第24話 どうですか、先輩……

 それから化粧品売り場を後にして、歩き回っていたのだけど……。


「…………」

「…………」


 二人の間でバチバチと火花が散っていた。


 犬猿の仲というわけではないと思うけど。やっぱり、今カノと元カノが会うと……こうなるんだろうな……。


 というか、前より積極的になってないか? ……つぐみ。


「せんぱ〜いっ、聞いてくださいよ〜っ」


 ――むにゅっ♡


「っ! な、なにを……?」

「わたし〜。最近、また胸が大きくなっちゃったみたいなんですっ♡」


 今、腕に押し付けられている“モノ”は、どうやらまだまだ成長しているらしい。というか、これからが本番か。


「せんぱいと付き合い始めてからなんですよ?」

「へっ?」

「……フッ」


 つぐみ?


「いっ、今……鼻で笑った?」

「別に。あなたの気のせい」

「気のせいじゃないでしょ!!」

「凛々葉ちゃん?」

「ハッ。せ、せんぱい、これは……話の流れに沿っただけで……今みたいな――」

「フッ」

「まっ、また……っ!?」


 ……二人って、もしかして仲がいいんじゃないのか?


 そう思ってしまう程の掛け合いだった。


 それにしても……胸って、そんな短期間で成長するものなのか……?


 ――チラッ。


 気になって、つい彼女の胸元を見てしまった。


 ……あ。


 そのとき、ふと思い出したことがあった。


 まだ、服装を褒めていなかったことを……。


 宏也の言葉。『その一。彼女の服装を褒めろ!』


 つぐみが来るという想定外なこともあって、すっかり忘れていた。


 ………………。


 待ち合わせをしてから時間は経ってしまったけど。褒めるなら今しかないっ。


「凛々葉ちゃん」

「せんぱい、助けてくださいっ! この、無表情で毒舌な――」

「そ、その服……よく似合ってるよっ!」

「!? い、今なんて……」


 彼女は、急にか細い声で呟いた。


 もしかして、褒められることに弱いのか……? それならっ、


「凛々葉ちゃん、とっても可愛いっ!」

「え……っ」


 褒めて、褒めて、褒めまくろう!


「白のブラウスも、淡いピンクのプリーツスカートも、白を基調としたスニーカーも、全部似合ってる!」

「ひぐ……っ」


 彼女のイメージ的に、可愛らしい服で来るのかと思っていたけど。


 ちょっぴり大人な格好に、普段とのギャップがあった。


 まあ、それはそれでいいんだけどね……。


「こんな可愛い子が彼女で、俺は誇らしいよ!」

「せ、せせ、せんぱい……っ? 急にどうしたんでふゅか……っ?」


 動揺し過ぎて、言葉の途中で嚙んでいた。


 ――ぷいっ。


 あっ。


 凛々葉ちゃんは、俺に見えないように慌てて顔を逸らした。


 あれ……? 俺の褒め方……あまりよくなかったのかな…………ハッ! もしかして、今、ぷいってしたのは……『ふんだっ! 上手な服の褒め方すら知らないなんて、もうせんぱいは彼氏じゃありませんっ!』の意思表示なんじゃ……。


 ネガティブな妄想が脳内を駆け巡り、唐突に肩がズーンっと重たくなった気がする。


 はぁ……。


 一方その頃、褒めちぎられた彼女はというと、


(せんぱいに褒められちゃった……っ♡)


 見られないようにしながら、こっそり頬を緩めた。


 じーーーーーっ。


 ん? ……ふふっ。


 ニヤァァァ〜。


「っ!!  …………」


 つぐみはなにも言わず、自分と同じようにぷいっと顔を逸らした。


 WIN!


