③ ファールとバイオレーション


 

 実際に見せた方が早いだろうなと思い、石橋を手でちょいちょいと動かし、呼び寄せる。ちょっとテキトーな扱いになってしまう。

 

「石橋、ディフェンス役手伝え」

「はいよ、まったく夜野ちゃんは人使い荒いわねー」


 軽口する暇あるならはよ動け、という念を込めながら臀を軽く蹴ろうとする。だが石橋はそれに気づき、両手を上げながらひょいっと横にズレて避けられてしまう。互いにじっと目を見る、傍から見れば少し睨み合いに近い状態だろう。まあ俺と石橋、当事者からしたらいつもの事なので。


「こんな感じに当たれば、大体ディフェンスファール。これの名前何だっけ」

「イリーガル・ユーズ・オブ・ハンズ」


 バチンッと音は出ないぐらいの威力だが、自分の腕に手で叩かれる。そして聞くと即答してくれる石橋。

 えっ続けるの、みたいな顔をしているような高橋と前岡の2人の雰囲気を感じ取るも続ける俺たち2人である。


「これもディフェンスファール」

「ブロッキングだな」


 俺がボールを持ち、左右に揺さぶる。そして右側からドライブで切り込もうとした先に石橋が立ちはだかる。少しぶつかるが、びくともせずにいつものミステリアスな真顔で立っていた。痛がる様子もない。


 その後も、「これも」「これも」と続ける俺たち。合計4つのディフェンスファールについて説明し終え、「簡単な説明だけどこんな感じ……です」と少し遠慮気味にだが初心者2人組に視線を合わせる。すると手を挙げる高橋。

 

「すまん、ちょっとした疑問言っていいか?」

「ん?」

「――ディフェンスファールって多くね?」


 ――確かに!


 一拍置く。言われた言葉を理解した後、思わず石橋と俺の2人分の視線が合ったが、どちらも目を開いている表情だ。確かにもうルールなんて慣れている身としては、疑問に思わなかった。そんな様子を察してか、高橋が首を傾げながらこめかみに親指を当てる。私!今考えています、と分かるポーズである。少し(といっても1~2分だが)時間が経ち、高橋が口を開く。


「いやまあルールだから別に疑問に思ってもどうもならないと思うけどさ、もしかしてバスケってオフェンス有利だったりするの?」

「……!」


 前岡は、効果音があれば、明らかに『ハッ』という文字が後ろに書かれていたであろう反応だ。そんな高橋の質問に、俺は首を振る。


「いや、普通にオフェンスファールはあるからそこまで有利不利はないはず」

「まあせやな」


 石橋は同意を示した後に、続けて口を開いて話を続ける。

 

「オフェンスファールは、2つあって。大体審判に取られるファールは、このオフェンスチャージングってやつだな。てなわけで夜野ちゃん、やるぞ」

「俺が次ディフェンスかーーい」

「だって僕がディフェンスだと、夜野ちゃんのこと止めちゃうじゃん」

「いやそうだけどね? 事実だけどね? 今さっきもそんな力入れてやっていないとはいえ止められたけどもね?」


 それ今言わなくてよくない? と少し心に傷が付いた俺は思わず口に出している。それに対し石橋はデフォルトの無表情。だが俺には分かるぞ、今のお前『何言ってんだこいつ』と言いたげな顔だというのは。

 

 実は石橋、ディフェンスが得意である。中学時代の練習中、1vs1ワンオンワンを先輩同級生後輩全員とやって結構な頻度で止めたことがあり、付いたあだ名は『曲者眼鏡』だ。しかも身長も179cmあり、それなら試合に出られるのでは、なんて思った時期が中学時代にはあった。だがこれは全て過去形である。大きな理由は1つ。


 ――こいつ、オフェンスのときだけ結構猪突猛進系(といいつつディフェンスも結構オラオラ系)なんだよなぁ。

 

 なんでかディフェンスのときを含めて、たとえ身長差があっても当たり負けない身体を持つ。それなりに普段は落ち着いている(※なお奇行はする)のに練習中、試合中は常に猪突猛進気味にプレーをするのである。なんともまあ見た目詐欺である。メガネなのに、と言うと物理的に(1vs1ワンオンワンで)ぶっ飛ばされるので二度と言わないと決めている。少し痺れを切らしている石橋が見えた。


 ――はいはい、俺がディフェンスやればいいんでしょ。


 そんな風に肩を竦めた後、俺は肩幅まで足を広げ、腰を低くしてディフェンスの形に入る。

 

 俺の方へ突っ込んでくるそんな石橋によって、突き飛ばされかけるも身体の正面で踏ん張る。始まった実践(ファール編)である。


「おい、これ普通に1vs1ワンオンワンじゃねえか」

「一番わかりやすいじゃん」

 

