第二章ですっ♡

第12話 ――付き合ってた

 静まり返った彼女の部屋は、今、言葉にできない空気に包まれていた。


「………………」


 つぐみはなにも言わないまま、ただじっと俺を見つめている。


 ……わからない。どうして、


「ど……どうして、お前がここに……」


 そう言ってベッドから立ち上がると、


「先輩」


 つぐみは、小さな声で呟いた。




「……服を、着てください」




「え? ……あ」


 パオ~~~ン。


「っ!! わ、悪い……っ」


 慌てて起き上がったこともあって、彼女に裸がまる見えだったのだ。


「…………」


 つぐみは一瞬顔をポッと赤くすると、瞳をベッドにいる凛々葉ちゃんの方へと向けた。


「……なにをしていたの」

「…………っ」


 鋭い視線を受け、凛々葉ちゃんは言葉が出てこないようだった。


 すると、


「つぐみ〜、どうかしたの〜?」


 つぐみの後ろに、聞き慣れた声と人影が……ま、まさか……。


「あら、未希人くんじゃないっ」

「り、梨恵りえさん……!?」


 やっぱり……。


「ど、どうも……お邪魔しています……ん?」


 梨恵さんの目は、俺の顔から下へ、そして顔に戻った。


「未希人くん……風邪引くよ?」


「……あ」


 パオ~~~~~ン。


 無意識に広げてしまった手で慌てて隠したのだが、これっぽっちも間に合っていなかった。


 目を丸くする梨恵さんは、俺だけでなく凛々葉ちゃんも裸だったから、これまたびっくりした顔で俺たちを交互に見たのだった。


 お、終わった………………。


「り……凛々葉ちゃん、帰ってたんだね……っ。お、お帰りなさい……」

「…………っ」


 毛布で胸元を隠しながら起き上がった凛々葉ちゃんは、軽く頷くだけで返事はしなかった。


………………うん?




 その後。


 つぐみに睨まれ(監視され)ながら、服を着た俺たちは、リビングへとやってきた。


 いや。正確には、連れて来られたと言った方がいいだろう。




 じーーーーーーーーーーっ。




「「………………」」


 俺と凛々葉ちゃんは額からダラダラと汗を流しながら、じっとイスに座っていた。


 ちなみにテーブルの上には、数時間前に家で食べたおまんじゅうが置かれている。


 また食べられるから嬉しい反面、それを素直に喜べない状況がここにあった。


(……まさか、凛々葉ちゃんとつぐみが……“家族”だったなんて……。俺、聞いてないんだが……? というか、いつの間に梨恵さん再婚してたんだ? そんな話、前会ったときには言っていなかったぞ?)


 当の本人である梨恵さんは、キッチンでお茶の用意をしている。


 それにしても、二人に……完全に見られてしまった。


 パオ~~~~~~~ン。


 恥ずかしいにも程があるだろ……。


(はあああぁぁぁぁぁ……)


 と心の中で深いため息を漏らす横では、二人が……無言のまま睨み合っていた。というより、視線をぶつけ合っていた。


 正直……こっ、怖い……っ。


 それはまさに、男の入る余地がない空間だった。


 修羅場過ぎて、失神してしまいそうだ……っ。ここからは、一言一句に気をつけないと……。


「……まさか、せんぱいのお知り合いが二人だったなんて、わたしでも予想していませんでした」

「あははは……」


 予想してなかったという点では、こっちも同じくらいびっくりしているんだけどね。


 すると、凛々葉ちゃんが顔をグイッと近づけてきた。


「な、なに?」

「……二人は、一体どういう関係なんですか?」

「え? どういうって……」


 ここで本当のことを言うのは……いろいろな意味でまずい……。


「ま、前にも話したけど。小さい頃から仲が良かっただけだよ……?」

「わたしに、なにか隠してますよね?」

「うっ……」


 どうして隠していることが確定なんだ?