 凛々葉は勝利した優越感に浸っていると、ある部分に目が止まった。


「ところで、さっきからずっと思ってたんだけど。……もっとマシな格好はなかったの?」


 気になったのは、つぐみの今日の格好。


 デニムのパンツに、猫の顔のマークが散りばめられたTシャツ。そして、シンプルなグレーのパーカー。


「着慣れているから、気にしてない」

「はっきり言うけど……ダサい」

「…………っ!!」


 凛々葉ちゃんの痛烈な一言につぐみは目を見開いた。


 今の格好がつぐみに合い過ぎて、全く気づかなかったけど。よく見たら、確かに……ダサい、かな。




「………………………………………………………………………………」




 どうやら、凛々葉ちゃんの一言がクリーンヒットしたらしい。


「……はぁ。しょうがないっ」

「?」

「わたしが、似合う服を選んであげる」

「……あなたが?」

「もちろん。……そんな格好で先輩の横を歩かれたくないからっ」

「っ! …………わかった」


 つぐみがコクリと頷くと、凛々葉ちゃんはこっちを向いた。


「せんぱいっ、行きましょう♪」

「う、うんっ」




 俺たちは歩きながら、近くにあった洋服店に入った。


「いらっしゃいませ~。なにかお探し――」

「あっ、大丈夫です」


 凛々葉ちゃんが即答で返すと、店員の女性は、『ご、ごゆっくり~』と言い残して去っていった。


 慣れているな……。


「一度話を始めちゃうと、こっちの時間がなくなるので」

「そ、そうなんだ……」


 それからの彼女の動きは早かった。


「これとっ、これとっ、これっ」


 流れるように次々と服やアクセサリーを手に取っていった。


 涼しそうなカットソーや、オシャレなプリーツスカートなど様々。


「「…………」」


 ポカーンっとその様子を眺めている俺とつぐみは、ただ付いて行くことしかできなかった。


 そして、店の中を一周して最初の場所に戻ってくると、


「とりあえず選んでみたから、着てみて」


 つぐみは、渡された洋服一式に目を落としてから顔を上げると、


「これを……着るの?」

「あんた以外の誰が着るの?」

「…………」

「早く着てきてっ。――――…せんぱいとデートする時間が減るでしょ?」


 と言ったときの彼女の威圧感に圧倒されたつぐみは、店の奥にあるフィッティングルームの個室へと入った。


 いや、正確には押し込まれたと言った方がいいだろう。


 カーテンを閉めて、「ふぅ……」っと息を吐く凛々葉ちゃん。


(つぐみの、あの顔……。一体なにを言ったんだ、凛々葉ちゃん……)


「…………」

「? せんぱい、どうしたんですか?」

「……い、いや、凛々葉ちゃんはいい子だなって思って」

「えっ?」

「なんとかしてあげたいって思ったんでしょ? 『しょうがない』って言っていたけど、ちゃんと服選んでいたしっ」


 そう言った途端、凛々葉ちゃんの顔がポッと赤くなった。


「み、見ていられなかったので、手を貸しただけです……っ!」


 ――ぷいっ。


 今回の“ぷいっ”は、完全に照れている証拠だな。


 まだまだ心の距離は離れているけど。思いやりのあるいい子たちだ。


 いつか、ぎこちなさがない会話ができるようになれば、いいな。


 ……。


 …………。


 ………………。


 待つこと、数分後。


 中から『着替えた』という声が聴こえたと同時に、カーテンが開けられた。


 おおぉー…………んん?


「つ、つぐみ……? その恰好は……」


 彼女が着ていたのは、フリフリまみれのピンクのワンピースだった。なぜか、手にカラフルな色のクマのぬいぐるみを持って……。


「――ぷぷっ」

「凛々葉ちゃん……」


 隣で、笑わないように必死に我慢している凛々葉ちゃん。


 まさに、“してやったり”と言ったところか。


「先輩。……どうですか」


 伏し目がちになりながら、つぐみが尋ねてきたのだけど。


 自分でも、似合っていないことがわかっているのだろう。それでも聞いてきたということは、なにかしらの言葉が欲しいのだ。


 似合っていないと本人に言えるわけがないから……ここは無難に……


「い、いいんじゃないか? こ、個性的で……っ」

「個性的……ですか……」


 あ、あれ?


「つぐみ……?」

「…………っ」


 おおぉ……っ!


 個性的。なんて素晴らしい言葉なのだろう。


「……別の服に着替えてきます」


 と言い残して、つぐみはカーテンを閉めてしまった。


 そんなに慌てて閉めなくても……。やっぱり、『個性的』って言葉は使わない方がよかったかな……。


 マスター……!! 褒め上手になりたいです……。


『ほっほっほー』


 マスター!? 今、マスターの笑い声が聴こえたような気が……。


 という茶番劇は置いといて。


「凛々葉ちゃん……。さっきの服のことなんだけど……」

「可愛かったですねっ♪ 特にあのフリフリ……っ。ぷぷっ」


 いたずらっ子な一面を見せてくれたのは、ある意味嬉しいことだけど。


「さっきの服はさすがに……つぐみのイメージとかけ離れ過ぎていなかった……?」

「大丈夫ですよ、せんぱい。今のは、余興みたいなものですから。本番はこれからですっ」

「余興? 本番って……」

「まあ〜まあ〜っ。着替え終えるまで待っていましょう♪」

「わ、わかった……っ」


 そして、さらに待つこと、数分後。


 またカーテンが開けられると、


「どうですか、先輩……」

「っ!! いい……っ」

「思っていた通り。これでよかったみたいね」


 白のトップスの上に、つなぎ風のブラウンのワンピースを重ねたコーデ。


 可愛らしさがありつつも、落ち着いた雰囲気もある。派手さはないけど、つぐみのイメージにぴったりだった。


「よ、よく似合っているんじゃないか?」

「お世辞でも……嬉しいです……」

「そんな器用なことできないからっ。あれ……本心で言ったつもりなんだけどな……」


 喜んでくれたのなら、まあいっか。


「まさか、シンプルイズベストがここまで合う人がいたなんて……っ!」


 服を選んだ本人が一番驚いていた。


 ということは、予想以上だったということか。




 その後。


 試着を繰り返し、最終的に二着目に着た白のトップスとブラウンのワンピースを購入したのだった。

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