第2章 はじまりのブザー

第29Q 関東大会県予選直前

「眠い」

「けど、今回は隣の市だったからまだ良かったな。前回笠間だもんな」

「そうですね」


 口を大きく開けて欠伸をする。風が吹くたびに目の周りの濡れた箇所が涼しく感じた。

 目を開け、周りを見渡すと、平日の朝とはいえ、会場には様々なジャージを着た学生達がいる。

 それもそのはず、この場所は関東大会の県予選の会場の1つなのだから。


「俺たち第一試合だからな、すぐ会場入ったら荷物置いてアップ始めるぞ」


 先を歩いていた桐谷さんが振り返り、一声を発すると同時に「はい!」と部員の揃った声が辺りに響く。

 だが、とある2人を除いてではあるけども……。


「おいおい、2人とも頼むぜ? もうこれから試合なんだから」

「「うるせぇ」」

「いや俺に言い返そうとするのマジ止めて、あと海堂くんに至っては俺一応主将だからね?」


 「ったく皆して俺の事舐めすぎじゃない?」と、ぼやくのは主将の須田さんである。バスケ部指定のリュックを背負い、背中を丸めながら歩く姿は自身の無い人にしか見えない。果たして、他のチームから見てこの人が主将だと分かる人がいるのだろうか。


「知ってますぅ」

「この海堂くん特有の小馬鹿にした感じ、懐かしいけど腹立つゥ!」

「おおきにー」

「褒めてねぇから!」


 ぜぇはぁと肩で息をする須田さんの後ろ姿を右斜め後ろから見る。そんななか俺は、何個かバスケットボールを入れている黒いケースの肩紐が肩に食い込んでいたので、再度持ち上げて肩にかけて歩く。

 須田さん、朝から大変だなと他人事のように思っていると、どうやら俺の前にいる2年の白橋さんと藤戸さんも同じことを考えていたようだった。2年の中で185㎝越えの2人組というのもあり、ジャージも黒というのもあり、余計に高い壁を彷彿させる。離している内容が緩すぎて試合中の覇気が普段では見られないため『なんかデカいのあるなぁ』ぐらいの威圧感を与えているぐらいであろう。


「朝から情緒不安定だなー、須田さん」

「まあそれもそうっしょ。今日の相手は勿論の事、久しぶりのあのコンビの対応に追われているからな」

「内山さんも海堂も単体なら全然まとも枠なんだけど、2人ともかち合ったときは短気モードに入るからなぁめんどくさいよね。」

「藤戸さー、……流石にそれ本人に言うなよ?」

「あいあいさー」


 ……あと1、2時間で試合が始まるというのに緩い。これでいいんだろうか? という疑問が頭を過ぎる。しかし、それ以上に前回のインハイ地区予選決勝の梅が枝高校との試合はどこかピリピリと誰もが威圧感を持っていたのを思い出す。思いつめて身体が重くなるより良いのだろうか。


 すると背後から、ここ数日で聞き慣れた人物の声が聞こえてくる。横を振り向くとニコリと何かを企んでいるかのような表情で俺の肩に体重を乗せている海堂さんがいた。ただでさえ、ボールケースので右肩に負荷がかかっているのにワザと腕を乗せやがったこの先輩……! てか俺の肩、ご臨終になりそうだから止めてほしいんだけど。


「夜野クーン、匿ってくれぇやぁ」

「おっもいし、首回り触るの止めてください。鳥肌立ちそう」

「試合前のスキンシップやないか。これ以上背中丸めこんだら今でさえチビなのにもっとチビになってまうで? ほらリラーックス」

「ウ、ウッス!」


 この人、しれっと人の身長馬鹿にした気がする。いや、ただでさえ試合前なんだ。こういうところで心的体力を削られたくない。


 けれども海堂さんが練習に合流してから、チームの雰囲気が変わった。良い意味でも悪い意味でも。

 良い意味としては、笑顔というか人を良く見ているように思う。気が付けば俺の後は、前岡と高橋と会話している。気配り上手なのだろう。


 けれども悪い意味では、まあ色々あったなぁ。

 会場までの道のりを歩きながら、この間の直前練習のときの出来事を思い出す。


――――


 5vs5でチームA、Bに分かれて恒例の試合を行っていたときのことだ。


「悪いマネージャー、1回タイマー止めてもらっていいか」

「……はい、分かりました」


 内山さんの一声で試合の時間が止まる。

 マネージャーの小澤さんはその言葉を聞き、首を縦に何度も振った後に手元のタイマーを止める。その際に、ポニーテールにしている黒髪がふぁさっと揺れた。顔は心なしか呆れているように見えた。


