☆第22Q シューティングガード

残り時間:9:32


チームA    チームB

   3       2



 「別に練習試合でもないし、審判要らん」と桐谷が言った鶴の一声に近い言葉により、バスケ部唯一のマネージャーである小澤はコート中央に位置しているデジタルタイマーを触って、メインタイマーと24秒ショットクロックの操作をしている。


 そのため審判がいない現状、ボールがコートに出た以外で、桐谷や桝田が外から見て怪我に繋がるような強い接触であったり悪質なファールではない場合以外でメインタイマーは止まることがない。


 先程の夜野によるツーポイントシュートが決まり、司令塔である朝比奈によって内外とパスが速く回り、それに合わせて試合の流れが徐々に速くなっていく。


「安藤さん、頼みましたよ」


 安藤にマッチアップしているのは夜野であることに変わらない。それに加え、夜野は安藤にスリーポイントを打たせまいとピタリと距離を詰めていた。しかし、安藤は金髪の間から覗かれる悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑う。


「いいのか、そんなに

「は?」


 思わず夜野は聞き返す。するとすぐさま右へ行こうとする安藤に付いていこうとするが壁に近いモノが隣にある。横を見ると、それは路川であった。路川と言う男は、少し冴えない雰囲気を纏っているが193cmかつゴール下の門番を担えるほど体格が良い。視野が狭まっていた中で存在を認識できなかった夜野は、そんな彼によるスクリーンを一瞬ですり抜けられることができずに安藤の背を見送ってしまう。


 ――結局さっきと同じシチュエーションじゃねえか!


 先程、安藤によって穿たれたスリーポイントシュート。そのリプレイを見ているかのようだ。シュートで跳ぶのに併せてサラリと安藤の髪が揺れる後ろ姿を見ながら、そう夜野は内心に留めることができずに思わず「うわやっちまった」と出るぐらいには自身がやらかしたことを自覚していた。



残り時間:9:15


チームA    チームB

   6       2



「あんの馬鹿……」


 選手たちを見守っていた桝田は、まるで頭痛が痛いと言いたげな様子で頭を右手で押さえながら呟く。


 安藤による連続のスリーポイントでチーム全体に焦りが見え始め、かつ約1分間の安藤と夜野の戦いにて安藤の方に分があると察知した内山は一時的な作戦変更が必要と見てボールを床に突きながら肘を触るサインを出した。


 それを見た夜野は唇を少し強めに噛む。

 「もう1回やれば確実にこの人を止められるからやらせてくれ」だなんて内山に対してそんな自信を口にすることができなかった。


 この約1分だけで、スタメンである安藤との差がどれだけあるかを実感してしまったからこそ内山の判断は正しい。しかしその現実に、夜野は気持ちと身体は追いついてこず、コートの角で突っ立っているようになってしまった。


 彼の自信は、中学のあの頃より増えたがそれは消えかかっているロウソクの火が篝火になっただけだ。焚火に比べてしまうと明らかに小さい。


 するとその動きに合わせて、江端がフリースローラインより少し前でディフェンスの路川とゴールを背中にポジションを取る。所謂ポストプレーというものだ。


 一度パスフェイクを織り込みながらダム、ダムとゆっくりとゴールへ近づく。


「江端君、ちゃんとボールは持ってなきゃね」


 背後から近づき、スティールしたボールを投げた先には。


「まーた安藤の野郎だ」


 白橋が苦虫を噛み潰したような顔で呟きながらディフェンスに戻るも、安藤の背中は遠く、ゴール一直線に走っていた。その先には誰もおらず、ノーマークでレイアップを決めた。



残り時間:8:45


チームA    チームB

   8       2



「おいおい安藤の野郎、もう8点も取りやがったんですか?」

「なんだ、負け惜しみか?」

「違いますぅ―、ただ事実を述べただけですぅ―!」


 再び攻撃権が、チームBに移る。先程シュートを決めた安藤が小走りで戻る最中にうげぇと言いながら声をかけてきたのは白橋だ。


「それより白橋、良いのか? このままだとお前、俺に飯奢ることになるけど」

「はい?? んなことは記憶の彼方に飛んでったんで時効ですさよならばいばい俺は今月金欠なのっ」

「突然真顔で早口になるなよ……」


 実はこの試合の前に、2年生間でとある賭けがあった。条件は『もし5vs5のゲームがあったら、点を多く取ったやつに他メンバーが飯を奢る』というものだ。ここにいる他2年は江端と藤戸とがいるため割り勘になるとはいえ、白橋はここ数日前に提案した己に後悔していた。


「くそぅよりにもよって、安藤の野郎が調子が良いときにぃ……!」


 もし白橋の手にハンカチが握られていたら口で強く噛んで、伸びるチーズの如く引っ張っていたであろう。そんな様子に安藤は呆れたのか気が付けばディフェンスに戻っていた。


「夜野ちゃん、久しぶりの試合で感覚鈍っちゃったん?」

「……かもな」


 時は同じくして、様子がおかしい夜野に対し、丁度近くにいた石橋が声をかけるも普段なら鋭いツッコミが返ってくるはずが、返答が明らかに元気が無い様子にキョトンとした顔で夜野の顔を見て確信した。


