第22話 これなら、せんぱいも……ふふふっ♥

 次の日。


 朝のホームルームが始まる十分前。


「うーん……」


 学校に来て自分の席に座ってからというもの、スマホとのにらめっこが続いていた。


『デートにおすすめのスポット20選』


 吸い寄せられるようにタップした、スマホに映し出されたそのタイトル。


 こっちが誘った手前、どこに行くのか決めるのもこっちだと思い、いい場所を探していたのだけど……。


 決まらない……全然決まらないっ! 決まる気がしないっ!


 ここだっ! という場所がなかなか見つからない……。


 前に誘ったときは、目的地が『ヒマワリ』って決まっていたし……。


 優柔不断なこの性格が邪魔をしていたのだった。


「うーん……」


 ずっと画面とにらめっこしていてもしょうがない。


 とりあえず、逆にここは『行かない』って場所を除外して――


『ここで、マスターの格言のコーナー♪』

『デートに、不正解はあっても正解はない。相手の気持ちをきちんと考えて決めよう!』

『これで今日から、君も恋愛マスターだっ!』


 以上、マスターの格言のコーナーでした。


 ……という、茶番は置いといて、


(どこにしようかな……)


 いきなり遠出となると、行ったことがない場所はリスクが伴う。


 万が一、盛り上がらなかったときのことを考えたら……。


『先輩……』

『ああぁ……あはははは……』


 ……ここはベターに遊園地とか水族館か? 凛々葉りりはちゃんが動物好きなら、動物園もありだな。


 女の子が喜ぶ、デートスポット……。


「うぃーす……」


 すると、今日も眠そうな声を漏らしながら、宏也ひろやが教室に入ってきた。


「……ん? そんな眉間にシワ寄せて、どしたー?」

「ちょ、ちょっとな……」

「?」


 宏也は机の上にカバンを置くと、


「なになにー? 『デートにおすすめのスポット20選』……?」


 スマホをガッツリ覗き込んできた。


「あっ、勝手に見るなよ!」

「ふふ~ん。あの未希人くんが、デートに行く場所で悩む日が来るなんてな~っ」

「だから……その『くん』は止めろ。お前が言うと、無性に腹が立つ」

「腹が立つって言われたぁ~! ええ~ん、ええ~ん」

「……左フックで気絶させてやろうか?」

「そのファイティングポーズ……お前がやると、迫力がないな」

「わかっていることをわざわざ言わんでいい!」


 なんだか、朝から余計に疲れてしまった……。


 それからしつこく聞いてくるこいつに、渋々、事情を説明した。


「要するに、デートに行く場所を決め切れないんだな?」

「あぁ……。ピンッとくる場所が見つからなくてさ……」

「なるほど、なるほど」


 宏也ひろやは顎に手を当てて、二度頷いた。


 なんだろう……。その仕草を見ていると、無性に腹が立ってきた。


「はぁ。こうなったら、二人で話し合って決めようかなー……」

「それもいいけどよ。今回の場合なら、お前が決めた方がいいぜ」

「え?」

「いいか? 誘ったのはお前の方からなんだろ? だったら、まずはお前が先に言え」

「そうしたいんだけど、場所が決まらない以上……」

「だったら。例えば、『○○に行きたいんだけど、どうかな?』って感じで、いくつかピックアップした候補を彼女に伝えろ」

「うんうん」

「その後は、向こうの反応を待つ」

「おぉ……っ」

「向こうがいいと言うならそこでもいいし、無理に候補を一つに絞る必要はない。お互いが行きたいと思ったところに行くんだ」


 なんだか、説得力があるぞ!?


 ……それもそうか。だって、凛々葉ちゃんに告白するときに協力してくれたんだし。


「いいな、覚えとけよ?」

「い、イエッサー!」


 こういうときに限って饒舌じょうぜつになるよな、この男。


 まあ、普段はあまり頼りにならないけど。


 こういう恋愛系の話になると、どこか心強い。




「「「フフフッ……」」」


 彼女たちは不敵な笑みを浮かべながら、二人を眺めて(観察して)いた。


「デートの予定を立てている」

「ということは、つまり、二人は」

「お互いの愛を高め合いに行くのね」


 ………………。


「「「ついに、そこまで進んだのね……フフフッ」」」


 彼女たちの妄想は終わらない――。




 そして…―――――デート当日を迎えた。


「ふんふんふ~んっ♪」


 頭を揺らしながら奏でられる鼻歌が、彼女の今の心情を表している。


(デート♪ デート♪ 今日はせんぱいとデート♡)


 ローテーブルの上に置いた鏡に映る自分は、これでもかと言わんばかりに笑顔だった。


 せんぱいに誘われてからずっと、今日という日を楽しみしていたのだ。


 いつの間にか、カレンダーを毎日眺めることが日課になっていた。


「えへへっ♡」


 ピンクに近い赤のリップを唇に塗ると、


 ――ちゅぱっ。


「ふふっ……♡」


 このリップは、気合いを入れたい日しか使わない、一番のお気に入り。


 お店で一目惚れして買ってしまった。少し高いけど、その分、大切に使っている。


「これなら、せんぱいも……ふふふっ♥」


 鏡に映る自分を見つめながら、戦闘準備を終えた少女の不適な笑い声が部屋中に流れていたのだった――。




「ど……」


「…………」


「ど……」


「あははは……」




「どうしてあんたがここにいるのぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーッッッ!!!???」




 駅前に、彼女の声が響き渡った――。


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