進軍


 モンスター達の居ない廊下は静寂に包まれており、滝澤達の靴音だけがそれを突いていた。


「毎日こんなとこ通ってたら寂しくなるぜ。アイラさん平気なの?」

「いえ、特には。独りで過ごした時間が長かったものですから」


 アイラは特に表情もなく告げて、歩みを続ける。素っ気ない態度のアイラに滝澤はどうしたものかな、と思案する。

 現時点ではアイラの思惑は一切読めない。もう少し彼女の事を話して欲しいと思ってはいるのだが……。


「……着きました。どうぞ」

「はいはい、入りゃいいんでしょって痛い痛い!」


 扉を開けたアイラは滝澤を強引に中に押し込む。その手があまりに力強かったもので、滝澤は悲鳴を上げた。


「貴方達も。早く」

「お、おう?」


 ヴィルとルナも掴まれ、背中を押されて部屋の中へと入った。不審に思いながらも部屋に入った三人の背後でバタリと扉が閉められる。


「謀ったな!?」

「……しばしお待ちを。すぐに片付けますので」


 直後、おどろおどろしい咆哮が壁を抜けて三人の鼓膜を襲った。狼か、それに近しい種族のものだと滝澤は分析する。もちろん直感である。

 ……だが、程なくして同生物の悲鳴が聞こえてきた。容赦ない殴打によって骨が折れる音もオマケに。


「ひぇ……」


 もしも彼女に事情が無かったのなら俺は容赦無くぶっ飛ばされていたのでは?滝澤、ようやく気づく。

 扉が開き、返り血を浴びたアイラが部屋に戻ってくる。背後に岩のような犬が倒れているのが見える。


「少々、汚れてしまいました。ですがまぁ、この程度なら。どうぞ、お掛けになってください」


 ハンカチで頬の血を拭うアイラの誘導に従い、一同は初めて部屋の中を見回した。

 本棚に詰められた無数の本が滝澤達を見下している。時折意志を持ったような視線を感じてとても心臓に悪い。


「気が狂いそう……」

「右に同じく」

「ルナは平気だよ?」


 SAN値がとっても減っていそうな剣士二人を横目にルナは本棚の本に触れる。背表紙に触れられた本たちは棚から飛び出し、ルナの周りを飛びまわり始めた。


「モンスター同士、気が合うようですね。彼らは本であり、モンスターでもある私の友人です。敵意はありませんのでご安心ください」

「友人、ってことはアンタも……」

「ええ、基本的にはモンスターの味方ですよ。かつては魔王を志したことさえありました」


 滝澤はアイラの告白に口をあんぐり開けて驚く。


「魔王に?では何故あの男の隣に……」


 ヴィルの問いに答えるようにアイラは机の上の箱を手に取った。


「こちらでございます」


 アイラの手の上で煌びやかな装飾の箱は小刻みに震えている。箱の中身が何であろうが、驚くには十分らしかった。


「ご紹介します。私の婚約者、ゲンガ・アルバートです」


 箱が開くと共に一同は目を剥いた。


「やぁ!君達が新生魔王軍だね!?聞いてたより強そうだ!君は何が使えるのかな?」


 箱から飛び出し、滝澤の周りをくるくると回るのは燃える魂。いわゆる人魂である。


「婚約者さんって……オバケなんすか?」

「あ、君が滝澤くんだね!引き締まった良いカラダをしているね!日々の鍛錬の賜物かな!?」

「あー分かりました分かりました!ちょっと、離れ……離せぃ!」


 耳元の羽虫を払うが如く滝澤はうざったいゲンガを突き放した。


「え、僕のこと嫌いになったの……?」


