☆第23Q 試合に出れるということ

「そんな不貞腐れんなよ前岡ァ」

「神は俺を見放した……」

「いやお前、競技歴1か月じゃん。まず今は基礎固めようぜ……?」

「コタ……ンンッ! 高橋だってメンバー入りしてない」

「おーれはブランクなんですーーー! ミニバス経験者とはいえそんな続かなかったしな」


 コート脇でゆらゆらと手にもつボールを左右に揺らす人物が2人。前岡と高橋だ。試合を見ながら、あーでもないこーでもないと喋る2人だが後ろから桝田がゆっくり近づいてくることに気づかず話を続ける。


「はいはい、じゃあ前岡と高橋。試合見ながら、顔上げてドリブルの練習な。初心者とブランクのあるミニバス経験者とはいえ、2人ともドリブル苦手なんだから」

「「んなっ」」

「前岡は、えーっと姿勢だな。猫背になってる。姿勢は真っすぐに。高橋も少し経験者とはいえ利き手とは逆側のドリブルが弱い。最初は……失敗してもいい、とりあえず強く突くように意識をするんだ」

「「はい……」」


 たどたどしくも的確なアドバイスに加えて、語り掛けるようにその人その人の癖を伝える。時には実際に自分自身が見本を見せたりと様々な方法で教えている桝田。前岡と高橋は首を縦に振った後、桝田に言われた通りに練習を始める2人。片や経験者たちのドリブルのように少しずつできるようになってきた高橋に対し、前岡のドリブルを突く光景は何処か毬突きのように見える。思わず気のせいかと、桝田は目を擦るも現実は変わらない。


「まあ最初だしな……」


 まずはボールに慣れることから始めるのが先だと。桝田は無意識に首の近くに手をやって掻く。


 やはりコーチという役職は己には向いていないのではと前から思っている。何故なら教えるという行為がそもそも苦手なのだ。プロ現役時代に何度か所属していたいくつかのクラブチームのイベントで学生に向けたバスケットボールクリニックがあった。その何度かの経験とはいえ、教えた後に実は何秒か世界の時間が止まっていて、それに気づいた子供達がハッと夢から醒めたかのように動き出すような光景がざらに起こった。


 バスケットボールクリニックが終わり駐車場に向かう最中、一緒に来ていた同チームの選手にふと零してしまったことがある。


「俺、教える側向いてないんじゃないか?」

「何言ってんすか、そもそも貴方の性格的に職人気質なんだから他の人と同じやり方で通じるわけないでしょ」


 げんなりとした顔でそう言われてからそれ以降、こうやっていつの間にか縁が周りに回って慣れないながらもコーチという肩書になってしまった自分自身がコーチとして仕事できているのかいつも不安になる。とはいえ、引き受けてしまった以上やり遂げるしかないのだ。


「――それにしても凄いですよね」

「ん? 何がだ?」


 意識が別の方向へ向いていたのもあったが高橋と前岡の声が少し大きかったのもあり、不思議と彼らの発する言葉が脳に伝わる。


「いや、今俺たちが外からこうやって見てるけどさ。ああやって試合に出てみたいよな」

「……そうだな」

「いいなぁ、楽しそうだな」


 その瞳にはコート上を走り回る選手達の姿が映っていた。


「リバンッ」

「速攻!」

「戻れ戻れ! 奴に打たせるなー!」


 選手の声、スキール音、ドリブルを突く音。コートから聞こえる音は様々だ。やはり元プレイヤーとして、この音を聞くたびに胸がゾクリと高鳴る。桝田は、いかんいかんと意識を逸らすために首を何度か横に振り、コーチとして仕事しろと自身に叱責する。追想することを止めて目の前の試合に集中する。


 それにしても、実力差が大きく出てしまったな。


 コートに顔を向けると、ある男に意識がいく。その男の身に着けている水色の蛍光色のビブスが動きと共に靡く。そこにでかでかと黒字で書かれている番号は『9』。


「夜野、お前のまず越えるべき壁はあいつだぞ」


 桝田は夜野を少し師匠贔屓とはいえ、見ている選手の1人であることには変わりない。それでも、約1年前に目の前で啖呵を切った人間に期待してしまう自分がいた。それでも、同じチームに彼がいることは将来にとって財産になるのは確かだ。