「そんでこれ、一例だけど。こんな感じにディフェンスの手が当たった状態でシュートすると、大体ディフェンス側のファールになって、シュートが入ればバスケットカウントになる。入らなくてもシュートファールだから、フリースローが貰えるってわけですよ」


「すまん、バスケット……カウント? ってのとフリースローってのも良く分からんけど、それとどう繋がってるのか?」

「うわ……まともな前岡の口調」

「流石に真面目なときは出さないよ……」

 

 すると、「普通に面白くないな……」と自分の身に着けているスポーツグラスのベルトの長さを調整しながら言う。体育館の天井に吊るされている照明によってレンズが光るため、石橋の背後には不気味な雰囲気が滲み出ているように見えた。

 

 「いやお前、前岡に何求めてんのよ」と俺が返すが、「前岡ちゃんには、もうちょっとハッスルしてほしいというか」とあっけらかんとした顔で言う石橋。それに対して、前岡は「何に対してのハッスル……?」と少し動揺した聞くが石橋は表情を変えずにスポーツグラスの位置の微調整を真顔で前岡を親指で差しながら――。

 

「ほら、『闇に導かれし我が手が――』」

「何、前岡にやらせようとしてるんだよ!」


 あとそれは普通に厨二病のやつのセリフだろうが、と拳骨。「もうこれは愛として受け取っておくべき……?」と石橋が聞くので、「流石に気持ちわりぃなおい」とバッサリ、一刀両断する。


「いや、えっと……あれは――」

「マネージャーの先輩に気を寄せたかったんだろ。こっんのバカタレが。あれだと多分あのマネージャーの先輩だけじゃなくて他の先輩とか同級生にも良いイメージ持たれてねェぞあれ」

「がーん」


 2人で耳打ちする姿が見られるが、そんな会話がされていることは俺が一生気づくことはない。

 

「あーっと、話戻すけど。シュートしたときにファールされましたって今さっきの例で言ったと思うけど。その後にフリースローって言って、シュートが打てんのよ。スリーポイントラインより内側でシュート打とうとしていたら2点だし、それより外側だったら3点分のフリースローが打てる」

「ここで2点とか3点って言っているが、1点のシュートがフリースローなのは変わらない。その回数分打つってことになる。もし2点エリアでなら2投、3点エリアでなら3投みたいな感じだな」

「そんでちょっと巻きでいくわ。次はバイオレーション。これは、ファールと違って接触がないけど反則になるやつ。24秒、8秒、5秒、3秒って色々あるんだけど――」

 

「突然の省略!? というか最後雑じゃね!?」と、高橋の言い分はごもっともである。


「いやまあ本当に今日は軽く教えるって感じだから、気になったらまた聞いたりとかしてもらえると……」


 教えるのが下手くそ、というより教える時間が短すぎる。だからこそ覚えてほしいが、今すぐに覚えろとまでは言えない。


 だが来月の試合以降は、ぶっちゃけ1年が試合に出ることができるのかどうなるかすら分からない。とはいえ、あの初心者とはいえ身長と跳躍力はバスケという競技において結構なアドバンテージだ。だからこそ今後、桐谷先生がどういう風なメンバーで使うのかはまだ理解できない。理由としてはここ最近の試合を想定した練習中に行われるゲームを見る限り、固定されているメンバーは須田さんと内山さんぐらいで、他のメンバーである3人はコロコロ変わる様子を何度も見ているからというのもある。


「おい1年。何くっちゃべってやがんだ、片付け始めんぞ!」

 

 内山さんの叱る声が体育館に反響する。それにビクッと身体が跳ね上がる新入生4人組である。気が付けば、女子バスケ部側の5vs5のゲームも終わっていた。


 ――ブザー、気づかなかったな。

 

 部員全員が自身が持つボールを片付けた後に得点盤やメインタイマーを片付けであったり、モップをかけようとしている先輩達が見えた。それに気づいた俺たちは、声を揃えて「先輩、やりますよ!」と言う声と共にモップを持つ先輩達の方へ駆け出した。

 


 

 ――関東大会地区予選まで、残り3日。

 




―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


はじめまして、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

今更な話になるかもしれません。今回の『ファール』や『バイオレーション』などの用語なのですが、物語内で全て説明できていない部分があるので、単語集を参考にしていただけると幸いです。ほんのりちょっとだけ詳しく書いているつもり(当社比)なので……。


また応援の♡や応援コメント、☆も励みになっております。

いつもありがとうございます。


今後も『Seconds-2400秒にかけるものたち-』をよろしくお願いいたします。

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