第6話 あの子は……確か……

 ああぁ……腹減った……。


 昼にちゃんとごはんを食べたというのに、家に帰っている途中でお腹が空くのはどうしてなのだろう。


 うーん……さっぱりわからん。


 空腹で頭が回っていない証拠だな、これは。


 そんなことを考えながら家に着くと、ズボンのポケットから出した鍵で玄関の扉を開けた。


「ただいまー」

「ふっふっふー。おかえり、お兄ちゃんっ!」

「ん?」


  玄関に入ると、仁王立ちの未奈みながニヤニヤしながら待ち構えていた。


「なにしてんだ、お前?」

「お兄ちゃ〜んっ、見てたよ~っ」

「見てたって、なにを?」

「もぉ~、誤魔化さなくてもいいのに~♪」


 と言って、未奈は「この、この♪」と肘で俺のみぞおちを突いてきた。


 なにがなんだかさっぱりわからない。というか、


「痛いから止めろ」

「えへへっ♪」

「…………」


 とりあえず、ここは妹の言葉を借りて言わせてもらおう。


 ウザい……っと。


「妹よ、ウ――」

「まさかお兄ちゃんの彼女が、あんなに顔が小さくて可愛い人だったなんて思ってもなかったよーっ!」

「……んん?」


 待てよ? 今、未奈はなんと言った? 確か……お兄ちゃんの彼女が…――


「も、もしかして……見てたのか?」

「だから言ったじゃんっ。見てたって♪」

「…………」

「いやぁ~、お兄ちゃんもやるときはやるねぇ~」


 ……みっ、見られていたのか!? なにも視線は感じなかったぞ……っ!?


「まあ、私はとっくに気づいてたけどねぇ~」

「……はい?」

「お兄ちゃん、わかりやす過ぎるんだよーっ。この前の夕飯ゆうはんのときの反応を見たら、誰だって『ああ、そういうことね』って思うよ」

「………………」


 ここで彼女がいることを認めたら、飽きるまで追及が続くのは目に見えている。


 また、はぐらかすか……? いや、ここで変に言葉を重ねる方がまずいか……。


 未奈に絡まれる凛々葉りりはちゃんの姿を想像すると……


『お兄ちゃんの彼女さんですよねっ!?』

『そ、そうだけど……』

『単刀直入にお尋ねします! お兄ちゃんのどんなところを見て好きになったんですか!? ザ・普通のお兄ちゃんですよ? 彼女さんみたいな美人さんが、平均・平凡・平和なお兄ちゃんの一体どこに惹かれたんですか!? 是非っ、教えてください!』

『えーっと……せっ、せんぱい……っ』


 うん。これはまずいな。


「この通りっ、証拠写真もバッチリ…――」

「消そう……なっ?」

「!? う、ううぅ……っ」


 顔は笑っているが、目が笑っていない。小さい頃から、この状態の未希人みきとに、未奈は敵わないのである。


「じゃあ……写真消すから、一つだけ教えてっ! あの人って、お兄ちゃんの彼女さんなの? どっちから告白したの?」

「……今、質問が二つあったぞ?」

「いいじゃん!! お願いっ!」


 顔の前で手を合わせて言われても……はぁ、しょうがないな。


「……正真正銘しょうしんしょうめい、本物の彼女だよ。それと……告白したのは、俺の方からだ……っ」

「え」

「なんだよ、その『え』って。お前が聞いてきたんだろ?」

「へ、へぇ……。あのお兄ちゃんがねぇ……」

「『あの』ってなんだよ。俺だって決めるときは決めるぞ?」

「あははは……そうだね~……」


 未奈はぎこちない動きで顔を横に向けたのだが、口元が微妙に震えていた。


 そんなに信じられないのか? ――――…俺が彼女に“告白”したことが。


「とにかく、喋ったんだから早く写真それを消してくれ」

「言われなくても、わ、わかってるよ……っ!!」


 それから、写真がきちんと削除されるのを確認すると、俺は自室へと戻った。


「はぁー……」


 カバンを床に放り投げてベッドに寝転がると、ため息がこぼれた。


 やれやれ……妹の好奇心に付き合うのも楽じゃないぜ……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 その後。部屋着に着替えてリビングの扉の前まで来ると、


「私たちに黙ってたんだよ!? それも、お兄ちゃんから告ったんだってーっ!」

「そうなの? あらあら……っ♪」


 リビングから二人の盛り上がった声が聞こえてきた。


「……?」


 気になって中に入ると、


「可愛らしいお嬢さんねぇ~っ♪」

「でしょ〜? お兄ちゃんには勿体ないよねーっ」


 と、スマホの画面を見つめながら話し合っていた。


 お嬢さん……お兄ちゃん……告白……ハッ!


「…………未奈~?」

「――っ!!? ヤバっ!」


 未奈は慌てて母さんの後ろに隠れた。


「お前……まさか……っ」

「未希人から告白したって、本当なの……?♪」

「っ……あ、ああ」


 俺が渋々頷くと、母さんはびっくりした顔を近づけてきた。


「どんな子なのか、もっと詳しく教えて♪ お母さん、気になる~っ」

「本人の許可もないのに教えることはできませんーっ!!」

「えぇー。ケチ~っ」


 お前が言うなっ!


「ケチでも結構だ。それより、どうして、さっき消したはずの写真をまだ持っているんだ?」

「それはね……お兄ちゃん。消した写真は……三十日以内なら復元できるからだよ……ッ!!!」


 と言った瞬間、サイドテールの髪を揺らしながら、風のごとくリビングを出て行った。


「…………っ!?」


 追いかけようとした頃には、廊下の方から扉の閉まる音がした。


(やっ、やられた……っ)


 忘れていた……あいつの逃げ足は、家族の中で一番速かったことを……。


「未希人にも、ついに春がきたのね~っ♪ 今日の夕食は豪華にしなきゃ♪」


 隣でなにを言うかと思ったら……はぁ。




 春なんて、とっくに迎えて…――




「ふふっ。ねぇ~、未希人♪ 今日じゃなくていいから、今度お母さんに紹介――」


 じーーーーーっ。


「あははは……ふゅ~、ふゅっ、ふゅ~」

「…………」


 母さんは、ワザとらしい口笛を奏でながら、キッチンへと向かった。


(……そこまで息子の彼女に興味があるのか?)


 今まで、そういった話題がなかったからなのかもしれないけど。


 まぁ、いつかは……家に招待しよう。


 そう遠くない未来に想いを馳せる、未希人であった――。




(あの子は……確か……)

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