第20話 えっ……?

(ヤバい、ヤバい、ヤバい……ッ!!!!!)


 俺は、傍から見たら早歩き、でも気持ちは猛ダッシュでトイレに向かっていた。


 ――授業が始まるまで、残り三分。


 遅刻覚悟でトイレに飛び込むと、慌てて個室に入った。


(ふぅ。セーフ……危なかったー……)


 達成感を味わうと同時に、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。


 まさか、急にお腹が痛くなるなんて……授業が始まる前でよかった……。


 途中で行くのは、ちょっと恥ずかしいし。


 ――授業が始まるまで、残り二分三十秒。


(……それにしても……急に凛々葉ちゃんが座って来たのにはびっくりしたなー……)


 お願いがあれなら、いつでもこっちはOKなのに……っ。


『んん~っ……♡』


 キスの方は……今度リベンジだな……。はぁ……。


 と、心の中でため息をこぼしていると、


「なあ、知ってるか?」

「なにを?」


 二人の男子生徒の声が聞こえた。


 あ。


 自分の世界に浸っている間に、ここがトイレだということをすっかり忘れていた。


 ――授業が始まるまで、残り一分四十秒。


 早く済ませて教室に戻らないと…――




くりざわ凛々葉りりはってさー」




 ……ん? 凛々葉ちゃん?


 トイレットペーパーを手に持ったまま、聞き耳を立てた。


 凛々葉ちゃんが、なんだ……?




「中学のときに、いろんな男に貢がせていたらしいぞw」




(えっ……?)


 今、なんて……。


「マジで?」

「マジマジ。中学が同じだったっていう子が言っていたから、間違いねぇ」

「うわぁ……。あれだな、魔性の女ってやつか」

「ああぁ。だから、女子たちからはすげぇ嫌われているって話だ」


 ……へっ?


「まあ、あれだけモテるんなら、男に困ることはないだろうしなー」


 なんだよ、それ……。


 その後も、耳を塞ぎたくなる話を、二人は続けた――。


 ……。


 …………。


 ………………。


 二人がトイレを出るのを確認してから、俺は個室を出た。


(凛々葉ちゃんに限って、そんなこと……)


 ……さっきの会話が頭から離れない。


 本当なのか、それともウソなのか……。


 俺には、わからない。


 でも、今はそんなことよりも……


(どうして、俺は……)




 彼女がそんな子じゃないって……言わなかったんだ……ッ!




 こういうときの、おくびょうな自分自身が嫌いだ……大嫌いだ……っ。


 ――授業が始まるまで、残り三……二……一……


 キーンコーンカーンコーン。


 授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いたが、


「………………………………………………………………」




 遅刻のことなど、とっくに忘れていたのだった――。






~~~~~第三章へと続く~~~~~

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