☆第21Q 宣戦布告

「つか珍しいっすね監督」

「何がだ?」


 「またまたすっとぼけちゃってー! このこのっ」と須田が桐谷の脇腹に肘を軽く入れるフリなど茶化すが、桐谷の視線が冷たいことを察してしまい真面目な主将モードに切り替える。


「いや? ぶっちゃけた話、内山と安藤は一緒のチームだと思ってました」

「まあそうだな。正直なところあの2人の内1人いれば、もう1人はその片割れでほぼ確定みたいなものだしな。実際のところ相性も結構良い」


 顎を何度も摩りながら天井を見上げる桐谷に須田は「ですよねー」と笑う。


「今日は、あの4人の実力が見たくてだな」

「ほほん? その心は?」

「特にあの2人のPGポイントガードは毛色が違う」


 桐谷は、腕を組みながら話を続ける。

 

「まず内山。彼は余程のことがない限り安定したプレーをするし、ミスも少ない。ただ難点は自らのプレーで流れを変えようとするタイプではないことぐらいか」

「まあそうですねー、ウッチーはどちらかと言えば周りに指示を出して動いてもらってからのパスとか味方のアシストが多いですからね。けど、俺が言うのもなんですけどそれに助けられたことは多い」

「そうだな……」


 そう桐谷は呟くも、瞳は閉じられたままだ。


「――だがそれ以上の逸材が出てきた」

「朝比奈ですね」

「そう。勿論、彼が完璧というわけではないとはいえ全国を経験しているだけあって1つ1つのプレーの基礎が高い。けれど、ここ1か月の練習を見る限り何故か己でゴールに行けるタイミングでパスを出すことが多い」

「彼も若いですからねー、色々あるんじゃないですか? これからですよ」

「いやお前2つしか変わらないだろ」

「監督ぅ知ってます……? 学生の2つ年の差は結構でかいんすよ……」

「昔何かあったんか……?」


 須田は乾いた笑いしか出さずに、話題を変えようと「そうだ!」と


「てか俺は? いつもメンバーコロコロ変わってる気がするんですけど?」

「お前は誰とでもやれるだろ?」


 あたかも当然の事のように言う桐谷の熱すぎる信頼に対し、須田はむず痒い気持ちが表に出る。その証拠に、普段は少しへの字に曲がっている口元が波線のように歪んでいる。


「まあ?? 俺、キャプテンですしおすしししし」


 その証拠に須田の頬は少し赤く染まっていた。


「というかお前、ここで油売ってていいのか」


 ふと気になっていた事を桐谷は口にする。


 それもそうだ、この時間は各チームの作戦タイムであったり、試合前の入念なストレッチを行っていたりと準備の時間だ。チームBは話し合いが終わったのか、各自シューティング等ウォーミングアップを始めているのに対し、チームAは未だに床に置かれた作戦版の周りに図体のデカい男子を含めた4人が座っている。その輪に入らない須田を怪訝に思った桐谷だったが、その言葉を聞いた須田は、そっと目を逸らす仕草を見せる。


「現実逃避っす……。意外と朝比奈くんが思ったよりこだわりというか色々凄くてですね……いや流石にもう戻りますよ、うちの司令塔くんである朝比奈くんがずっとこっちを睨んでいるんでね!」


 集まっているチームAのメンバーの方へ向かうその背中を桐谷は眺めながら、誰も周りにいないこの状態だからこそふと出た言葉だった。


「まあどっちが良い悪いではない。ただ、うちのこれからの強みにはなるだろうな。特に――」


 他選手は様々な場所で会話している中、気が付けばシューティングをしているのは2人だけとなっていた。丁度コートの両端にいる選手を見る。


 安藤と夜野。その2名だけがゴールを正面にシュートを打っていた。すると同じタイミングでシューティングを止め、ボールカゴに使用していたボールを遠くのゴミ箱に投げるかの如く安藤が先に投げ入れる。後に夜野が続く。


 さてそろそろ始まるのかと夜野は同じチームのメンバーが固まっている方へ向かおうとするも、とある声に足を止めることとなる。


「お前が桝田さんコーチから目をかけられているのは知ってる」


 安藤から声をかけられたことに夜野が気づく。徐々に一歩、一歩と夜野に近づいてくる。安藤はまるで大空から獲物を狙う猛禽類のような雰囲気を纏っており、普段の真面目でお人好しのような空気は鳴りを潜めていた。


「でも俺だってこの1年間、あの人にシューターとしての極意を教えてもらった。普段は先輩として接しているけど、ここでは好敵手ライバル。だからこそ」


「――負けない」


 普段。いや中学の、今までの夜野であれば目の前の彼の雰囲気に飲まれ、怖気づいてしまっていたであろう。しかし夜野も一歩前に足を進め、安藤と対峙する。


「奇遇ですね。俺も貴方に負けたくない、そう思ってます」


 あともう一歩で鼻と鼻がぶつかるぐらいの距離で、2人はすれ違い様吐き捨てるかの如く宣戦布告をした。そんな事が起こっていたとは他のメンバーは知らないまま、試合は路川と江端の190cm越え同士の2人によってジャンプボールと共に始まる。


 ボールはバチィン! という音が鳴るが大きく動くことなく、真上に飛ぶ。間違くそれは互角の争いだったことを象徴していた。しかし2度目ジャンプでは、3cmという身長差で有利な路川がジャンプボールを制した。


 弾かれた先にいたのは朝比奈だった。


 肘を何度か叩くモーションをした後にダムダム、とドリブルを突きながらコート全体を見回す。その間にも、路川がフリースローラインでディフェンスを背にポストアップをしており、そこにオーバーパスで朝比奈は入れた。


