② ライン判定

 4月18日、月曜日。

 関東大会地区予選(水戸A)まで残り、3日。


 日程を数日前に聞いたり書類を見たりなどして分かったことだが、4月21日の木曜日から水戸A地区の予選は始まり、4月24日の日曜日に終わる。水咲高校は水戸市内。平日というのと市外の笠間市の体育館が会場というのもあり、学校も公欠で試合に向かうとのことだった。

 

 まあ初日以外は、全て――勝てればの話だが。

 

「さて、と……」


 体育館には、バスケットゴールが壁沿いに4つ設置されている。だがその他に天井まで上げられているバスケットゴールもあるため、体育館を使用するのが男子バスケ部だけのときや男女で使用するとなった場合は、その大きなコートゲームを男女交代で使うことになる。そして今日は、男女共用らしい。俺を含めた1年がゴールを下ろす作業をした後に通常通り練習を始める。その中でゲームの時間帯になると出ない選手は、メインタイマーや得点盤を捲る人間(今回は2年の先輩がやるらしいのでそれ)以外は基本やることがないためコート脇でシューティングやドリブルなど男女共に調整していることがほとんど。


 その時間を利用して、例の初心者組に教える時間にしようと考えた俺である。ちょいちょい、と2人に手を上下に『こっちに来て』のハンドサインをする。すると2人が近くに来てくれたので、昼に話した約束のことを話す。

 

「ちゃんとこいつも俺も、ルールとか基本的なことは頭に叩き込んだつもり」

「ふっ……」

「おっ、それはありがたい」


「だってググったから!」と自信をもって2人共一緒のポーズで親指立てているのを見るとちょっと不安になるが、まあ大丈夫だと信じておこう。

 

「まあお昼の続きになるけど、この時間を利用してちょっと教えるな。まあバスケは基本、ラインが一番大事だったりするわけです」

「うんうん、そうだな」

「……っておい、石橋。何でお前もいるんだよ」

「流石に1人だときついだろ。あとこっちの方が面白そうだし」

「普通にシューティングしてろよ」

「夜野ちゃん、僕を仲間外れにするつもりなのねっ……」


 ぬるっと後ろから腕を組んで頷いては、ぴえんと顔を覆う石橋に面倒くさいなこいつと思うのは仕方がないと自分に言い聞かせる。例え、己の眉間に皺が寄りかけていると自覚しても知らないったら知らないのである。


「とりあえず、話は戻すよ。今やってるゲームを見てもらうと分かるかも」


 そう言いながら目の前でやっている男子のゲームを親指で指す。「へェ」や「ほう」と言いながらコートに視線を向けるこの初心者2人(高橋と前岡)だが結構想像していたより従順的というか常識ある方なんだなと感じる。


「コートは基本見てわかる通り、縦短横長の長方形。基本的にこのコート内で競技をするってのは分かると思う。俺が今日教えるのは、シュートを打った位置にあるライン次第で点が変わることとボールを持った状態でコートの枠のラインを踏んだ時点で相手ボールになることの2つ。まあ時間があれば、バイオレーションとかファールとか教えたいんだけど……」


 1つ、2つと指を上げる。練習時間は無限にあるわけではない。2人には大変だろうけど、こうやって教える時間も今しかないため、少しでも教えられるときに教えておきたい。数か月もあれば、まあ身に付くだろうとは思うけどと昔の自分もこんな感じだったなとちょっとノスタルジックな気持ちになる。少し意識が逸れたが、本題に戻す。


「まあ多分調べたと思うから前者のラインで点が変わるのはサラッと言うけど、ゴールの周りにある半円のちょっと伸びた? みたいなラインより外なら3点。それより内側なら2点なんですよ」


 「それはOK?」と2人に聞くとコクコクと頷いているので話を進める。


「で、次なんだけど。ラインはこんな感じに基本踏んだりするのがダメなんだけど、例外があって――」

 

 近くにある白いテープで実践していると突然、「では、ゆくがよい」と、俺が持っていたボールを石橋が奪っては少し離れた角の方に指を指す。それに対して俺が思わず「いや突然何よ」と言うと石橋は。

 

