ショートストーリーですっ♡

ショート・1 猫ちゃん……

 とある休日。


 私服姿のつぐみは、未希人たちと一緒に買い物をしたショッピングモールへとやってきた。


 その足が向かう先は、ペットショップ。


 そこには、つぐみが個人的に推している子猫、通称・推し猫がいる。


 つい先週、先輩と……猫かぶりの義妹と一緒に訪れたときに出会ったのだ。


(猫ちゃん……)


 つぐみの頭の中では、あのときの子猫の鳴き声が何度もリピートされていた。


 みゃあー。みゃあー。みゃあー。


「……ふふっ」


 あのときのつぐみは、一目惚れをして一歩もそこから動かなったのだけど。


 ……“あの人”とその連れのせいで、子猫が隠れてしまった。


 あのときの怒りは、今でも忘れていない。


(猫ちゃん……)


 あの日から、偶然見つけたあの子猫のことが、どうしても忘れられずにいた。


 正直、飼いたい気持ちはあるけど。


 ペットを飼うということは、命を預かるのと同じこと。


(私には……まだ早い)


 とにかく、一瞬間ぶりの再会。果たして元気でいるのだろうか。


(……待っていて。すぐに会いに行くから……)


 店に近づくにつれて、つぐみの歩くスピードは速くなっていった――。




 夕方――。


「………………」


 家への帰り道を進むつぐみの周りには、ズーンッとした重い空気が漂っていた。それは、


「どうしてかしら……急に気分が……」

「は、腹がぁぁあああああーーーっ!!」

「どうせ私なんて……」


 すれ違う人たちにも影響を与えるほどだった。


「猫ちゃん……」


 子猫がいたはずのショーケースには、子猫の『こ』の文字もなかった。


『え……。あ、あの……』

『はい、なんでしょう?』

『ここにいた……猫ちゃ……子猫は……』


 それから話を聞くと、どうやら昨日、同じ時間に来店した家族が……


「猫ちゃん……」


 推し活……終了……。


 みゃあああー。


「はああぁぁぁぁぁ………………」


 いつ以来だろう。こんなに長いため息をこぼしたのは……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 その後。


 家に帰ってきても、部屋着に着替えても、ベッドの上で本を読んでいるときも、


(猫ちゃん……)


 子猫の、あの可愛らしい顔が頭に浮かんだ。


「はぁ……」


 今日だけで二百八十回目のため息をこぼすと、


(喉渇いた……)


 しおりを挟んだ本を置いて部屋を出ると、リビングに向かって歩き出そうとした。


 そのとき、


『――へぇ~、せんぱい、猫ちゃんを飼ったんですね』


 義妹・凛々葉りりはの部屋から声がした。


 気分がだだ下がりな状態でその明るい声を聞くのは、精神的にキツイ部分がある。


「……はぁ」




 ――…猫ちゃん?




 二百八十一回目のため息をこぼしたつぐみは、ある言葉に引っかかった。


「…………」


 バレないようにこっそり扉に耳を寄せると、中から会話が聞こえてきた。


『ああぁーっ。この前行った、あのペットショップですね』


 ……この前行った、あのペットショップ?


(それって、もしかして……)




 次の日の休み時間。


「えっと……どうしたんだ、つぐみ?」

「………………」


 つぐみは、無言で俺をじーっと見ていた。


 どうして俺たちが屋上にいるのかというと、それは、一時間前に遡る――。




 俺が学校に来ると、ズボンのポケットに入れていたスマホに通知が届いた。


 ブゥッ、ブゥッ。


「ん?」


 送り主は、つぐみだった。


『一時限目の後の休み時間。校舎裏で待っています』

『必ず来てください。でないと……』


 そこでメッセージは終わった。


 でないと……なんなんだ? というか、万が一、こっそり会っていたが凛々葉りりはちゃんにバレようものなら……


『せんぱいっ!? わたしというものがありながら、他の女の子と……』

『ち、違うだっ、凛々葉ちゃん!! 話を聞いて――』

『もう、せんぱいなんて知りませんッ!』

『凛々葉ちゃぁぁぁあああああーーーーーんッッッ!!!!!』


 ……ま、まずい。凛々葉ちゃんに見つかる前に、早く事情を聞き出さないと……。




「……猫ちゃん」




「へっ?」

「子猫……飼ったんですね」

「え?」


  あれ……? つぐみにそのこと話したっけ?


 知っているのは……あ、そっか。凛々葉ちゃんから聞いたんだな。


「そうだけど。それがどうしたんだ?」

「その子猫の写真。よかったら見せてくれませんか?」

「? 別にいいけど」


 スマホの写真アプリを開いて、つい昨日撮った写真を見せた。


 すると、


「…………っ!!」


 目を見開いたつぐみは、食い入るように写真を見ていたのだった。


「……ふふっ」




 一方その頃、“彼女”はというと、


(……ハッ! 女の気配……?)


 と心の中で呟いて、教室を見渡したのだった……。

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