第3話 召しあがれ……っ♡

 その日の夜。


(そろそろだな……っ)


 ベッドに入ってスマホの画面を見つめていると、


 ブゥウウウーッ。ブゥウウウーッ。


 キ……キターーーーーッ!!!!!


 心の中で今年一番の雄叫びを上げながら、恐る恐る画面を見ると、そこには『凛々葉ちゃん』の文字があった。


「…………っ」


 なぜ、彼女から電話がかかってきたのかと言うと、自販機の前でバッタリ会ったときに、夜に電話でお話がしたいと言われたからだ。


 学校で一緒にいるところを誰かに見られるわけにはいかないし。


 誰がどこで見ているかわからない以上、外で会うことも難しい。


 そういった諸々の状況を踏まえて、考えてくれたのだろう。


 ブゥウウウーッ。ブゥウウウーッ。


 おっと、いけない。


「…………よしっ」


 一度、胸の鼓動を落ち着かせてから、ゆっくりと通話をオンにした。


「も……もしもし……っ」

『あっ、せんぱ〜いっ♪』


 電話越しに聞こえる彼女の声に、早速、魅了される自分がここにいた。


 睡眠用のBGMにしたい。


『せんぱいっ? おーいっ、あれ? わたしの声、聞こえてますかー?』

「!! きっ、聞こえてるよ……っ!」


 すると、電話の奥から『ふふっ』と笑う声がした。


『そんなに焦らなくても大丈夫ですよっ。せんぱいが寝落ちするまで付き合いますから♡』

「……っ!!」

『あっ。もし、わたしが先に寝落ちしちゃったら……恥ずかしいので切ってくださいねっ?』


 ん? ああぁ、イビキを聞かれて欲しくないからか。


『せんぱい?』

「!? わ、わかったよ……っ!!」

『ふふっ。せんぱいって、もしかして夜になると元気になるタイプですか?』

「え? まぁ、そう言われたら、そうかも……?」


 ベッドに横になってゲームをしていたら、いつの間にか朝になっていたこともあったし。


『お~いっ、せんぱーいっ?』

「あ、なに?」

『わたしたちってまだ付き合い始めたばかりで、まだお互いのことよく知らないと思うんですよ』

「た、確かに」

『そこでですね。これからせんぱいにいくつか質問するので、いろいろ教えてほしいんですっ♪』

「質問?」

『はいっ♪ じゃあ最初は~っ。せんぱい、好きな食べ物はなんですか?』

「好きな食べ物? えーっと…――」

『――ちなみに、わたしの大好物はオムライスとパフェなので、今度一緒に食べに行きましょうね~♪』

「へ、へぇーっ」


 なんとも可愛らしい並びだな。


 なんというか、凛々葉ちゃんらしくて……とてもイイッ!


 ……あれ、もしかして、今誘われた?


『せんぱ~いっ、教えてくださ~い』

「あっ、そうだな………………み、ミルクティー、かな……っ」

「……えっ?」




 ………………………………………………。




 このしーんっとした空気は……な、なんだ?


 手から変な汗が出てくるんだけど……。


『あの、聞き間違いかもしれないので、もう一度言ってくれませんか?』

「み、ミルクティー……だけど」

『……せんぱい。そういうことではなくて、ですね……』

「う、うん?」


 もしかして、会話が通じてない……?


 俺が、『食べ物』じゃなくて『飲み物』を言ったから?


『せんぱいって、実は結構偏食だったりします? 例えば、主食がお菓子みたいな……?』

「さすがに主食はご飯だよ。たまにパンの日もあるけど」

『そうなんですね。よかったー……』


 そう言って、彼女はホッと息を吐いた。


 なにがよかったんだ? それになぜかホッとされたし。


 すると、凛々葉ちゃんは一度咳払いをしてから言った。


『要するに、せんぱいは食べ物の好き嫌いがないってことですね?』

「まぁ、そうなるかな。特にこれってものがないから」

『なるほどなるほどっ。………………食べ物の好き嫌いはなし……っと』

「凛々葉ちゃん?」


 と言っている電話の向こうから、シャーペンでノートに書き込んでいるときの音が聞こえたのだけど、気のせいかな?


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから、お互いに質問し合っている間に、すっかり深夜になっていた。


 最初は緊張したものの、途中から段々楽しくなっていった。


 長い時間喋ってみてわかったことと言えば、凛々葉ちゃんが聞き上手ということだろう。


 こっちがたどたどしい口調で話している間、最後まで話を聞いてくれて、時折自分の話を挟んだりするからだ。


 コミュ障の自分とは大違いだな。……ちょっと羨ましい。


『せんぱい……』

「ん?」

『わたし……眠たくなってきたので……そろそろ寝ます……』


 声色から、今にも寝そうだということがわかる。


 その声を聞いていたら……


「ふわぁ~……」


 こっちもちょうど眠たくなってきたみたいだ……。


『えへへ……せんぱい、おやすみなさい……っ』

「うん、おやすみ」


 と言って通話を切ろうとした瞬間、


『すぅ……すぅ……』


 電話の向こうから可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 ほんとに寝落ちしちゃったよ、この子……。




『んっ……♡』




 ん?


