Breakpoint #3

1

※ 作者注

 話が行ったり来たりして分かりづらいというご指摘をいただきました。

 作者の技量不足です。申し訳ありません。


 Breakpoint(#1、#2、そして今回の #3)は、物理法則のアップデートに失敗した日の話となります。

 つまりトオルが襲われて、千里が逃げまとった翌日で、気持ちの悪いアラートを聞いた二人が加賀に話を聞きに華道室に向かったときの話、ということになります。


 では、他の話はというと、それから半年後くらいの、千里とトオルが管理者見習いとして簡単な汎用魔術なんかを使えるようになってからの話です。


 Breakpoint では物語の設定を、それ以外は事件簿となります。

 分かりづらくてすみません。


 引き続きよろしくお願いいたします。


 =====


「あの……加賀先輩。俺らに、そんなことまで話しちゃっていんすか?」


 俺の言葉に、加賀はちょっと首を傾げるだけだ。


「ん? なぜ?」

「だって、ついさっきまで『知らずに生きていった方がいい』みたいなこと言ってたじゃないっすか……なんで突然……」


 そうなのだ。

 加賀は、ずっと「知らずに生きていけ」「忘れてしまえ」と言い続けていた。

 まぁ、人に話したところで誰も信じないだろうし、加賀もわざわざ口封じをするつもりも無いようだけれど(マジで助かった……)、それは明らかに拒絶の意思でもある。


 なのに、エラーアラートを聞いたといった瞬間、つらつらと質問に答えてくれるようになった。

 何らかの意図がある……と思うのは仕方ないと思うのだ。


 すると加賀は言った。


「んー、そうだなぁ。まぁ、手伝ってもらうなら、ちゃんと納得してもらうほうがいいから、かなぁ、って」

「て、手伝う?」

「うん。エラーアラートを知覚できたってことは、つまりシステム側に『管理者権限』が付与されたってことだから」


 暫定的にだけどね、と加賀は付け足す。


「か、管理者権限……?」

「えっと、なぜボクたちに……?」

「上の意図が何なのかは、僕じゃわかんないけどね」


 加賀はちょっと面倒くさそうに頭を掻くと、ちょっと下唇を突き出して「本当は嫌なんだけど」という意思表示をする。

 どこか子供っぽく見えるが、きっとわざとだと思う。


「こうした場合、新人は近くに存在する指導者グルに引き寄せられる。自動的に」

「グル?」

「指導教官みたいな感じ」

「ああ……え、あ、加賀さんがそうってことっすか……?」

「まぁ、やっぱりそうなるよねぇ……」


 事前にちゃんと知らせてほしいもんだよ、困ったもんだと加賀は首を横に振る。

 どうやら不本意なようで……でも実際はどうかわからない。

 やっぱりちょっと芝居がかっている――なんとなく底の見えない男だ。


「あの」


 とトオルがおずおずと口を挟む。

 こいつ、顔整ってんなぁ……。


「なんだい? 小林クン」

「手伝う、って言ってましたけど、それって強制ですか」

「うん、そうなるね」

「そうですか……」

「え、ちょっと、待て待て待て」


 聞き捨てならねぇぞ。

 トオルも何を納得しようとしているのか。


「加賀さん、これ、断ったらどうなるんすか?」

「ん、普通になかったことにするけど」

「?!」


 え、それって、断ったら死んでもらう、的なアレ……?!


「え、えっと……というのは?」


 思わず声が上ずったが、加賀はお構いなしに訳のわからん返事をした。


出来事イベントが事実として確定し、アカシャにログとして保存されるまでには、24時間の猶予というか、タイムラグがある」

「……は?」

「な、何の話ですか?」

「えーと……わかりやすく言うと、この24時間以内に起きたことなら、ログを消してなかったことにできるんだ。でないと、管理者が困ったことになるからね。救済措置だ」

「なかったこと……?!」

「ぐ、具体的には……?」

「要は24時間だけ記憶喪失になってもらうってこと。医学的な辻褄合わせとしては、短期記憶バッファーから長期記憶になるストレージに保存される前に、メモリを消去しちゃう感じ?」

