鍔迫り合い、斬り合い、殺試合

 勝負事ではおよそ先手が有利である。……ただし、賭け事においては当てはまらない。それはそれとして、現時点で滝澤が先攻だと考えるかもしれないが、それは間違いである。

 滝澤は目下に広がる膨大な敷地、そして巡回するモンスター達。アルバートは一切の油断なく滝澤を待ち構えていた。


「うげぇ……」


 滝澤は、後手。不利前提の勝負を覆さなければいけない。


「ルナ、ヴィル、いけるか?」

「……長時間は使えないぞ」


 こくり、と頷いたルナは翼を広げ、ヴィルと共に群れの中へと滑空する。


「む……〈夢幻封影〉!」


 巡回していたモンスター達がふらつく。同時に床に着地したヴィルも倒れそうになり、ルナに支えられる。


「ヴィル、ありがとう」


 計画変更。滝澤はヴィルを背負い、巡回していたモンスター達の間を走り抜ける。


「滝澤!何を……」

「全員で帰るんだぞ!無理させるくらいなら俺が無理する!」


 滝澤理論曰く、第一の勝利条件は全員無事での帰還。第二はアルバート・アイラの撃破。これも全員無事が前提である。

 雄叫びを上げながら駆ける滝澤の前に一際体の大きな鎧蜥蜴が立ちはだかった。幻覚の掛かっていない他のモンスター達も滝澤を取り囲んでいる。ここはホール、隠れ場所はない。