「やらせん!」


 白橋がそれを見て路川へ大きく寄せ、ダブルチームを仕掛ける。それに加え、路川に付く江端を除くチームBのメンバーは、そこを攻撃の起点にするかと路川の立つ方へ何人かが少し寄る。


 だがそれを読んでいた。いや見逃さなかったのは朝比奈だ。


「はい、得意なパターンでしょ。


 藤戸がディフェンスに対してスクリーンを仕掛け、そしてそれは安藤にピタリと付いていた夜野にも須田によってスクリーンをされてしまう。


「スクリーン……!」


 そして夜野は気づいてしまう。今の状況はノーマークにしてはいけない人物が1秒とはいえ、ノーマークであることを。それは一瞬の隙が生まれてしまうことも。


「――ああ、折角後輩が作ったこの状況。期待には応えないとな」


 スクリーナーである須田を避けて安藤を追いかけ手を伸ばすも、一歩遅かった。夜野の伸ばした先の指が安藤に渡ったボールにかかることなく、リングに嫌われずネットを潜った。


「まず1本目」


 安藤は、そう言いながら目の前にいる後輩である夜野を見る。2センチの差とはいえ、夜野に比べて高い安藤の視線と交わる。


 ――シューターなら、お前もやってみろよ。


 そう告げているような視線。それを相手にせず、夜野は安藤を一瞥すると走り抜ける。


「おい、やり返すぞ」

「やり返すのは当たり前じゃないですか」

「よし、じゃ作戦の通りはお前起点でオフェンス組むからな。気を抜くなよ」

「はい!」


 内山は夜野の頭を軽く何度か叩いた後に、夜野は胸に込み上げてくる何かを知らないふりしてハーフコートまで走り抜けた。


 内山は親指を1つ立て、チームに合図をする。そしてパスをした先にいたのは夜野だ。するとすぐさまスクリーンをかけようと、白橋が向かう。それに気づかない安藤ではない。安藤のディフェンスのマークは夜野だ、視界の端に白橋の姿を捉えていた。

 

 

 俺と同じ方法で点を取る気か? 愚策にも程があるだろ。


 

 己のやったプレーの二番煎じをやろうとする後輩に思わず、拍子抜けした。

 しかし夜野はスクリーナーである白橋とは逆の方向に股通し、あるいはレッグスルーと言われるドリブルスキルで安藤を抜かす。


 

 ――白橋スクリーナーはオトリかよっ!


 

 それに気づいた安藤はチィッ、と内心舌打ちをする。自身に言い訳をするわけではないが、高校に入学して以降の夜野はスリーばかり打っているように見えた。そして、ここ1か月一緒にやってきても分かる夜野の負けず嫌いさを念頭に置いているからこそ先程のプレーを見て、やり返すに違いない。そう踏んでいた。


 安藤の誤算は、1つ。

 夜野は負けず嫌いだが、人と同じことをやることも嫌いなのだ。


 ディフェンスのカバーに入ろうとする藤戸を視認した夜野は、ドリブルのリズムを自ら崩した。そして夜野がレイアップの姿勢に入ったのをみた藤戸は上へ跳ぶ。


 

 ――引っかかったな。


 

 綺麗に引っかかった藤戸を見て、空中で一度ボールを下げてもう一度上へボールを放る。夜野のやったそれはダブルクラッチという、シュートの1つだった。


 バックボードにコンッと当たり、シュートは綺麗に入る。


「スリーを打つだけが俺の仕事じゃないんで」


 すれ違い様、フンっとやり返してやったと言いたげな夜野は鼻を鳴らす。それに青筋を立てるのは安藤だ。「こんにゃろ……」と口から出るも、安藤は何処かワクワク感は消えなかった。



「朝比奈」



 エンドラインからボールを出す朝比奈に安藤が声をかける。


「なんです?」

「こっちにどんどんパス回せ」


 その言葉は有無を言わせない、と。ははっと笑いながら朝比奈は口を開く。


「元からそのつもりです。自分が打てると判断したらじゃんじゃん打ってください。――貴方はこのチームNo.1なんですから」


 耳に入ってきた情報に思わず安藤はキョトンとした顔で朝比奈に顔を向けたが、そう言った当の本人はいつも通りの表情でまるで当たり前の事だと言っているように見えた。


「少なくともスリーの技術はこのチームでトップだと思いますよ。それに、僕もあいつには負けたくないんで」



 ふふっ、と笑いながら「だよなぁ」と言う安藤の瞳は変わらずギラギラとしていた。


 ディフェンスに戻りながらそんな会話をしていたのを真横で見ていた須田は、大きなため息を吐きながら自身の前髪をガシガシと乱暴に掻く。


「これ一応練習中なのに、火花バッチバチじゃねえか……」


 そう言いながらディフェンスに戻る。そんな波乱の展開と成り得る火種を含め、始まった試合を桐谷は何も書かれていないホワイトボードを背に腕を組みながら試合を観察していた。



「あのPGポイントガードの2人のプレースタイルも結構違うが、あのSGシューティングガードの2人も全然違う。隙あらばスリーを含めたアウトサイドシュートを軸にする安藤、スペースがあればスリーだけでなくドライブと自身の足の速さを活かしたプレーの選択肢が多い夜野。はてさて……」



 脳裏に浮かぶのは2人の人物。



「他にも使えるカードはいくつもあるぞ。さあ、PGポイントガード。お前たちはこの5vs5ゲームをどう展開させる?」



 独り言を呟く桐谷は、自身の顎を触りながら内山と朝比奈を見た。

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