第三章 栄光の光と影と 7.遥かなり南氷洋(2)

2.斜陽

 戦標船改造の捕鯨母船が姿を消す一因となった捕鯨枠の減少について、その流れを簡単に追ってみよう。商業捕鯨禁止に至るまでのさらに詳しい経緯については、他に参考となる書籍が多数出版されているので、そちらを参照されたい。


 終戦直後の昭和21年(1946)11月、ワシントンで国際捕鯨会議が開かれた。当時占領下にあった日本は参加を許されず、GHQがオブザーバーとして出席している。この会議で国際捕鯨条約が決定され、15カ国が署名して2年後の昭和23年から効力を発揮するとされた。これによって誕生したのが国際捕鯨委員会(IWC)で、以後鯨資源に関する国際的な取り決めはすべてここで行われることになった。


 戦後しばらくの間、南氷洋捕鯨の規制は捕獲頭数制限によって行われた。各国の船団は解禁日から一斉に操業を開始し、毎週の捕獲頭数をノルウェーの国際捕鯨統計局に報告する。統計局は頭数制限に達する日を予測し、前もって通知する。この操業終了日までどの船団がどれだけ捕獲しようとも自由であり、「オリンピック方式」と名づけられた。

 捕獲頭数はシロナガス換算(BWU)で16,000頭と定められていた。この頭数は大戦末期の昭和19年(1944)1月、ロンドンで開かれた国際捕鯨会議で決定されたもので、戦前すでに減少の兆しを見せていた南氷洋の鯨資源の維持を図るためであった(*1)。もっとも、その根拠は戦前の平均捕獲量である22,000~23,000頭の約2/3というだけで、科学的なデータに基づくものではない。それでも戦前の漁場制限、体長制限などの間接的な規制に比べれば、より確実なものと見られていたようである。

 しかし、シロナガス換算(BWU)によるオリンピック方式の南氷洋捕鯨は、結果として各国間の捕鯨競争を一層過熱させ、効率の良いシロナガス鯨、ナガス鯨など大型鯨の資源に対する圧力をより高めることになった。


 昭和20年(1945)から昭和27年までの捕獲枠は16,000頭(BWU)であったが、昭和31年(1956)までに14,500頭となって捕獲枠は段階的に削減されている。南氷洋の鯨資源は毎年確実に減少を続けており、捕獲枠の大幅な削減も提案されたものの、各国の思惑が絡んで実現には至らなかった。なお、頭数と同時に操業期間も12月8日から4月7日までの5ヶ月間であったものが、開始期日が12月28日、1月2日、8日となって次第に短縮されている。

 そして日本が捕鯨世界一の座についた昭和34年(1959)には、利害の不一致からノルウェーとオランダが国際捕鯨条約から脱退、捕獲枠は各国の自主宣言によるものとなり、この無条約時代は2年間続いた。

 昭和37年(1962)、再び捕獲枠は15,000頭(BWU)に戻ったが、国別に捕獲頭数の割り当てが決められ、オリンピック方式は中止となった。翌38年は10,000頭と大幅に削減され、翌39年には8,000頭にまで減少した。この両年でそれぞれイギリス、オランダが南氷洋捕鯨を中止し、非捕鯨国となっている。


 翌40年(1965)も削減は続き、捕獲枠は遂に4,500頭(BWU)となった。しかし、蓋を開けてみればこの漁期における総捕獲頭数は4,090頭で、捕鯨国のうち日本を除くノルウェーとソ連は国別に割り当てられた頭数を捕獲し切れなかったのである。ここまで引き下げられた捕獲枠を消化できないということは、鯨資源の危機を数字が如実に表しているといえる(*2)。

 以後、昭和45年(1971)にはかつての捕鯨王国ノルウェーが南氷洋捕鯨から完全に撤退、47年(1972)には問題の多かったシロナガス換算(BWU)による捕獲枠がついに廃止され、鯨種別の捕獲枠が設定された。この間にも捕獲枠は3,500、3,200、2,700と次第に削減され、49年(1974)からは操業区域別の規制も加わって、ますます締め付けは厳しくなっている。昭和51年(1976)にはザトウ鯨とシロナガス鯨に加えてナガス鯨が禁漁となり、もはや昔日の南氷洋捕鯨とは大幅にその姿を変えてしまっていた。




-***-


*1…1930/31年漁期において、南氷洋における総捕獲頭数37,438頭、鯨油生産量3,608,348バレルの記録があり、戦前戦後を通じて史上最高記録である。大戦中2年の休漁期間を挟んでも鯨資源は回復せず、戦後もさらに資源の減少が続くことになる。


*2…当時捕獲対象となっていたナガスクジラ等の大型ヒゲ鯨に関してであり、現在捕獲対象とされている小型ヒゲ鯨のミンククジラ等に関しては別に議論する余地がある。

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