第19話 じゃあ……失礼しますっ♡

 次の日の昼休み。


 今日も屋上で彼女の手作りのお弁当を囲んで、のんびりとした時間を過ごすはずだったのだけど……。


「えーっと……凛々葉りりはちゃん?」

「なんですかー?」


 と言ってそっぽを向くと、見た目が可愛らしいタコさんウインナーを口に運んだ。


 あ、あれ~……? おっかしいぞ〜……?


「凛々葉……さん?」


 もぐもぐ……っ。


「そ、そのタコさんウインナー、よくできてるね……っ」

「……せんぱいのお弁当にも入ってます」


 もぐもぐ……っ。


「ああぁ……そ、そうだね……」


 別の切り口から攻めようとしたけど。呆気なく失敗に終わった。


 さて……どうしたものか……。


 昨日、許してもらったはずなんだけどな……。


 もしかして、俺の勘違いだったのかな?


「……まだ、昨日のこと怒ってます……?」

「……怒っているように見えますか?」

「見えます。……あ」

「せんぱいがそう思うのなら、そうかもしれませんね」


 ぱくっ。もぐもぐ……っ。


 し……しまったぁぁぁぁああああああーっ!!!!!


 つい本音がポロリと……っ。


「えーっと……」

「ふんっ」


 また顔を逸らした凛々葉ちゃんは、次に手作りのハムと玉子のホットドッグに手を伸ばした。


 それにしても、おおぉ……っ。


 口いっぱいに頬張っているところが、リスみたいでとても可愛い。


 まさに、『癒し』と言っていい光景…――


「……今、わたしのこと『リス』みたいで可愛いって思いました?」

「えっ……!?」


 心を読まれた……?


 で、でも、“とても”を付けていなかったから、ギリギリセーフということで……。


 すると、徐にこっちをじっと見てきた。


「な、なに?」


 じーーーーーっ。


「せんぱいって……実はロリコンだったりしますか?」

「……はい?」


 なにを言われるかと思ったら……ロリコン?


 なにがどうなって、『ロリコン』って言葉に行き着くんだ?


「昨日の夜。先輩と電話をしていたときに、妹さんが入ってきましたよね?」

「そうだけど。それが?」

「あのとき。せんぱい……妹さんとイチャイチャしていたから、てっきり、そうなのかなと」


 ………………。


「へっ?」


 あれ? 怒っていたのって、俺がつぐみと会っていたからなんじゃ……。


「…………っ」


 もしかして、未奈と話していたから、なのか?


 だから、『ロリコン』って言ったのか……って、俺は決してロリコンじゃない!


 それだけは、わかっておいてもらわねば……。


「凛々葉ちゃん、俺は別にロリコンでは……」

「でも、仲がいいように見えましたよ?」

「それは、兄妹きょうだいだから至って普通のこと…――」

「むぅぅぅ~~~っ」

「ええぇ……」


 どうして、そんなに怒っているんですかね?


 頬をぷくーっと膨らませちゃって……。


 女心は難しい……。まるで、ヒントなしの難解パズルを解いているような気分だ。


「だって――…あの子、せんぱいのこと…――」

「え、なにか言った?」

「いいえ! なんでもありませんっ!」


 そう言って、また顔を逸らされてしまった。


 うーん……。


 それからというもの、


「………………」

「………………」


 お互いに無言の時間が続いた。


 すると、さすがに会話がないことに耐えられなくなったのか、ふと口を開けた。


「せ、せんぱいが……わたしのお願いを聞いてくれたら、許してあげます……っ」


 な、なんですと……っ!?


「いいよ、言って! なんでもするから!!」

「ふふっ。今、『なんでも』って言いましたね?」

「う、うん……」


 俺が頷くと、凛々葉ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。


 まるで、それを狙っていたかのように……。




「じゃあ……失礼しますっ♡」




「へっ?」

「よいしょっと……っ♡」


 凛々葉ちゃんはベンチから立ち上がると、徐に俺の膝の上に座った。


「り、凛々葉ちゃん……!?」


 膝越しに伝わってくる彼女の柔らかな感触と温もりに、思わずドキッとしてしまう。


「えへへへ……っ。せんぱいっ、顔が赤くなってますよ……っ?」

「!? そっ、そんなことは……」

「ふふっ。わたし、温かいですか?」

「…………」


 俺はコクリと頷くだけで精一杯だった。


 髪からオレンジのいい香りがする……。シャンプーにもいろいろな種類があるんだな……。


 ついぼーっとしながら香りを満喫していると、


「せんぱいって、髪フェチですか?♪」

「フェチってわけじゃないけど……なんというか、落ち着くんだ……っ」

「なるほどっ。せんぱいは、胸フェチと髪フェチなんですね」


 胸……。


「まあ、そうなるかなー……。他にあるかと言われたら、わからないし……」

「フェチは人それぞれですからねー。お尻とか、太ももとか、あとは…………脇とか?♪」

「脇か……」


 もし、そっちに目覚めちゃったら、戻って来られなくなりそうだな……。


「……せんぱい」


 凛々葉ちゃんは徐に目を閉じると、




「んん~っ……♡」




 薄ピンクの唇をこっちに向けた。


「…………っ!!」


 こ、これは、キスで決まりだよな? キス以外の何者でもないよな?


 急なことに頭が追い付かず、自分に問いかけていると、


「彼女が求めているときは、意外と焦らすタイプなんですね……」

「え?」

「羊の皮を被った狼とはよく言ったものです……っ」


 そう言って、凛々葉ちゃんは目を瞑ったまま、「うんうん」と頷いた。


 すると、


 キーンコーンカーンコーン。


 昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「鳴っちゃったみたいですね」


 凛々葉ちゃんはスッと立ち上がると、「ふふっ」と微笑んだ。


「せんぱいっ。そろそろ戻りましょう♪」

「あっ、ああぁ……」


 差し伸べてきた手を取り、ベンチから立ち上がった。


 ……すぐそこにあったのに、手を出さなかった。


(はぁ……)


 その後。ちょっぴり損した気分で教室に戻ったのだった……。

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