第23話 せ……ん……ぱ……い……?
俺は電車から降りると、デートに選んだ場所の最寄りにある駅にやってきた。
悩みに悩んだ結果、選んだのは…………ショッピングモールだった。
王道なパターンではあるのだけど。下手にクセのあるところに行ってお互いが楽しめないよりも、いいと思ったのだ。
初めてのデートだし。他のところは、また今度……ねっ。
そう自分に言い聞かせながら、ポケットから出したスマホの画面に表示された時刻は、朝の九時半。
待ち合わせ時間の十時まで、まだ三十分もある。
遅刻しないように気をつけていたら、早く着いてしまった。
まあ、遅れて気まずい空気になるよりマシだけど。
(でも、どうしよう……。この待ち時間……)
近くのお店に入って時間を潰すか、それとも……うーん……。
そんなことを考えていたとき。徐にスマホに入っているメモアプリを開いた。
そこには、
『初デートで気をつけるべき、三つのこと!!』
その一。彼女の服装を褒めろ!
(さり気なく伝えることが重要だ。意識しすぎると、ワザとらしく聞こえちまうからなっ)
ごもっともだな……。
その二。自分勝手になるな!
(一見、こっちがリードした方がいいと思うだろうが、向こうにもペースがあることを忘れるなっ)
き、気を付けよ……っ。
その三。彼女と話すときは目を合わせろ!
(当たり前のことだが、初めてのデートだからこそ、守らないといけないことだっ)
目を合わせて話すの苦手だけど。が、頑張ろう……っ。
『この三つを覚えておけば、なんとかなる! ……と思う!』
不安だな……。
『成功を祈ってるぜっ! 相棒っ!』
……いつから、俺はお前の相棒になったんだ? まあ、勇気をもらったということにしておこう。
「先輩」
声が聞こえて振り返ると、
「あっ……」
青い空の下、眩しい日差しを浴びながら、天使が舞い降り――――
(あれ?)
こっちに向かってくる少女は、いつもの栗色の髪でもなく……可愛らしい茶目っ気たっぷりな表情でもなく……
(……んん?)
俺の目の前に立ったのは……
「つ……つぐみ?」
「…………」
名前を呼ばれたつぐみはなにも言わず、ペコリとお辞儀した。
「おはようございます、先輩」
「ど、どうして、お前がここに……?」
つぐみは、俺の言葉を聞いて不思議な顔で首を傾げた。
そして見せてくれたのは、スマホの画面に表示されたトーク画面。
そこには、俺から送られたとみられる待ち合わせの時刻と場所が書かれていた。
そういえば、デートの待ち合わせ時間を口では伝えていたけど。後から一応、メッセージでも送っておこうと思って……それで昨日の夜、寝る前に慌てて……。
「ま、まさか……っ」
「…………」
どうやら、メッセージを送る相手を間違えてしまったらしい……。
「せんぱーいっ♪」
………………あ。
(この……聞くだけで疲れを吹き飛ばしてくれる優しい声色は……)
ゆっくり振り返ると、駅の方から凛々葉ちゃんが小走りでこっちに向かってきていた。
ま、まずい……っ!!?
「せんぱーいっ♪」
体がブルブルと震え出す。
すると、こっちに近づくにつれて凛々葉ちゃんの顔が……
「せんぱーいっ♪ せんぱ……いっ……」
段々と
「………………」
凛々葉ちゃんは目の前で立ち止まると、俺とつぐみを交互に見た。
外とは思えないしーんっと空気が流れていた、次の瞬間。
「ど……」
「…………」
「ど……」
「あははは……」
「どうしてあんたがここにいるのぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーッッッ!!!!!」
……。
…………。
………………。
というのが、これまでの経緯なのだけど。
「せ……ん……ぱ……い……?」
「ひぃぃ……ッ!!?」
凛々葉ちゃん、怖いよ! 目が、目が完全にキレてるよーっ!
説明に説明を重ねても、凛々葉ちゃんの怒りは収まらなかった。
それもそうだ。待ち合わせ場所に行ったら、彼氏が元カノと一緒にいたのだから……。
「今カノとデートをするのに元カノを連れてくる男がどこにいるんですかーっ!!」
「先輩、うるさい人は放ってお店を見て回りましょう」
「つぐみ……っ!?」
どうして、火に油を注ぐようなことを……っ!