「これからボールがコートに出たときの実践やるんだろ?」

「まあそうだけども……」

「なら俺がボール出すから、夜野ちゃんボール拾ってよ」

「いやなんで俺が実践役!?」


 というか2人共この展開(石橋乱入)に付いてきているのか心配になり、チラッとそちらを見る。すると、どうぞどうぞと手を差し出している。罪悪感はあるものの、1人で教えるより複数人いた方がまだ教えやすいのは事実なので、「まあいっか」の精神と日頃のうっ憤もあるため石橋をこき使ってやろうなんて考えは決して少ししかないが、なるべく良い方向に思考を逸らす。石橋が手に持つボールでドリブルをゆったりと突き、俺を見ながら首を傾げる。

 

「だって、最近飛び込むの好きじゃん……」

「確かに練習中のゲームで何度か飛び込みましたけど、好きで飛び込んでねぇし!」


 ここ数日あった練習のゲーム中に俺はルーズボールに飛び込んだのは事実だ。けれども、それは片手で数える程度しかやっていない。語弊を招く言い方をする石橋に、ここ最近なりを潜めていた少しでも気に入らないことがあれば噛みつく俺である。それを察したのか、石橋はデフォルトの真顔で口を開く。

 

「まあ飛び込めとは言わない。ボールがコートの方に行ったらゲームの邪魔になるだろうし」

「普段もこれぐらい常識ある行動してくれればな……」

 

 普段からずっと言おうと思っていたことをぼそりと呟くと「何か言ったか?」と言っている石橋に、「いや別にーーー?」とはぐらかす。すると、「おーっとボールがコートに出るぞ」とバウンドさせたボールを出してくるので心の中で「こいつやっぱり聞こえてたんじゃねぇか!」と石橋の地獄耳に逆ギレする俺であった。ちょうど石橋が投げた先には、(他の競技で使うのかは分からないが)床に白いテープが張られているところがあり、そこのライン外にボールが出そうだったので気を付けつつジャンプして石橋にぶん投げた。


「まあこんな感じでボールはコートから出てても、落ちてない状態ならコート内にいる選手がそのボールを弾いたりしてコートに入れても『アウト・オブ・バウンズ』にはならないって訳だ」

「「おおー」」


 初心者2人がパチパチと手を叩いて賞賛をしている中、「ちなみにコート内にいる選手がさっきの夜野ちゃんとは違って、ライン踏んでから跳んだり、ボール自体がライン上から外に落ちた場合は相手ボールになるから気を付けるように」と言葉を続けた。

 

「いや……なんで俺実践役なの?? 俺説明役じゃね普通」


「だって最近――


「飛び込むのは好きでは無い!」だろ」


 遮ってまで言いたいことではあるが、決して俺は飛び込むのは好きではない。勝つために自分のために必要だからやっているのだと、言おうしたが、石橋が「分かってる大丈夫、メイビーメイビー」と手を下に何度も押すようなハンドサインをする。つまり、落ちつけと言いたいんだろうが発端はお前だぞと俺は言いたいのを抑えきれず口にした。

 

「分かってんならやらすな!」

「だって僕のこれ、割りたくないし」


 親指でベルトの部分をゴムのように伸ばした後、バチンっと勢いよく離した。そうして石橋が人差し指で差すのは、かけているスポーツグラス(スポーツゴーグルという方が近いと思うが)である。

 

 バスケは基本接触が多いスポーツなため、通常のメガネでやると、接触時に怪我をしたりさせたり、またメガネ自体を壊してしまったりと結構危ないのだ。それもあって、バスケ競技者ではコンタクトをするか、スポーツグラスをする人がほとんどである。


「ま、そんなわけで今日は――」


 これぐらいにしようか、と聞こうとした。するとゲームをしていた先輩達がコートに出ては、「次、女子―! コートに入って」と副部長である内山さんが体育館に響くぐらいの声が聞こえる。時計を見ても、まだ時間がある。石橋を含めた3人に視線を合わせてみれば、1回頷く様子を見るに考えていることは皆一緒だったらしく言葉を紡ぐ。


「まだ時間あるっぽいし、続きやりますか。次は、バイオレーションとファールについて簡単に説明するわ」

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