「やっべぇかも……」


 滝澤の戦闘スタイルは一対一タイマン。対集団においても各個撃破を狙う立ち回りで解決出来る。だが……。


「ヴィル、お前らのところだけアロンダイト張れ!こいつら一斉攻撃してくるぞ!」

「了解した!滝澤はどうする気だ!」

「後で考える!」


 アイラの指導なのか、鎧蜥蜴を筆頭に統率された行動を執るモンスター達。簡易結界を背にして、滝澤は思考する─。


「よし、俺には多分無理だ。よって木刀あいぼう、お前に任せる」


 結論、滝澤は脱力し、構えた木刀に意識を集中させる。木刀は滝澤を導くように動き出す。


「行くぜー!!」


 木刀がモンスターの懐へと滝澤を引っ張り、滝澤がそれに応じて着地、鎧の上から一撃を打ち込む。即座に木刀が次のモンスターへと移動し、敵の攻撃を躱す。


「セイッ!セイッ!フンッ!」


 さながら瞬間移動。木刀による移動と滝澤の間隙を突いた鋭い一撃。およそ避けられる敵は無く、100体を超える数のモンスター達は程なくしてすべてが再起不能となった。


「うへぇ……疲れた……」


 この男、スタミナ不足。とは言え、短時間の休息を挟めば復活するので回復力は化け物級である。


「滝澤、大丈夫か……?」

「なんとかな。また少し休めば動ける。ちょっと休憩」


 と、寝転がった滝澤の顔面に小剣が飛来する。


「滝澤ッ!!!」


「やはり戻ってきたな。賭けは俺の勝ちだぞ」

「では、今夜のデザートは2倍とさせていただきます」

「うむ」


 漆黒のマントを翻し、アルバートは2階からホールへと降り立つ。アイラはゆっくりと階段を降りて滝澤達の前に降りてきた。

 さて、小剣を顔面に受けた滝澤は……。


「あっふへぇ……!」


 剣先を歯で受け止めていた。目を離せばまた人間超越している。


「危ねーなオイ!」

「器用なヤツめ。随分と質の良い武器を調達してきたようだが、俺のコレクションにするつもりか?」


 滝澤は突き刺さっている木刀を握る。既に仲間を奪われ、その上さらに愛刀まで奪われる訳にはいかない。


「同じ相手にそう何度も負けるかよ」


 当人、[ガイア・ハンド]に絶賛連敗中である。

 倒れたモンスター達の上をアルバートは平然と歩いてくる。


「ヴィル、ルナ、作戦決行!」

「「おううん!」」


 ヴィルがルナと相性の悪いアイラへと突っ込んでいく。対してアルバートの相手はルナと滝澤が担う。


「ふん、無策で突っ込んでくるとは……」


 マントの陰から剣が飛び出した。狙うは滝澤の心臓ただ一点。


「木刀!」


 木刀が正面に飛ぶ。滝澤もそれに合わせて跳躍する。疑似瞬間移動にアルバートは剣を防御へと切り替える。


「神器か!?」

「(そうかは知らんが)そうだ!こいつを持った俺に負けは無いぜ!」


 木刀は剣に受け止められ、滝澤はバックステップで再び距離をとる。木刀には傷一つ付いていない。


「調子に乗るなよ!お前は一度負けている!」

「二度はねぇ!乗らせてもらうぜ!」


 大振り一刀。滝澤はアルバートの意を突く形で攻撃を再開した。しかし、アルバートは剣に乗って離脱を選択する。


「ちぇっ……」


 アルバートの頭上をルナが放っていた風弾が通り抜けた。


「小賢しい。この俺を罠に嵌めようなど三百年早いわ!」


 上へ避ければルナの風弾、下へ避ければ逃げ場なし。アルバートの選択は正しかった。

 風弾が剣で切り裂けない以上、アルバートは常にルナを注視しなければならない。しかし、注意を逸らせば確実に滝澤はそこを突いてくる。


「俺たちのコンビネーションなめんなよ!」

「くっ……アイラ、アイツを寄越せ!」


 アルバートは手を借りようとアイラの戦いに目を向ける。だが、アイラは剣士且つ幻術スキルを持つヴィルに苦戦を強いられていた。


「ご自分で召喚してどうぞ!」


 状況を鑑みないアルバートに皮肉を飛ばしたアイラは脚を振り上げてヴィルの剣を止める。


「随分と寛大な主人のようだな」

「ご冗談を」


 ヴィルは剣を押し込もうとし、アイラはそれを靴で押さえる。武器種を越えた鍔迫り合いの中、二人は睨み合う。


「ふっ……」


 開脚するように脚を前後に広げたアイラの頭上を剣閃が走り抜ける。


「(躱された……!)」


 体勢を崩したヴィルの腹にアイラの鋭い横薙ぎが炸裂する。鎧越しですら衝撃は殺し切れず、ヴィルは滝澤の方へ吹っ飛んだ。


「あれぇーーーー!?」


 真横からヴィルに突進された滝澤は壁際まで吹っ飛ぶ。寸前でルナの風弾が間に合ったものの、危うく壁際のミノタウロスヘッド(剥製)に突き刺さるところだった。


「[創造エステロン]!追撃しろガーゴイル!」


 魔法陣から飛び出した石の悪魔像が上空のルナに襲い掛かる。


「あっち行って!」


 風弾での迎撃を試みるルナだが、石の肉体は風では揺らがない。石の拳が小さな顔に迫るその刹那、割り込んだ木刀がガーゴイルの翼を貫いた。


「だらぁぁぁぁ!」


 電光石火の如く飛来、意味不明の雄叫びと共にガーゴイルの頭を掴んだ滝澤は視界を塞がれたガーゴイルと共にアルバートの元へと墜落していく。


「何ィ!?」


 意図せぬ攻撃にアルバートは剣を迎撃に向かわせてしまった。石の肉体は、剣では揺らがない。


「行っけぇぇぇ!」


 咄嗟の判断による防御から攻撃への反転。到底避けられないだろうと滝澤は踏んでいた。


「[撤退ドロップ]」


 しかし、ガーゴイルの体はアルバートに直撃する前に空中の魔法陣へと消える。


「うおぉっ……!?」


 ガーゴイルに乗っていた滝澤は背の低いアルバートの上を抜け、床を転がった。


「木刀!」


 滝澤は止まらない。矢の如く飛んできた木刀を掴んでアルバートとの距離を詰める。


「ようやく真の実力を見せてくれたな!」

「認めてくれたようで何より!ナスカ返す気になったか!?」


 四本の剣が木刀を受け止める。完全否定の意思を示したアルバートに滝澤は舌打ちと、皮肉を一つ。


「魔王ってのがこの程度で成れるんなら俺はもう成れちまうな!」


 その一言がアルバートの目の色を変えさせた。溢れ出す殺気に滝澤の体が強ばる。悪手であった。


「〈皇帝ワールドオーダー〉」


 時が、止まる。滝澤も、ヴィルも、ルナも、味方であるアイラも、動かない。瞬きのない世界でアルバートだけが自由を約束されていた。


「絶えろ」


 七本の剣が無防備な滝澤を襲う。心臓を残し、胴体に三本、四肢に一本ずつ。そして、時は動き出す。


「がはっ……」


 剣の突き刺さった七種七様の傷口から血が吹き出した。臓腑から血を吐きつつ、滝澤は膝を折る。


「終わりだな。これ以上は動けまい」


 四肢を破壊したアルバートは剣を体へと帰還させた。


「滝澤!」


 滝澤の元へ駆け出したヴィルの隙をアイラは逃さない。だが、それをまた許さないのがルナである。

風弾による牽制を受け、確実にヴィルを仕留めることを選択したアイラは鎧蜥蜴を召喚、先行させた。

 滝澤に飛びつこうとしたヴィルの背中に鎧蜥蜴の槍が迫る。



「……計算通りだぜ。ヴィルッッッッ!」

「行くぞ滝澤ぁ!」


 滝澤は振り返ってヴィルに抱き着いた。勝利を確信していたアルバートは二人に哀れみの目を向ける。……が、これが反撃の合図だった。


「うおらぁっ!」

「[夢幻封影]!」


 二人は密着したまま、木刀で鎧蜥蜴の槍を止め、スキルを発動する。もちろん対象は、正面に立つアルバートだ。


「なんだ!?」


 視界が歪み、頭を抱えるアルバート。一世一代の好機。滝澤は最後の力を振り絞る。


「「トドメだァァァァァ!」」


 二人は再び反転し、元の相手に全力の一撃を叩き込んだ。


「がはっ……」


 首を刎ねられた鎧蜥蜴と肩口から足先まで断たれたアルバートは同時に倒れ伏した。


「はぁ……はぁ……やっちまったけど……正当防衛だよな?」


 滝澤の全身に刺さった剣も溶けていく。満身創痍で逆転した滝澤の台詞は、やはり不恰好である。それでも、勝利は勝利だ。


「やったな、滝澤。とにかくナスカを探して治療を……ああ、その前に」


 ルナと激闘を繰り広げていたアイラは主の死体を目撃し、モンスター達を帰還させた。


「アルバートは倒したぜ。悪いけどおネーサン、回復薬とか持ってないかな?」


 努めて陽気に呼び掛ける滝澤とは対象に、アイラの視線には親の仇を見つけた子のように殺意が盛られていた。


「終わって……いません!」

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