「――付き合ってた」




「え」


 凛々葉ちゃんは顔を前に戻すと、つぐみの視線と交錯した。


「今……なんて言ったの?」


 こ、これは……




「中学のとき、付き合ってた。私と……高谷たかや先輩」




 …――――――――――――――――――――――――――――――。




「はっ……はいぃぃぃぃいーッ!? 付き合ってた……!?」


 珍しく声を荒げると、凛々葉ちゃんは驚いた顔でこっちを見た。


「どういうことなんですか……っ!?」

「えーっと……あははは……」

「笑い事じゃありませんっ!!」

「ご、ごめんなさい……」


 さっきから笑ってばかりだな……俺。


 すると、キッチンでお茶を入れた梨恵さんが戻ってきた。


「はいっ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「凛々葉ちゃんも……」

「……どうも」


 そう呟いて、お茶の入った湯吞みを受け取った。


 今の会話……どこか距離を感じる。


「未希人くん」

「は、はいっ」

「未希人くんって凛々葉ちゃんと、その……深い仲……だったの?」

「!! えっと……友達というか……なんというか……」


 さっきのあの光景を見られてしまったのだから、ここで言い訳を並べても意味がない。


 さて、どうしようか……。


 返答できずにいる俺の横で、凛々葉ちゃんは徐に俺の腕に抱き着くと、


「付き合ってるんです」

「え?」


 はっきりとした口調で…………言った。




「わたし、未希人みきとせんぱいと付き合ってるんですっ!」




 ………………。


「付き合ってる? え。二人は付き合っているの……?」


 凛々葉ちゃんの言葉を聞いて、梨恵さんは目を見開いていた。


「それは、現在進行形という意味で?」

「まあ、そういうことに……なります……」


 なんだか、き、気まずい……。


「へ、へぇー……そうだったのね……っ」

「……梨恵さん?」

「まぁ……そうね……うん……」


 そう言って、チラッとつぐみの方を見た。


「………………」


 つぐみはその視線に反応することなく、凛々葉ちゃんをじっと見ていた。


 凛々葉ちゃんと仲が悪いのか? ……悪いな、これは。


 ――ツンツン。


(ん? なんだ?)


 ――サスッサスッ……。


(? 膝になにかが……)


 なにかが突いてきたと思ったら、急に擦ってきた……?


 今の感触は間違いなく、つま先だ。それに、当ててくる角度的に、目の前の席の梨恵さんではないのは確かだ。


 ということは、


(つぐみしかいない……っ!!)


 凛々葉ちゃんに顔を向けながら、彼女は時折こっちを見ていた。


 つぐみは、あまり感情を表に出さない。どちらかと言うと、クールな女の子だ。


 だけど一緒にいると、彼女がなにを言いたいのか、少しずつだけどわかるようになる。


 別れたとはいえ、つぐみが今なにを言いたいのかは、ある程度わかるはずなのに……わからない。


 いや。正確には、わからなく“なった”だっ。


 時間が空いてしまったことで……こんなにも……。


 ちょっぴりショックを受けつつも、話題を逸らすために梨恵さんに話を聞いた。


 どうやら、再婚したのは年が明けてから少し経った頃らしい。


 出会いは去年の秋頃。お互いのことを知っていくうちに、自然とお付き合いを始めたとのことだ。


 梨恵さんの前の旦那さんは、つぐみが小さい頃に病気で亡くなっている。だから、梨恵さんは一人でつぐみを育てていた。


 普段はとても明るい人だが、心の内は誰にもわからない。梨恵さんなりの苦労があったのは間違いない。


「せんぱい、なにか考え事ですか?」

「いや……」


 凛々葉ちゃんの家庭事情は……聞いていないからわからないが、


『り……凛々葉ちゃん、帰ってたんだね……っ。お、お帰りなさい……』

『…………っ』


 さっきの彼女の顔を見れば、まだ受け入れられていないということだけはわかる。


 突然、「新しい母親ができました」と言われて、それを受け入れているのなら、あんな気まずい空気にはならないはずだ。


 どうやら、完全に心を開いているというわけではないらしい。


「………………」

「………………」


 それよりも、今は……この修羅場をなんとかしないと……。


 はぁ……。


 ちなみに、このハラハラする状況は、帰る直前まで続いたのだった……。

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