報をそのまま話した

しかし彼女はあまりいい反応はしなかった

「『シロ』・・ごめんなさい、わたしペットは飼ったことがなくって・・」



ペットを飼っていない・・か

出鼻をくじかれた

望み薄だがもう少し粘ってみよう

「お知り合いやご家族でも飼われているとか聞いたことないですか?」

薬師寺さんは困ったような顔をしてしまった

「うーん、私の家系はペットを飼わない主義だったのでないと思いますね・・

知り合いでも『シロ』という子は聞いたことがないです・・ごめんなさい」

ここまで完璧に違うとなると非の打ち所がない、仕方ないがこれ以上はないだろう

「いえいえ、薬師寺さんは少しも謝る必要はないですよ

もしかしたらという理由だったので

わざわざお話してくださってありがとうございます」

「あの・・昔いなくなってしまったペットとかでしょうか?

行方不明の呼びかけとかならできますので・・

もちろんわたしが見かけたらすぐ連絡しますよ」

「あ、いえ行方不明とかでは・・」

わたしの言葉をさえぎって彼女はスッと一点を指さした

「あ、ネコ」



彼女が指さしたほうを見ると路地に一匹のネコが座っていた

背を向けているが、尻尾と耳とシルエットがネコのそれであった

全身真っ黒、ユラりと揺れる尻尾だけ先っぽの部分が真っ白になっている

ネコは唐突にわたしが来たほうの道へタッタと走っていく

・・まさかね

「すいません、失礼します」

言うよりさきに走り出していた

よく出没するネコを『飼い猫』と勘違いしていたなら限りなく正解だ

だが捕まえることは不可能に近い

追いかければ飼い主を特定できるかもしれないという一心でひたすら走った

「お気をつけて!」と背中に声が響いた

何年も前に運動部を捨てた私に振り返る余裕はない

頼むから小型で小回りの利く乗り物を今すぐよこしてくれと願うばかりだった



ネコはわたしから逃げているというわけじゃないようで

どこかへ向かうようにゆったりと走っていったため

わたしも全力で走る必要はなかった

ただジョギングほどの速さで走らなくては確実に見失ってしまう

ネコは軽快な走りで角を折れた

急いで後を追う

よかった、そう遠くない距離にネコはいた

おそらくこの距離を保てば見失うことはないだろう


この路地は曲がり角こそ多いもののほとんどが枝分かれしていない

また折れ、また角を折れ、また・・

何度角を曲がってもネコはいる

だんだんと作業のようになってきた

とはいうものの広い場所に出られると厄介である

流石に見失う自信しかない

そうしている間に再びネコが角を曲がった



同じ場所を走っているのではないだろうか

いや、今は目を泳がせている暇はない

こちらは見失わないように追うので精一杯なのだ

再びネコが角に差し掛かった時、目の前に美しい紅葉の並木が広がった

もうこんなところまで・・これ以上先に行かれるのはまずい

と、少し目を外した瞬間にネコは視界から消えていた

しまった

急いで角を折れようとした刹那

視界に赤がよぎった

・・・

すぐ横に風を感じたときにはすでに飛び出していた

車のブレーキ音が頭に響いた



わたしは地面に倒れていた

足元には車が停車していた

幸運

角を飛び出すその瞬間、偶然にも靴紐がほどけ

それを踏んで後ろに転んだようだ

運転手は降りることすらなくウィンドウ越しに忙しく口を動かし去っていった

危ない危ない・・助かった・・けど

「見失った・・」

あと一歩で情報をつかめたかもしれなかったが、あと一歩踏み込んでいたら命はなかっただろう

もう少し、もう少しだったのに・・

??


見渡せば偶然にもそこはわたしが車を止めた駐車場のすぐそばだった

さっきの紅葉のほうに向かえば帰れるはずだ

よろよろと車に乗り込む

腰が痛い

転んだ時に少し打ってしまったのかもしれない

なんだか頭も痛い

というか変に気分が悪い

考えるのも見るのもクラクラする


車を出すとすぐに紅葉が出迎えてくれた

もうそれですら視界に入れることにうんざりだった

明日は仕事か・・・

どっさり疲れた気分である

なんだってこんな場所までドライブに来たのだろう


家に帰るころにはまだ日が暮れてなかった

風呂に入ることもできるが

湧き上がる疲労感は、もう残された休暇が寝るだけのためにあることを思わせた

散らかった部屋をみないように天井を仰ぐ

そして気づいた

「明日、祝日じゃねーか」


響き渡るインターホンで目が覚めた

はて、宅急便は頼んでいない

仕方なく起き上がりボタンを押した

「・・はい」

「あ、こんにちは、藤沢というものなんですが、少しだけお時間をいただけないでしょうか?

『シロ』についてお話を伺いたくて・・」

「え・・?」


シロ・・シロ・・・

人違いか?わたしはそんなもの知らない

藤沢という名も初めて聞いた

・・知らない

「・・わかりました、少々お待ちください」

知らない、知らない、知らない

でも確かに頭の仲でうずくこの忘れていたような感覚はいったいどう説明すればいい?

知りたい、知らない、知っている

なんだ・・この気分の悪さは

扉を開けると年相応と見える背の高い男が立っていた

「こんにちは、わざわざお時間ありがとうございます!」

彼は親しみやすいその笑顔でこう言うのである

「『シロ』を飼っている方でしょうか?」


話はすぐに終わった

彼曰く、わたしが『シロ』というしっぽの先だけ白い黒猫の飼い主であると思っていたらしい

もちろんわたしは人違いであると説明し、そしてどうして勘違いをしたのかを聞こうとした

しかし途端、男は「あっ」と弾かれたように路地へ走り出し何か叫んだが全く聞き取れなかった

そしてわたしは今、彼が追っているものをやっと視認した

黒猫


しっぽの先が特徴的に白い小さな黒猫が走っていく

後を追うように男が去っていく

たったそれだけの出来事にわたしは目を離すことができなかった

そしてソレが角を曲がり視界から消えたその時

水面下で拙く繋がっていた一本の糸がプツりと切れるような感覚がしたのだ

それは決して比喩ではなく、確かに何かが切れたのである

わたしはどうしようもなく『話したい』衝動に駆られた

「『シロ』しっぽの先だけ真っ白な黒猫、そして飼い主の名前は・・」

扉を閉める音と重なるように遠くで車の荒々しいブレーキ音が聞こえた


・・?

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シロ tete @tete__

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