「何回目だよこのやり取り」

「記念する10回目っすね」

「記念にしたくないなぁ」

「サッカーならアディショナルタイム2分ぐらいあるんじゃなかろうか」

「まぁでもあの2人だから……」


 それは他の選手たちも同じ様だった。内山さんと海堂さん以外のメンバーが集まって雑談を始めるとすぐさま威圧的なセリフが飛び交う。


「おい、何で逆サイドに行った」

「はぁ? 文句でもあんですか?」

「単細胞か? 頭使えよ。ディフェンスが2人寄ってただろうが」

「うっさいわボケ。あんたのへなちょこパスで攻められるわけないやん」


 互いに青筋を立てる様子が見て取れる、とはいえ威圧感や火花がバチバチ飛んでいるその場に飛び込む勇気はないので傍観するしかないんだけどね。しかもあの2人、親指を下に向けたりして煽り合いしてんだけどこれ大丈夫なのか……?。


「「ア"?」」


「待て待て、また乱闘は止めろ! この体育館を血塗れの現場にして火サスのようにする気か!」


 結論、大丈夫なわけなかった。

 すると内山さんと海堂さんの取っ組み合いが始まるのを見て、須田さんと路川さんが青い顔で一目散に乱闘の現場に駆け寄る。


「ほーらまた始まった、めんどくせぇなこの人達(10回目だし流石にここは止める側にいた方が良いよな、後輩もいるし)」

「安藤さん、本音が丸出しですよ!?」

「おっと失敬、ったく俺も出動しますかー」


 取り押さえ組の3年の2人に加えて、安藤さんが加わった。ふわりと金髪をなびかせながら現場に颯爽と駆けつける姿は救急隊員のように頼もしく見えた。

 そんな状況のなか、海堂さんと安藤さんを除いた2年の先輩達が俺と朝比奈を見比べて溜め息をついた。……俺何かした?

 朝比奈も突然溜め息をつかれた理由が分からず、首を傾げる。


「いいかおまいら、あの2人みたいにはなるなよ」

「てかさ、あの犬猿どうにかならんの? 夜野と朝比奈の方が100倍大人だぞ」

「てかあれ見てから思うけど、結構1年2人は大人しいな……? あれ先輩の定義って何だっけ」

「うわ藤戸が動揺してら」


 江端さんは乾いた笑いで見守る中、藤戸さんに至っては、自身の眼鏡をカチャカチャと音を立てながらブツブツと呟いていた。この状況が面白いのか、白橋さんは「ブハハハッ!」と腹を抱えながら床で死んでいたのは見なかったことにする。


「「いや流石にアレと比べられるのは」」


 声が揃う。

 けれど、何となくここで視線を逸らす事イコール負けになる気がする。それに加えて、今ここでこいつと言い争うのも何か負けた気がして嫌だ。


「「……」」


 その結果、俺と朝比奈は何秒か何分かは分からないが、顔を見つめることになる。


「凄い顔で2人とも見てんじゃん」

「でも言い返さない朝比奈と夜野、両選手共。流石ですぞ」

「ヒーッおもろ! 腹死ぬわ」

「なんかこうあれで従兄弟なんて考えられないぐらい仲悪いからなあの2人。白橋はいい加減、床から起き上がれってんだ」

「ひひっ藤戸ォ、それは無理な相談だぜ」

「エッ従兄弟なんですか!?」


 大声で反射的に口を開いてしまった。髪色は同じとはいえ、身長や顔立ちはそっくりとは程遠い。けれど、従兄弟となるとそこまで顔は似ないもの雰囲気は似ていなくもない。言われてみれば、あの先輩2人とも只者じゃない。片や堅物、片や胡散臭いとはいえ何となく分かる。両者、食えない人だ。