「はい〜ッ!?」
凛々葉ちゃんは間に入ると、つぐみの方に体を向けた。
こっちからは見えないけど。かなり怒っているのが背中から伝わってくる。
「せんぱいは〜……『わたし』のカ・レ・シ、だからっ!」
と言って、強引に腕を絡めてきた。
「……っ!?」
思いっ切り胸を押しつけられているから、心臓の鼓動が……。
バクッ……バクッ……。
「…………」
今カノアピールをしてくる凛々葉ちゃんに、なぜかムッとしているつぐみ。
なんだ……? この状況……。
つぐみは一度俯かせてから顔を上げると、はっきりとした口調で言った。
「一度、先輩の家に行ったことがある」
…………っ!?
「ふ、ふーん。それが?」
「…………部屋にも入った」
「!? せんぱいの……お部屋!?」
コクリと頷くつぐみ。
「ベッドの上から見える景色は最高」
「ベッド……っ!? せんぱ~い?」
「えーっと……」
「どういうことですか~?」
「そ、それは……ですね……」
どうやらこのデート……何事もなく終わりそうにないな……っ。
――彼女“だった“のだから、彼氏の部屋に行ったことがあってもおかしくないのに……。なにを焦っているんだろう……。いつものわたしらしくない……。
怒りとは別の、どこか掴みどころがない感情が渦巻いていたのだった。
「凛々葉……さん?」
「えへへっ♡」
「………………」
ショッピングモールに入ってからというもの、ずっと周りから視線を集めていた。
女子二人を横に並べて歩くその姿が、この場において明らかに浮いていたのだ。
すると、右腕に抱き着いている凛々葉ちゃんが言った。
「せんぱいっ。我が物顔でいていいんですよ? もっと自信を持ってくださいっ♡」
そう言って、さらに体を密着してきた。
「『俺の女』だって、周りの人たちに見せびらかすように……っ♥」
「……っ!!」
その艶のある声に、胸がドキッとしてしまった。
「…………」
その様子を見て、左側のつぐみがジト目で言った。
「……性格の悪さが顔からも出てる」
「今、なにか言ったぁ~?♪」
声、ルンルン。目、ギロリ。
ちょうど見えない角度で、二つの視線が交錯する。
「ふふふっ……♪」
「…………」
「あははは……はぁ……」
流れと言うべきか。なぜか、つぐみも一緒に行くことになった。
まさか、凛々葉ちゃんから提案してくるとは思わなかったけど……。
「せんぱいっ♡」
ただ単に、仲良くなるためなのか。うーん……わからないっ。
通り過ぎる人たちに見られながら進んでいると、凛々葉ちゃんが行きたいという化粧品売り場へとやってきた。
今日が休日ということもあって、お客さんの数がとても多い。
「初めて来ましたけど。いろいろな種類があっていいお店ですね」
凛々葉ちゃんは、近くにあったリップを手に取って目をキラキラと輝かせていた。
……ふっ。来た甲斐があったな。
俺は、ふと商品棚にズラリと並べられたリップの数々に目を向けた。
一体、何色あるんだ……?
……チラッ。
隣を見ると、つぐみがじっと立っていた。
気のせいかもしれないけど。凛々葉ちゃんが離れたことで、さっきより距離が近くなった気がする。
「…………」
「……せ、せっかく来たんだし、つぐみは見ていかないのか……?」
「あまり興味がないので」
「そ、そっか……」
再会してからというもの、なんとなく化粧っ気がないと思っていたけど。単純に興味がなかったんだな……。
凛々葉ちゃんみたいに、ナチュラルメイク? をしているわけでもなさそうだし。
まあ、人それぞれだから、とやかく言ったりしないように気をつけよう。
「せんぱーいっ」
呼ばれて行くと、二つのリップを見せてきた。
「どっちか選んでくださいっ♪」
「えっ、俺が選んでいいの?」
「もちろんですっ。今度の『デート』のときに使いたいので、是非お願いしますっ♪」
と言われて、彼女が両手に持つリップを交互に見比べた。
……同じピンクだ。
「今、両方とも同じ色だと思いましたか?」
「……えっ?」
また、心を読まれてしまった……っ。
「いいですか、せんぱい? リップとは、女の子を輝かせるキーアイテムなんですっ!」
「キーアイテム……?」
「はいっ! 新色ともなれば、即日完売は当たり前なんですよ?」
「そ、それはすごい……っ」
リップの世界。これは奥が深そうだ。
それから、凛々葉ちゃんの熱弁を店の真ん中で聞いていると、
「…………」
「ん?」
隣のつぐみがなにも言わずじーっとこっちを見続けていた。
な、なんだ……?
「…………」
え、えぇ……?
熱弁する今カノと無言の元カノのどちらかが落ち着くまで、この場からは動けそうになかったのだった。
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