「成程、安藤パイセンのプレーで自信無くして意気消沈ってワケねー」

「……」

「まあ別にいいや」

「おい……」

「夜野ちゃん、1人で何とかしようとしすぎ」

「じゃお前どうするんだよ、あのオフェンスマシーン先輩」


 現状は変わらねえぞと、石橋に夜野が伝える。スポーツゴーグルが体育館の光に反射して表情が見えにくいが、考える素振りもなくすぐさま石橋は口を開く。


「それじゃあ――」


 石橋の案を聞いて、夜野は納得したのか頷いて「……分かった。それでやってみよう」と石橋に言い、2人はオフェンスに参加する。


 その後、互いにシュートは入らずに時間だけが進んでいく。再び、攻撃権はチームBへと移った。


 その際にエンドライン近くでリバウンドを取った石橋が内山にボールを渡す前に近づいて何かを伝えると、少し溜め息をついた後に「そう言うのは最初に言えよ、……ったく分かった。その方法でやってみ」と言うのが夜野の耳に入ってきた。


「夜野もそれでいいな?」

「はいっ!?」

「まあ挑戦してみなさいよ、尻拭いはしてやるから」


 こちらに話しかけられるとは思わなかったらしく夜野はビクッとしながら答える。内山は、その様子に少し笑いながら夜野の頭を2度優しく叩く。


「よーし、お前ら。安藤君にやられてばかりで終わる訳にはいかないよな! こっから取り返すぞ! 後、須田潰す!」

「うえっ副部長くん!?」

「うるせえ私情だ! 日頃の行いを思い返すんだな!」

「んな馬鹿な!」


 和気あいあいとしたコントに近い主将との会話とは異なり、表情は真剣そのもので、明らかに一触即発に近い雰囲気を纏っていた。


 内山から白橋とボールは移り変わり、白橋がドライブを仕掛けたのと同時にすぐさま己のディフェンスである須田を振り切った石橋に合わせてパスをし、石橋は流れるようにレイアップを決める。




 ――なるほど。スクリーンに来るのが須田さんであれば石橋君がヘルプに入るってわけか。石橋君って結構ガツガツ当たってくるタイプだから結構やりづらいんだよなぁ……。


「シュートが打てないなら――」


「パスをするだけだ」


 ゴール下で陣取っていた路川へボールは渡り、インサイドで得点された。



残り時間:7:28


チームA    チームB

  10       7



 目の前でやられた石橋から無意識に「うへぇ判断早」なんて言葉が漏れる。


 ――いやあ、夜野ちゃん正直ディフェンスが苦手とはいえこんな易々と抜かれる? なんて思ってたけど実際に目の前で見て分かった。安藤パイセン、目の前のディフェンス剥がすのが上手い。しかも一瞬で判断できるぐらいには。元々のシューターとしてのポテンシャルに加えて、まあおそらくそういう技術はからでしょうけど。


 視線の先には、コートの脇で前岡と高橋に事細やかに指導をしている桝田の姿があった。


 内山から江端、白橋から石橋とぐるぐるボールの所持する人間が変わる。するととある男で止まった。


「1on1ってわけか、良いぜ乗ってやるよ夜野君」

「やり返す」


 ちょいちょいと指を動かし白橋にスクリーンへ来るよう指示を出した後、スクリーナーである白橋を壁にしてディフェンスを引っ掛ける。右からドリブルでワザとリズムをずらし、安藤の一瞬を突いてプルアップジャンパーでボールを放る。


 ――ちっ、少しズレた。


 その放った本人は、何処か納得のいかない出来のようでリングもそれに答えた結果となった。


 ディフェンスリバウンドを取った路川から須田へボールはすぐに渡り、ハーフコート近くまで運ばれる。


「よしじゃあ――」

「――うちの後輩くんをイジメないでもらおうか」


 ――バァン!


 何かと何かが大きく当たる音。


 それは、須田の位置から見て少し先にフリーとなっていた朝比奈に対して投げ出されようとしたボールに内山の手によって遮られた音であった。


 須田は余程の事がない限り、ボールコントロールは自身ではなくPGポイントガードに任せる癖を知っていたからこそ、行動の一手先を読んでいた内山は須田からスティールできた。


「ちょっとウッチーにしては過保護なんじゃないのー」

「お生憎様、僕はSGシューティングガードには優しくする質なんでね。――夜野!」


 ぶう垂れる須田に鬱陶しいと言いたげな内山は、丁度視界の端に走る物陰を捉えた。


 先に1人で先に走っていたのは夜野1人。そして今の状況は、ほとんどの人間が後ろにいる状態で内山から夜野に綺麗にパスが供給される。


「させるかっ!」


 しかしそんなチャンスを潰そうと、後ろから朝比奈がすぐ迫ってくる。すでにスリーポイントライン近くまで来ていた夜野は自分自身の状態が何故か良い方向に向いていることに気づいていた。


 ――不思議と今ならスリー、入るかもしれない。


 明らかに落ちに落ちた自信がじわじわと込み上げてくる感覚と共に、リングを見ながらボールを構える。夜野の真横まで来ていた朝比奈はそれを見て跳ぶ。


「フェイク……!」


 してやられたと飛ばされた事実に思わずしかめっ面で朝比奈空中にいるなかで、夜野は再度ボールを構え直してシュートモーションに入る。



 少しシュートフォームは流れた。けれども己でも分かった。これは



 パサッ、とリングに当たることなくネットを潜る音だけがコートに響いた。




残り時間:6:37


チームA    チームB

  10       7

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