「ビックリするよな、わかるわかる。俺も何度も聞いてウッチーに怒られたもん」

「須田さんはしつこすぎるから……。あとシレッと隣に来るのマジ止めません?」

「あり? バレた? あと何で白橋かれ床に転がってんの?」

「放っておいてください、笑い袋が転がってるだけなんで」

「ひでぇ」


 それでも白橋さんは笑いを止めることなく、床を転がり続けた。

 話は戻るが、須田さんが言っていた光景はまぁ想像しただけで何となく予想が付く。



『ねぇウッチーって海堂と従兄弟なの!?』

『うるせぇ』

『あでっ』


 ……みたいなやり取りをしたんだろうなぁ。うきうきとした表情で。


 練習が再開し、無事に練習が終えると片付けに入る。そんな中、桐谷先生が「海堂」と声をかける。最初は世間話だったが、最終的に近くでタイマー周りの機材の片づけをしていた俺は、結果的に色々と盗み聞きすることになってしまうわけで。


「3月らへん以来だから、2か月ぶりにしては、動きが良いな」

「あぁ、父が教えている大学生のチームに混ざってたんで。バスケから逃げてないです」

「引っかかる言い回しだなおい」

「いえいえ、先生せんせが理由じゃないんで。オレは、こん人が気に食わんだけなんですわ」


 ちょうど前を通り過ぎた内山さんを指差しながらにこやかに話す海堂さん。それを見た内山さんは、目を細めて海堂さんを見る。またもや一触即発の空気。


「相変わらず人任せのプレーのようで? いい加減その人任せどうにかせぇや」

「チッ……お前こそまた独り善がりのプレーでまたやらかすか?」


 あの2人の会話も、俺たち他の部員が誰も喋らない空間ができる。しかし、丁度ボールの片付けから戻ってきた須田さんが空気を読まずして桝田さんに声をかけていた。胃に手を当て、摩りながらである。


「桝田さん、知ってます?」

「どうした」

「……明日から関東大会県予選なんすよ」

「ご存じですよ主将殿? それがどうした?」


 俺は分かるぞ。

 桝田さんのあの表情は、明らかに顔は『何を言いたいんだこいつ』と言わんばかりの顔だ! しかも少し口元が笑っているからこれは茶化しモードに入っていると見た。

 顔を下に向けていた須田さんは、ガバッと勢いよく顔を上げ須田さんに対して文句を言い始めた。


「どうもこうもじゃねぇですよ! あの2人をどうにかさせるなんて俺には無理! そしてこうなるのは予想してたけど想像以上の2人の間に大きな亀裂があって胃が痛い……」


 ははは、と乾いた笑いをした後に桝田さんは須田さんの肩をポンッと軽く叩く。


「――とりあえずガンバ、キャプテン」

「コーチの薄情者おおおお!」


 桝田さんの表情は誰から見ても同情一色だった。それを見た須田さんは、桝田さんの腰をがっちりホールドして身動きを取れないようにする。まるで『貴様は逃がさんぞ』と言わんばかりに、生贄を増やそうとしていた。……いや流石にコーチは止めといた方がいいんじゃないですか?


「路川ァァァ俺の犠牲計画を邪魔しないでェ!」


 そう言いながら、路川さんに引き摺られる須田さんの図である。そんな須田さんを容赦なく引き剝がした路川さんは、須田さんの身体を横にして自身の腕で固定した後、グルグルとその場で回り始めた。そんな路川さんは193㎝あるんだけど、怖くないのかな須田さん。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 てか明らかに、路川さんプロレスでよく見る技かけてなかった??

 そんな様子を撮影していた同校の女子バスケ部の人から水咲高校男子バスケ部はアタオカ集団と噂されていることを俺が認知するのはインハイ地区予選終わってからである。



――――――――



<プロフィール>

夜野達也(やの たつや)


ポジション:SG(シューティングガード)

年齢:15歳

身長:175㎝

体重:56㎏

血液型:A型

得意なプレー:スリーポイント、ドライブ

<桝田メモ>

身長は高校生にしては平均より少し上。速く走れるのもあり、ドライブが得意。最近はスリーポイントに力を入れていることから、外からも打てる選手。

ディフェンスは難有りの模様。ドライブは一瞬迷いがあるためか、自身でシュートに行くことなくキックアウト(ゴール下から外にボールを出す)で味方にパスを回すことが多い。



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