魔王とは

 弾丸の如く駆けてきたアイラが滝澤の胸元に飛び込み、彼を床に押し倒す。アイラの背中の上を剣が掠めた。


「久しいな……この感覚は……」


 瘴気を纏い、滝澤を越える背丈へと変化したアルバートは剣を握り、不敵に笑う。


「な、なんで生きてんだよ……!?」

「生きている?違う、蘇ったのだ。お前のおかげで制御が緩んでな。ようやく全力で戦えるというものだ」


 立ち上がったアイラは拳を構え、アルバートと対峙する。ヴィルがその後ろで滝澤に肩を貸し、アルバートから離れた。


「……お前は良く献身したとは思う。が、漏れなく殺す。童の体であればまだしも、今の俺はお前より強い」


 アイラは大きく息を吸う。


「[来て]!」


 周囲一帯に荒れ狂う風を吹かせながら、グリフォンは魔法陣から飛び出した。突風を受け、アルバートは一瞬間のみ視界を塞がれる。

 もちろん剣を展開しての防御は行っていたが、アイラにはアルバートの思考などお見通しであった。


「……やはり賢い。それでこそ我が宿命の女だ。さて、玉座に戻るとするか」


 満足げな笑みを浮かべるアルバートは玉座に向けて歩き出した。颯爽と歩く彼の姿には余裕が感じられる。


「再び俺のところに来い。今度こそ殺してやるぞ!ハハ、フハハハハ……!!」


 アルバートは独壇場に高笑いを響かせた。





 四人を乗せたグリフォンはホールの窓を割り、ホールとは反対側の塔へと着陸した。

 ヴィルは滝澤を背負ってグリフォンから降りる。


「ありがとう。[戻って]。貴方が狙われてもいけないから」


 クオォォン……と小さく鳴いて、グリフォンはアイラに頬ずりした。アイラに撫で返されたグリフォンは目を細め、魔法陣に消えていく。


「応急処置ですが、回復薬を」


 投げ捨てるように渡された小包をヴィルは片手で受け止め、アイラを睨む。


「アイツは何だ?その前に、貴様は味方か……?返答次第ではこの剣を抜くぞ」

「早くしないと死にますよ」


 剣の塚に手を伸ばすヴィルの威嚇をもろともせず、アイラは淡々と告げる。暫しの睨み合いの後、ヴィルは警戒しながら小包を開けた。


「うわ、すっげぇ鼻スースーする……」

「飲め」


 ヴィルは寝転がる滝澤の口に包の中の粉末を流し込む。粉末が舌に触れた瞬間、滝澤は飛び上がった。


「にっが……!?」


 この世のものとは思えないものを口にして青くなった顔とは対称的に、剣に貫かれた四肢と胴体の傷は塞がり始める。


「すげぇ……秘薬だ!」

「グレイト・モスの糞を使用しております」

「おぇぇぇぇ」


 喉元を押さえ、転がり回る滝澤。……知らない方が良いことはこの世に無限にある。


「懐に偲ばせていた甲斐がありました。では、どうぞこちらに。あの男は城の構造、覚えてませんから」

「ハイハイハイ質問!質問めちゃくちゃある!」


 元気に手を挙げた滝澤を無視してアイラは階段を下っていく。対応は素っ気ないが、敵意がないことは明白であった。


「無視かよ……優しいのか厳しいのか。ま、綺麗だからいいけど。いやぁでもアルバート居るしなぁ……」


 当然の如く滝澤の審査が始まる。自尊心も良いところである。はい不敬。


「滝澤、私の方が綺麗だぞ」

「ルナも!」


 アイラを想う滝澤に二人が突っ込んでいく。ツッコミ不在の空間はなんとも恐ろしい。


「置いていきますよ」


 急遽クール系ツッコミ役を襲名したアイラが階下から呼び掛けた。広大な敷地内での放置は生命に関わる可能性がある。


「ごめんなさい!行くぞ二人ともぉ!」


 雄叫びを上げて階段を降りていく滝澤。そして、1段目で足を滑らせて二人の視界から消えた。階下から悲鳴が聞こえる。


「ハハハ、何をやっているんだ滝澤は。……ナスカがいたらきっと叫んでいたんだろうな」

「うん。「ナニヤッテンノヨー!」って言う」

「確かに。似てるな」


 ルナの声真似の精度にヴィルは感心する。声真似、と言うよりかは音自体のコピーに近い。


「風で閉じ込めた音を貯めてある。ヴィルのもあるよ。1回しか出せないけど」


 ルナが翼を広げて羽を飛ばせば、その先端からヴィルの声が聞こえてきた。ヴィルの頭上で電球が点灯する。


「それは、使えるかもしれんな……!」

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