 スパッ。


 綺麗な放物線を描いたそれはトトトン、とネットを通ったボールが床に落ち、何度か弾んで床に転がる。


 ここ数分で憎たらしく見飽きるほどに見たシュート。それを決めた人物が夜野に話しかけてくる。


「いいのか? このままだと勝負は俺が勝ちになるけど」

「まだ試合は終わってないでしょ、先輩こそもう勝った気になってんですか?」

「いや? でも勝つうつもりなら試合で結果だしな。今んところお前6点、俺11点だから」

「むっかつく……! 次こそ点取ってやりますよ!」

「できるもんならやってみな」


 ハン、と鼻で笑いながら負けず嫌いを表に出す夜野。それに乗らないぞといわんばかりに、ニヤリとわざとらしく煽る安藤。そしてその思惑通りに青筋を立てる夜野。そんなやり取りに先程の神妙そうな顔で、かつ師匠面していた人間と同一人物とは程遠い「ブハハハ! あいつ茶化されてやんの!」と大笑いするのが桝田である。そんな甥っ子に駄目だこいつ精神子供だわ、と現実を逸らしたくてもできずに目頭を揉むのは先程から桝田の隣にいた桐谷である。


 ちなみにだが、前岡と高橋は桐谷と桝田のいる場所から少し離れたところで一生懸命にドリブルを突いている。


「いやー、それにしても特にあの2人の得点力が凄いな。同じSGシューティングガードとして見てて楽しいわ」


 ひー、と笑いながら涙を指で拭う桝田。桐谷は「俺もう知らん」と言わんばかりに聞こえなかったふりをして、疑問に思っていたこと目の前にいる甥っ子である桝田に聞く。


「というか安藤ってあんな感じだっけか」

「いや、前からスリーは上手かったけど。今日は調子が良いんじゃないか?」


 ここ数分の試合の各チームトップの得点として、チームAは安藤、チームBは夜野と互いのSGシューティングガードに点が偏っていた。安藤は自身が打てるタイミングであればスリーやロングツーポイントシュートを打つのに対し、夜野はどちらかといえばドライブが得意なのもあり、自身で得点機会を作れるタイプ。異なるタイプとはいえ、どちらもSGシューティングガードとして得点を量産できるのに変わりない。


 しかし桐谷はどこかこの状況を見て、咽喉に魚の骨が引っかかっているようなもどかしい感覚に陥る。数か月前に行われた県内の新人戦では、安藤の各試合平均点数は4.5点。けれど、今日の安藤は1Qクオーターの得点ペースだと、もしこれが普通の試合であれば余程の事がない限り約50点ペースで得点を続けている。


 ――あいつ、あんなに積極的に点を取るような選手だったか?


 他スポーツに比べて多くの点がいるバスケというスポーツだが、1人1試合で何十点も取れる選手はエース格の選手と言われることが多い。とはいえ、桐谷がここの水咲高校で監督として見ていても安藤大輔あんどうだいすけという選手はそんな点を積極的に取る、目立つような者ではなかった。ただ2年に上がってすぐ、いやここ数日だろうか。どこか違うように見える。


 腕を組みながら試合の展開を見守る桐谷と「違う……? 違う、ねぇ……」と独り言を言いながら悶々と悩む桝田だが、ふと閃いたようで目を大きく開いて桐谷を見つめる。


「そういや今日のチームには朝比奈がいる。……別に内山と相性が悪いとか内山が下手でもないし。けれど普段とは違うPGポイントガードってだけだろ。それが理由でもそんなに変わるか?」

「いやお前基準で話すなよ……」


 あっけらかんとした表情で言う桝田に桐谷は呆れたような表情。それを諸共せずに桝田は言葉を続ける。


「まあそりゃそうだわな。俺からしたらPGポイントガードが誰であれ自分のタイミングで打てば点取れるし」

「けれど、安藤からしたら朝比奈という自分からクリエイトしてくれるタイプのPGポイントガードと相性が良いってことだ」



 コートを見ると、朝比奈がドライブでディフェンスを2枚引き付けた後にその場でターンをしてパスを出す。その先には――。



「そのパスセンスは天性のものか、今までの経験で得たものかは置いておいても高校1年で身に着けられている時点で才能だよ。



――恐ろしいな、朝比奈歩夢あさひなあゆむ


 桐谷は顔が険しいまま冷や汗が顎を伝う。それでも口元は笑っていた。




「――14点目」


 リングに当たることなく、シュパッとボールがネットを潜る音は同時に安藤の歓喜の音でもあった。


残り時間:3:51


チームA    チームB

  18       10



 すれ違いざま、朝比奈と夜野の視線が交わる。2人は笑うわけでもなく煽るわけでもない。


 それは数秒か、それとも数分か。長いようで短い時間ようでもあった。何も発することなく、2人は自分の役割を全うするべく動き出す。朝比奈は自身の縛っている後ろ髪を再度縛り直し、夜野の背中を見つめながら滑らないように一度自身のバッシュの裏を手で拭いてにキュッとスキール音が出ることを確認する。そして床に指先を触った後、ディフェンスの姿勢であるハンズアップをする。


「――スタメンを狙っているのは君だけじゃないんだよ。夜野」

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