第13話 ……先輩、さようなら

 その日の夜。


「はあああぁぁぁぁぁ……」


 電気の消えた自室の天井をぼーっと見つめていると、口から自ずと長いため息がこぼれた。


 ……なかなか、眠れないな。


 さっきから何度も目を瞑っては開けて、を繰り替えてしていた。


 カッ……コッ……カッ……コッ……。


 ふと寝返りをして壁にある時計を見ると、


「もうすぐ一時か……」


 いつもなら、これからゲーム本番なのだけど。


 今日はいろいろな意味で疲れたなぁ……。


 結局、帰ってきてからあの光景を思い出して…………三回もしてしまった。


 これが若さか……。


 どうやら(仮)とはいえ、いつもと景色が違って見えるのは確かなようだ。


 カッ……コッ……カッ……コッ……。


 それから特になにもせずぼーっとしていると、いつの間にか時計の針の音に耳を傾けていた。


(それにしても……手取り足取り教えてもらっちゃったな……っ)


 改めて考えてみても、やっぱりああいうときは、素直になった方がいい。変に見栄を張る方がダサいからな……。


 これで晴れて、俺も……あっ、そういえば、


『抱いた子を気持ち良くさせて初めて、卒業なんですよ?』


 ……って言っていたっけ……。


『なので、これから一緒にお勉強していきましょうね♡ …………いつか、わたしを満足させられるように……♥』


 あははは……はぁ……。


 次は、口から気の抜けた声がこぼれた。


「……まさか、元カノと再会した日に……っ」


 現実に起こるとは、普通、誰も思わないだろう。


 誰が予想できるだろうか。というか、予想できるわけがない。


 どんな確率だよ……。ああいうことを、“奇跡”って言うんだろうな……。


「凛々葉ちゃんとつぐみが……義理の姉妹……」


 沖原おきはらつぐみ。


 いや、今はくりざわつぐみ、か。


 つぐみとは、正確には中二の夏から中三の夏までの約一年、付き合っていた。


「………………」


 あれは……夏の足音が聞こえ始めた、ある日のこと――。




 何気なく入った図書室。


 テーブルの端の席で、黙々と本を読んでいる彼女を見つけた。


 それは、よくある光景のはずなのだけど。


 心地いい風に揺れるカーテンをバックに、長い黒髪を耳にかけた彼女を見て……


(綺麗……っ)


 時間も忘れて見惚れていた。


(……あれ?)


 俺は、大人な雰囲気を醸し出している彼女の顔に、見覚えがあった。


 でも、どこで…… 


(……あっ、思い出した)


 見覚えのある面影と、彼女の特徴と言える、ツヤのある綺麗な黒髪。


 ……間違いない。


(つぐみ……)


 母親の親友の娘で、小さい頃からよく一緒に遊んでいた、一つ年下の女の子。


 どうして、すぐにその子だと気づかなかったのか。それは、ちょっと見ない間に、雰囲気が大きく変わっていたからだ。


 それもそのはず。相手の家に遊びに行くときしか会っていなかったし。そもそも、車が必要なほど家同士が離れているから。


『………………………………』


 すると、周りの学生が時折、彼女の方にチラチラと目を向けていた。


 俺同様、見惚れているのかもしれない。


 俺は彼女が年下だということを知っていたけど。周りの子たちは、まさか彼女が年下だなんて思わないだろう。だって、俺自身、最初見たときはついそれを忘れていたのだから。


『…………』


 そのとき、こっちの視線に気づいて顔を上げた彼女と目が合った。


 俺がワザとらしく、『よ、よぉ……』と言うと、彼女は顔を真っ赤にして本に目を落とした。


 大人びていると言っても、つぐみもまだ……年頃の女の子なんだな。


 そう思ったときには、もう……あれだ。




 ――――恋……しちゃったんだな。




 思春期の男子は、異性の魅力に引かれやすいと俺は思う。


 それからというと、たまたま読もうとした本が一緒だったということで、気づいたら休み時間のたびにお喋りするようになっていた。


 図書室に入り浸るようになったのは、この頃からだ。


(昼休みと放課後は、必ず行ってたっけ……)


 今でも思い出す。


 廊下を進みながら、今日はなにを話そうかと必死に考えていた、あの日々を……。


『この本……お勧めです……』

『そ、そうなのかっ! じゃあ読んでみようかなーっ』


 という、なんとも初々しい会話を何度も繰り返していた。


 なによりびっくりしたのが、昔からあまり感情を表に出さないつぐみが、とても楽しそうにしていたことだ。




 ――――――――――――――――。




 そして、迎えた告白の日。


 あれは……高谷たかや未希人みきと史上、最大の黒歴史と言っていいだろう。


 自分で言うのもなんだが、しない方がマシだった。


 それほど、酷いものだった。


 思い出すだけで……体のあらゆるところから汗が出てくる……。


(忘れよう……忘れよう……)


 カッ……コッ……カッ……コッ……。


 ……初めての彼女だったから、一緒にいるだけでなんでも新鮮に見えたんだよな……。


 付き合っていることは周りに隠していたけど。やっぱり、クラスメイトに自慢したくなるときはあった。


(まぁ、言わなかったけど……)


 それだけが、唯一自慢できるポイントだったりする。


 凛々葉ちゃんとの今の状況と似ていて、学校の中ではあまり会わないようにして、外で会っていた。


 イケないことをしているようで、あれはあれで楽しかったのかもしれない。


「ほんと……いろいろなことがあったな…――」




『……先輩、さようなら』




 楽しいことばかりじゃなかったな…――あの一件が起きるまでは……。


「………………」


 別れてからは学年が違うこともあって、会う機会がほとんどなくなってしまった。


 唯一、会えるチャンスがあるのが図書室なのだけど。


 彼女は“あの一件”以来、姿を見せなくなったのだった――。




「はぁ……」


 また、ため息がこぼれた。


 どうしてこんなにも、鮮明に思い出せるのだろう。




 俺の初恋は、もう終わっているというのに……。


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