 人魂は悲哀の感情を表すように炎を小さくする。


「滝澤、人魂コイツ切っていいか?」

「わー!!!待った待った!に戻る前に死にたくない!」


 ヴィルが剣をちらつかせると、ゲンガは慌ててアイラの後ろに隠れた。


「制御が無い分、ハイテンションになっているのです。ご容赦くださいませ」

「アイラ、彼らの紹介をお願いしてもいいかな?」


 人魂はアイラの手の上に移動する。


「ええ。左から滝澤様、ヴィル様、ルナ様です。本来はもう一方いらっしゃるのですが……」

「アイツが連れ去った、だろう?まったく……人の体をなんだと思っているんだ」


 炎が一際大きくなる。どうやら激怒しているようだ。


「……そうだ。僕はゲンガ・アルバート。君達が戦った男の体の持ち主だ」

「……予想通りだな」

「流石滝澤、凄まじい洞察力だ。真実を聞く前に敵の本性を見破るとは」


 ヴィルの褒め言葉にふふん、と滝澤は鼻を鳴らす。実を言えば滝澤、領主アルバートの正体に予測を立てていた。

 アイラは目を瞑り、両手を握りしめる。丁度その中に落ち着いていたゲンガが悲鳴を上げる。


「解っていたのですか……?」

「あ、いや、あくまで予想だけどな。最初はアルバートに擬態してんのかと思ったけど、アイラさんが従ってるところを見るとにされてんじゃねぇかって思ったんだ。あとアレ……俺と闘う時、魔法から剣とスキルに切り替えてたしな」


 ゴクリ、とアイラは息を呑んだ。僅か数分の邂逅の間に二人を観察し、違和感を読み取ったのだ。

 滝澤の推理を黙って聞いていたゲンガはアイラの手からするりと抜け出ると、滝澤の目の前に止まった。


「……そこまで解っていたのなら、何故僕の体を切った?」

って言ったら?使う必要無かったけど」


 メラメラと燃える火がピクリと揺れる。滝澤の言葉はハッタリではない。滝澤には秘密兵器があった。


「ふむ。流石に色々用意してきたものと見た。僕が言えることでは無いけれど、……いや、僕が言うことか。滝澤君、折り入って頼みがある」


 アイラとゲンガは揃って頭を下げた。人魂に部位など無いのだが、滝澤にはそう見えた。


「「の体を取り戻してくださらないでしょうかもらえないだろうか」」

「いいぜ」


 二つ返事。滝澤はこの展開を予測していた。まさか一度切り伏せることになるとは思いもしなかったが。


「……一回切っちまったけど大丈夫かな?」

「秘密兵器、あるんですよね?」


 要はもう一度倒せということらしい。どの道、アルバートを倒さないとナスカは帰ってこないので最終的には倒さなければいけないのだが。


「では、我々でアルバートを倒すとして……結局ヤツは何者だ?滝澤に切られた後も復活していたようだが。……まさか、モンスターではあるまいな?」


 アイラは口を開くことも無く重苦しく首を横に振る。触れてはいけない話題だと判断し、発言を撤回しようとするヴィルだが、ゲンガは既に覚悟を決めていた。


「さっきの自己紹介の通り、僕はだ。そして、彼もだ。彼は……僕の先祖。アルバート一族を築いた大英雄さ」


 ハハハ、と乾いた笑い声をあげるゲンガ。先祖に体を奪われたショックはかなり大きかったのだろうと想像出来る。


「つまり、アイツはゴーストみたいなもんか?」

「そういうことになるね。寝ているうちに乗っ取られたみたいなんだ。起きたらこの状態になっていて驚いたよ。アイラが匿ってくれなかったら今頃魔法でも当てられて消えてたと思う」


