シロ

tete

shiro

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『シロ』という猫がいた

アメリカンショートヘアで、小さな猫・・だそうだ

しかし外観はお世辞にも白っぽいとは言えない

むしろほぼ黒一色であったため

「なぜ『シロ』という名前がつけられたのか」と皆そう思ったそうだ

「尻尾の先だけ白っぽい色をしていて特徴的だから」

「飼い主が『白石さん』だから」「お城に住んでそうだから」など

出せばきりがないほどの噂の数々

しかし誰ひとりとして証拠をつかんだものはいなかった

かく言うわたしもただの社会人だ

これらの情報ですらネットサーフィンの賜物なのである

つまり誰が言い始めたのか、『シロ』は完全に謎に包まれた概念になった



何もかもが不正確、この時点ですでに妙ではあるのだが

もう一つ、『シロ』については妙な点があった

ずっと『シロ』は有名なのである

有名である点ではなく、”ずっと”という点でである

有名といってもニュースで取り上げられるほどではない

せいぜい一部の都市伝説で収まる程度だ

「見たものは生涯の幸せが約束される」とか「触れたものはその瞬間命を落とす」

とかなんとか、信憑性はほとんどゼロであり

実際にそういった事例はなしだ

そもそも『シロ』はしかない

内側をどうやって知りえるのかと突っ込みたくなる

それにもかかわらず、『シロ』の都市伝説はいつまでたっても有名のままなのだ

いや、ある程度の有名さを保っていると言ったほうがいいかもしれない

そしてその理由はおそらく情報の新鮮さにある



ほぼ毎日必ず『シロ』についての情報が飛び交っている

正直に言ってしまえば、安っぽい話と思う内容ばかり

ではあるが、毎日のように「わたしの情報こそが本物だ」と言わんばかりの情報が

無数に報告されているのである

その中でかなりの頻度で上がっている情報がある

"〇〇さんの家に飼われている"という情報である

ここまで詳細な情報を知っているのはおかしい

そもそもどこで手に入れたのだろうという話だ

やはりデマを流しているのだ、と断定したくなる

しかしこれがそうもできないのだ

この発言を支持する多数の人間が存在するからである

他の点ではまるで食い違っていた意見が、この話題になったとたん

急にまとまりを持ち始める

「そうそう、〇〇さんが飼っているらしいね!」「〇〇さんの家だよ思い出した」

といった投稿ばかり

適当な相槌、ネット特有のおふざけ、考えられないことはない

だがそれにしては数が多すぎる

数えきれないほどの支持するコメントは日に日に勢いを増しているようにすら感じた

こうなってくると信憑性はかなり高い

本当に投稿主の言うように〇〇さんの家の飼い猫なのかもしれない

ならば場所を特定して直接伺えば真相をつかめるのではないだろうか

しかしこれもまた不可能なのである



『シロ』の話題を時々見かける人は気づく

「頻繁に飼い主の名前が変わっている」

そう、飼い主として話題に出される〇〇さんという名字が

頻繁に変わっているのである

そして「なぜ苗字のみしかわからないのか」ということも甚だ疑問に感じる

投稿主に問いただしている者もいたようだが、回答は決まって

「その情報しか覚えていない、だが嘘ではない」の一点張りであったようだ

わたしは思った

これでは話にならない、やはり悪ふざけで同調しているだけだと

もし本当だとしたら一匹のネコが転々と飼い主を変えていることになる

飼い主の首が挿げってわけでもないだろうし・・

わたしは肩を落としてがっかりした

実はわたしも『シロ』の都市伝説はかなり追いかけていて

友人と共にかなりのオタクだったのだ

その友人も「嘘っぱちだ」と言って追いかけるのをやめてしまった

わたしもそろそろこんなことから離れるべきだと薄々感じていたが、

やりきれない何かが残っていた

そんなある時である

風向きが大きく変わった



諦めていたはずのその友人が妙な発言をしたのである

「薬師寺さんが『シロ』を飼っている」

私はすぐに彼に連絡をした

長く追っていた都市伝説が作り物だとわかった彼のことだ

煽ってやろうという目的であちら側になってしまったとも考えられる

わたしは「くだらないことをするのはやめろ」と言った

友人としてそんなことに時間を使ってほしくなかったのもあるが

まだ少しだけ『シロ』を信じてみたかったからである


しかし間違っていたのは


彼は落ち着いた口調で話し出した

「尻尾の先だけ白い黒猫さ、そいつの名前が『シロ』なんだ

そいつは薬師寺という苗字の人の飼い猫だ、間違いない」

何度間違いはないのかと問いただしても、彼は本当だ、嘘じゃないと言い張った

あれほど呆れて諦めていたのにどうして、とは言わなかった

今の彼はとても興奮しているようだった



突き止められるかもしれない、とわたしは思った

日本で『薬師寺』という苗字はかなりレアケースである

母数が少なければもしかしたらということもある

そして奇跡的に『薬師寺』という苗字の家には1つだけ心当たりがあった

昔サークル仲間とドライブをしていた時のことである

「珍しい苗字選手権」なるものをしていて

そのときに偶然『薬師寺』の表札を見つけて大盛り上がりしたのだ

あれも何かの縁かもしれない、と考えるのは早計か

たしか自宅からは車でそう遠くない距離のはず

今回は友人の信頼ある情報のことだ、間違ってることはないだろう

見つけ出せば一躍有名だ


わたしは明日決行することに決めた

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