2

 俺とトオルが管理者見習いになることを許諾すると、加賀はなんとも言えない顔をした。


「やってくれるってことで、まぁ良かったよ」

「その割には、嬉しそうには見えないっすね」

「そりゃあそうでしょ、だって面倒だもん」


 それでなくともやることが多いのに仕事が増えた、と言って、加賀はガリガリと頭を掻いた。

 この仕草、どうやら加賀の癖らしい。

 ちょっと芝居がかってるので、これもわざとかもしれないけど。


「なんか、ご面倒をおかけしてすみません……」

「これ、加賀さんに給料とかでないんすか?」

「ギャラ? 出ないよ、そんなの」

「ないのか……」

「まぁ、管理者でいること自体がメリットだからねぇ……」


 なんでも、管理者になると、一般的な世界の政治や経済と切り離されるらしい。

 日常生活で困ることがないというのは、まぁメリットと言えるかもしれないけど……。


「え、あれっ!? じゃあもうこれまでみたいな日常生活は送れないってことっすか!?」

「あっ」


 トオルも声を上げる。

 もしかすると、家族とか友人とかともお別れってことに……だとしたら、冗談じゃねぇぞ!?


「まさか」


 しかし、加賀はケロッとそれを笑い飛ばした。


「日常生活は何も変わらないよ。そこにだけ」

「じゃあ、切り離されるってのは……」

「んー、例えば、野良の魔術師を発見して、処分したとするじゃない?」

「しょ、処分……?!」

「いろいろだよ、資格を取り上げて記憶喪失になってもらうとか、魔術のことを考えると10秒時間が巻き戻るとか」

「マジすか」

「もちろん死んでもらうときもあるね。たとえば、人を殺した野良の魔術師には死んでもらうルールだ」


 加賀の口調は飄々としていて、「人を死なせる」ということに対する忌避感のようなものは感じない。


 まるで、医者が「癌を放置してると死ぬよ」と言っているかのような、感情の伴わない淡々とした口調。


 これが魔術師――いや、管理者の感覚だとしたら、自分は……。


「でも、法律に照らし合わせてみれば、僕なんてただの学生で、逮捕権も制裁権もあるわけがないでしょ」

「そりゃそうですね」

「でも、実際に管理者としての行動を起こしても、誰かに罰せられたりはしない。というか、そもそも誰にも気づかれない」

「な、なるほど?」


 いや、なるほどじゃねぇよ。

 全然わからん。


「他にも、移動するだけでもお金はかかる。飛んでいく事もできないから、大抵の場合は普通に電車や車を使うことになるしね。授業をサボるなんてことも日常茶飯事だ」

「それ、どうなるんすか?」

「お金は勝手に補充されるし、授業も出席したことになるよ。誰にも気づかれないし、なんなら受験にもノー勉で受かる」


 なんじゃそりゃ!?

 完璧にイカサマ行為チートじゃん!!


「まぁ、大学に受かったとしても、努力せずして学力まで手に入るわけじゃないし、意味は薄いけどね。そもそも授業に出る時間も削られまくるし、お勧めはしないかなぁ……。まぁ、阿くんの志が低くて、学びはなくとも卒業資格だけはほしい、ってんなら、まぁチートと言っていいんじゃない?」

「くっ……!」


 腹立つ言い方するなぁ……!


 それに、俺にとって大学は……。

 いや、よそう。


 見ればトオルも微妙な顔をして、首を傾げている。


「でも、ボクたちが管理者? 見習いになったって、何かの役に立つんでしょうか……」

「それはやってみないとね」

「役立たずだとクビになるんすか?」


 役に立たないから10年分ほど記憶喪失になってもらいます、とか絶対イヤだぞ、俺は。

 それなら今すぐに24時間の記憶を飛ばしてもらう方を選ぶ。


「管理者権限を悪用しない限り、クビにはならないよ。ていうか、本当にどうしようもないほど役に立たないような人物に、そもそも管理者権限なんて付与されんでしょ」

「付与……」


 いや、これだけはちゃんと聞いておかねば。


「あの、付与って……ていうか、加賀さんが言う『上』って何なんすか?」


 さしあたって、まずはこれだ。

 直属の上司? は加賀だとして、その加賀も「自分は孫請みたいなもんだ」と言っていた。


 つまり、本来の雇い主は別にいるわけだ。


 自分たちは、一体誰に雇われるんだ……?


としか言えない」


 と加賀は答えた。


「上位存在?」

「うん。呼称はいろいろだよ。でも、僕なんて、三次元空間の、それも地球っていう狭い範囲でしか活動できない。管理者なんて言うけど、その実、僕も管理されている一人にすぎないし、詳しいことまではよくわかんないなぁ」

「じゃあ、上っていうのは……?」

「もちろん、三次元空間全体の管理者もいる。けれど、さらにその上もいる。つまり次元を超えて、が存在するんだってさ」


 だってさ、じゃねぇよ。

 って、あれ?


「え、それって……」

「人にって呼び方は違うけど、IDerインテリジェント・デザイナーと呼んだり、面白いところでは、スパゲッティ・モンスターと呼んだりするね」

「は、はぁ……」

「あと、GOD って呼ぶ人もいる」

「GOD って神さまってことっすか?!」

「日本における『神』と GOD は違う概念だけどね。まぁ上の存在が何なのかは一旦置いといて……」


 どうせ詳しいことなんてわかんないし、と言って加賀はこの話を打ち切った。


「この世界が何十億年も前から管理されてきたことだけは、紛れもない事実だよ」

「ボクたちにその一旦を担え、ってことですか?」

「そう」

「俺らなんかに、そんなことできるんすか?」


 話を聞いて及び腰になった俺たちに、加賀は「できるさ」と言って笑った。


「まずは、汎用魔術をアクティベートしよう」

「汎用魔術?」

「ってなんすか?」


 俺たちの疑問に、加賀は「アクティベートすれば判かるよ」と言って説明してくれなかった。


「とりあえず、一つだけ魔術を覚えてもらう」


 加賀が言った。


「話はそれからだね」

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物理法則のアップデートに失敗しました カイエ @cahier

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