 ゲンガがアイラの方を見やるが、アイラは浮かない顔をしたままだった。


「ゲンガ……私が警戒を怠ったばかりに……」

「いや、君のせいじゃないさ。運命は既に決まっていたらしいからね。ともかく、ヤツを止めないとそのうち魔王再臨とか言い出すぞ」


 ゲンガはよぉし、と気合いを入れて滝澤に向けて突進。意味不明な行動を予期していなかった滝澤の体に魂は入り込んだ。


「しばらくここに身を潜めさせてもらうよ。滝澤君がヤツを倒した瞬間に、体のコントロールを奪い返す。即死以外ならアイラと僕で何とかできる」


 体内から別人の声が聞こえてくる恐怖体験を受けて滝澤の全身の毛が逆立つ。


「……落ち着かねぇな。負けたらゲンガの所為にしていい?」

「いけるだろう、一回勝ってるんだから」


 能天気にゲンガは告げているが、そもそもあの作戦は一発勝負、外せば即死直行バッドエンドのものだったのだ。


「うーん、せめてナスカが居ればなぁ……」


 ぼやく滝澤。そして、当のナスカは……。





「うう……さっむ。なんてこっちの気持ちを考えない部屋なのかしら」


 鉄檻でこそないが、石と鉄のみで造られた部屋は彼女がモノ同然の扱いを受けることを示唆していた。壁の隙間から吹いてくる風に身を震わせる彼女は滝澤を想う。


「滝澤……無事だといいけど……死ぬわけないよね、アイツだし……」


 本当は分かっていた。自分がここに居て、あの男アルバートが生きている。勝負の結果は既に明白だった。それでも、彼女は滝澤を諦めきれない。


「大丈夫、生きてる。私も早く脱出しないと」


 微かな希望を抱き、扉に耳を付けるナスカ。先程まで聞こえていた鎧蜥蜴の足音は聞こえてこない。


「(今がチャンス!とにかく外に出ないと……!)」


 扉を軽く開き、周囲を確認したナスカは外に飛び出した。とにかく、滝澤の下に辿り着かなければ。その一心だけで彼女は知らない道を突き進む。

 ……とはいえ、彼女のツキの無さは筋金入りであるわけで─。


「……なんでこうなるのよ」


 城に仕掛けられた罠に見事に嵌り、此度もナスカは吊り上げられていた。


「まったく、その体たらくで魔王軍が務まるのかのう……」


 窓から一陣の風が入り込んできたかと思えば、彼女は既にそこに立っていた。深緑の髪に幼い体に思わしくない威厳、右目を覆う眼帯こそないが、彼女はそう……。


「わ、ワイヴァーン様!?」


 宙吊りのナスカは驚きでぶらぶらと揺れる。幼女と化したワイヴァーンは腕を組んだままナスカを吊っていた紐を風で断った。


「ふん。ヒトの罠などこの程度か」


 解放されたナスカは床にぺちゃりと音を立てて落ちる。


「助かりました。でも何でここに?」

「調べ物じゃ。貴様きさんのことでな」


 ワイヴァーンは細い指でナスカを指した。


「わ、私!?」


 驚くナスカの目の前でワイヴァーンは指をくるくると回す。指先を追っていたナスカは目を回しそうになり、頭を振った。


「貴様、な〜にか隠しとらんかのぉ?」


 ワイヴァーンはナスカの周りを回る。子供の姿で過ごした影響か、性格にも幼げが出てきたようだ。しかし、老人の徘徊と言われれば確かにそうだと頷くしかない。


「な、何も……」

「本当か?」

「むぅ〜」


 ナスカは床に目を伏せた。


「言ったらどうするんですか……?」


 伏せたままナスカは呟く。


「どうもせんよ。我は真実を確かめに来ただけじゃ。この通り、分身じゃしの」


 驚いて顔を上げるナスカ。ニヤニヤと笑いながらワイヴァーンは手が壁を透過するところを見せた。


「その感じだと滝澤にも言っとらんのじゃろうな。我の知るところではないが、仲間には打ち明けておくべきではないか?」


 ナスカの反応からおよそ己の推測が正しいと見たワイヴァーンは発破をかける。


「……実は─」

「……うむ。予想通り。我の勘も鈍っておらんな。はっはっは……!」


 眉一つ動かさず全貌を聞き終えたワイヴァーンは快活に笑った。本当にただ真実を調べに来ただけなのだと緊張していたナスカは愕然とする。


「何をぼんやりしておる、さっさと立ち上がらんか。何故貴様らがここにおるのかは知らんが、滝澤はあちらに向かっておるようだぞ」

「えっ!?」

「風が告げておる。ではな、小娘。困り事があれば我を尋ねると良い。武運を祈っておるぞ」


 ニコリと笑いかけたワイヴァーンは風を吹き荒らしながら掻き消えた。オマケに周囲の罠を破壊している。


「……行かなきゃ。滝澤にも話そう。話さなきゃ……」


 ナスカは立ち上がる。確かな足取りで、ワイヴァーンに示された方向へと進む。その先にあるのは、玉座。

 魔王アルバートの待ち受ける玉座の間である。

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