「はぁ、つまり……」

「『管理者』になるのは強制だけれど、どうしてもなりたくないなら、24時間以内のことをなかったことにして、忘れてもらうことになるね」


 すると、トオルは何故か慌てた様子で体を起こした。


「え、えっと! それって魔術に関することだけを忘れるんでしょうか!」


 なんか偉い剣幕だった……。

 どこか焦った様子で、さっきまで青ざめていた顔が興奮で赤らんでいる。


 加賀も「お?」とちょっと驚いた様子だ。

 いや、この人のことだからそれも演技なのかもしれんが。


「小林くん」

「はいっ!」

「ピンポイントで都合の悪いことだけを忘れる魔術なんてないよ」

「じゃあ……!」

「そりゃ、24時間まるごと消えるよ」

「そんなっ!」


 ……なぜ慌ててるんだ、こいつは。


「そりゃあそうだろ。でもまぁ、問題は起きないと思うね。周りの認識もうまく辻褄を合わせるし、キミたちも面識のなかった状態に戻……」

あくつ先輩ッ! この話! ぜひ受けましょう!」

「はぁ?!」


 どえらい剣幕だった。


「昨日の出来事は不幸でしたが……義務だというのなら仕方ありません!」

「お、おい……!」

「だって、そうしないと、ボクたちは出会わなかった事になっちゃうんですよ?!」

「……はぁ?! お前、何言って……」


 何を言っとるんだ、こいつは。

 一体。


「それの何が問題……」

「大問題ですッ!」


 トオルは額に汗を浮かべ、なにかに耐えるかのように目をギュッと閉じて顔を横に振り、グググッと拳を握りしめた。


 俺は思わず「コブシ回して歌ってる演歌歌手みてぇ……」と、訳のわからんことを思ってしまった(どうやらパニックを起こしているらしい)。


 そんな俺を置いてけぼりにして、トオルの説得は続く。


「せっかく仲良くなれたのに、忘れるだなんて……!」

「え、お前、何言って……」

「イヤです。駄目です。そういうの良くないです。だから先輩ッ!」

「ちょ、ま」

「やりましょう、それで世界が滅びるのを食い止める役に立つなら……」

「だから待てって!」


 何、こいつ。


 もしかしてアレか。

 死を覚悟して、助かって……俺に救われたとでも勘違いしてないか。


 ――刷り込みプリンティング

 ひよこが最初に見た存在を母親だと思うアレ。

 その相手がたとえ捕食者であったとしても、ぴよぴよついていくアレ。

 合理的に見えて不合理な自然界のエラー。


 こいつ、なんか変だと思ってたら、ガチで俺に懐いてやがった!


「……トオル」

「……なんですか」

「えーっと……何て言うんだろうな……お前の気持ちは嬉しい」

「は、はいっ!」

「でもすまん。悪いんだが、俺の好みはおっぱいが小ぶりな女子だ」


 俺の言葉に、加賀が「何いきなり性癖暴露カミングアウトしてんの……」とドン引きしていた。


 だが、いかに小林 透の見た目が美形であろうと、結局のところ男子!

 おっぱいがない!

 逆に言えば、性別以外は完璧にどストライクなのだけれど、こればっかりは……って、涙ぐむ顔もめちゃくちゃ可愛いなぁ! オイ!


「そんなんじゃないですッ! そんな、恋愛とか、そういうんじゃなくて……」

「じゃあ、なんなの……」

「逆に先輩は、好みの女子との出会い以外、どうでもいいんですか……?」

「いや、そんなこともないけどよ……」


 どんなエロ魔神だよそれ……。

 でも、トオルとは出会ってからほとんど付き合いもないし、そもそも……。


「いや、だってお前、昨日の出来事とか……忘れられるなら忘れたほうがよくね……?」

「あ、それは……」

「トラウマもんだろ。忘れたほうがいいと思うけど」


 そもそも、その出来事がなければ、こいつが俺に執着する理由もないわけで。


 と、そこで、ずっと興味深そうに俺たちを観察していた(趣味悪ぃな!)加賀が口を挟んだ。


「あー、それなんだけど」

「……なんすか」

「なかったことにする場合、当然あのパンクファッションの二人も『物忘れ』することになるから注意ね」

「はぁ、それが……?」

「昨日、阿くんは逃げ切り、そして『逃してもらう』という約束を取り付けた」

「まぁ、結果的にはそうですね」


 実際に逃げられたのは、加賀のおかげだけど。


「魔術師にとって、自らが口にした約束ごとというのは、恐ろしく重要なんだ。つまり、キミたちがあの双子に襲われる可能性は、限りなくゼロになったと言っていい」

「はぁ……」


 いいことじゃん。

 何が言いたいんだ……?


「でも、ログをなかったコトにした場合は、もちろんその約束もなかったことになるから」

「……は?!」

「まぁ、たまたま同じ魔術師に目をつけられる可能性はそう高くないけれど、キミたちの場合、なんだか縁がありそうだしね。そこはよく考えて……」

「やりましょう!!」


 おれは即答した。


「管理者見習いとやらになりましょう! 世界のために!」


 あんな目に二度と遭ってたまるか!


 隣でトオルが「きゃー! やったー!」などと言いながら花を飛ばしつつ喜んでいたが、そんなことは後回しだ。


 ていうか、男子がキャーはねぇだろ!

 男子たるもの、もっと男らしくだな……って、うるんだ目で嬉しそうにこっちを見るな!

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