『せんぱい……ダメですよ……っ♡ そこは……♡』


 ダメってなにが……!? そこってどこ……!?


 一瞬に眠気が吹っ飛んでしまった。


 そんなことより、俺は密着するようにスマホに耳を押し付けた。


 ……ゴクリ。


 ――恥ずかしいので切ってくださいねっ?


「……そうだよな」


 スマホからそっと耳を離すと、


「おやすみ、凛々葉ちゃん」


 俺は通話を切った。




 そして、次の日の昼休み。


 凛々葉ちゃんに呼ばれてやってきたのは、屋上だった。


 というのも、朝起きたら凛々葉ちゃんからメッセージが届いていたのだ。


『お昼休みになったら屋上に来てください。待っていますからっ♪』


 この学校の屋上は、昼休みと放課後限定で開放されていて、晴れの日は使う人の数が多いのだけど。


 生憎あいにく、今日はどんよりとした空模様ということもあって、人の姿はなかった。


 ……彼女を除いて。


「………………」


 花壇に囲まれたベンチの真ん中で、彼女は不満げな表情で空を見上げていた。


 この天気だと、そうなる気持ちもわかる。


 すると、足音に気づいた彼女がこっちを向いた。


「あっ、せんぱ~いっ♡」


 一瞬で、その表情がパァッと明るいものに変わった。

 

 表情がコロコロ変わるから見ていて飽きないし、昨日と今日だけでも、新たな発見があるからとても楽しい。


「せんぱい、来るの早いですねー♪」

「ま、まぁね。ところで、そう言う凛々葉ちゃんの方は……来るの早すぎない?」

「そうですか? これでも普通に歩いてきましたよ?」

「そ、そっか……。とっ、ところで、どうして俺をここに…――」

「せんぱいっ♡ わたし、お弁当を作ってきたので、一緒に食べませんかっ?♡」

「……えっ、お弁当!?」


 それも、「作ってきた」ということは……凛々葉ちゃんの手作り!?


「じゃあ、もしかして、ここに呼んだのって……」

「人目に付きにくくて、景色がいいところがここだったからですっ♪ まあ、天気の方は……今日はしょうがないということで……」

「あぁ……」


 どうりで怒っていたわけだ。


「本当は、教室で食べられればいいんですけどね……」


 お昼ごはんを一緒に食べようにも、教室や食堂だと他の学生に一瞬でバレてしまう。

 

 彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。

 

 まあ、こっちからするとこれだけでも十分だ。いや、十分すぎるくらいだ。


「ありがとう、凛々葉ちゃん」


 お礼を伝えると、凛々葉はニコッと笑った。

 

 そんな彼女と並んでベンチに座ると、広げたランチョンマットの上に、彼女から手渡された黄色のお弁当箱を置いた。


 そして、木目の入ったフタを開けると、


「おぉ……っ!!」


 つい口から声が出てしまった。

 

 チキンライスでできたクマさんが、卵で見立てた毛布を被っていたのだ。


 これは……オムライスだっ! それも、とても可愛い……っ。


 その枕元には、ミートボールやちくわきゅうり、そして、端にブロッコリーやミニトマトが小さく盛り付けられていた。


 キャラ弁を生で見るのは初めてだけど。その完成度はまさに凄まじいの一言だった。


「……あ。昨日、好きな食べ物を聞いてきたのって」

「お弁当にせんぱいの好きなものを入れようと思って……♡」

「……っ!!」


 こんな幸せな気分を味わっていいのだろうか? いや、いいんだっ!


「でも。せんぱい、好きな食べ物を聞いたら、ミルクティーって言うんですから。わたし、びっくりしましたっ」

「あははは……。ごめん……」

「あの後、起きて朝まで悩みましたけど。好き嫌いがないなら、自分の得意料理を食べてもらおうかなって♡」

「朝まで? ……もしかして、徹夜?」

「一応寝ましたよ? おかげで遅刻…――」

「遅刻しちゃったの!?」

「いえ、遅刻しかけましたけど、なんとか間に合いましたよっ♪」

「そ、そうなんだ……よかった……」

「ふふっ。せんぱいって、実は真面目さんなんですね」

「そうかな? 自分では思ったことないけど」


 ぐうぅぅぅ……。


「あははは……」

「ふふっ。じゃあ食べましょうか♪ わたしも、もうお腹ぺこぺこです」


 そう言って、凛々葉ちゃんは同じお弁当箱を膝の上に置いた。


 ……うちの彼女、可愛すぎるにも程があるだろ!!!


「? せんぱい、どうしたんですか?」

「え、いや、なんでもないっ! さぁ~って、なにから頂こうかな~……っ」


 誤魔化しながら、俺は目線を下に落とした。


 この木のスプーンで、あの可愛いクマさんを……。


 ちょっぴり罪悪感はあるけど。


「……いっ、いただきますっ」

「はいっ♡ 召しあがれ……っ♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る