滝澤空佐、再放葬
滝澤の体は箱の中に寝かされていた。顔の上に空いた正方形の穴から天井が見える。
「(おやぁ〜?俺この感じ知ってるぞ〜!?)」
顔を引き攣らせたつもりの滝澤だったが、どうにも動かない。全身に血液が巡っていないような気分である。
「さて、火葬場に運ぶか。おい、そっち持ってくれ」
「あいよー」
嫌な予感は現実に変わる。滝澤空佐(故)、葬儀中であった。とは言っても、後は火葬場に送られて灰になるのみだが。
「(動け!動いて俺の体!無理やりでもいいから!)」
滝澤は再び全身に力を込めようとする。が、無意味。そもそも今の滝澤の体に血液は通っていないのだ。
「(分かった。順番が違うな。まずは力を流し込む感じで……)」
棺の中で揺られながら、滝澤は息を吐いて(いるつもりで)全身の力を抜いた(気分になる)。徐々に全身へ血が巡っていく感覚がようやく訪れる。
「(……来た来た来た来たぁ!)ふんっ!」
吹っ飛んだ棺の蓋が葬儀場の天井に突き刺さった。葬儀屋の手を離れ、床に落ちた棺の中から滝澤空佐(故)は飛び出す。……ちなみに、棺の蓋は既に釘打ちされていた。
「オッエェ……マッズゥ……ザリガニ汁の方が美味かったぞ……」
血液の代替をしていた防腐剤を口端から零しつつ、滝澤は葬儀場内を一瞥する。
「親父もお袋も居ねぇ……息子の葬儀放置かよ。そうだ、湊は……」
「死体が蘇ったー!!!」
耳元で大声を上げられ、滝澤は驚く。原理は理解不能だったが、確かに己は蘇ったのだと改めて自覚する。
「そうだ!俺は蘇ったぞ!」
加えて、どこか体が軽くなったような気もしているが、この時の滝澤はまだ気付いていなかった。
滝澤の復活に会場は悲鳴に包まれる。そのうちにゾンビだと叫ぶ者まで現れ、混乱の中に一人残された滝澤は本能の赴くまま叫んだ。
「滝澤空佐、復活!」
滝澤空佐、復活!何度でも言おう、滝澤空佐、復活!
「……って訳で病院に逆戻りだが」
白装束から入院着に着替えた滝澤は窓の外の景色を眺めた。滝澤の復活による混乱は医師の診断の後、病室にて経過観察という形に落ち着いた。
医師に拠れば、滝澤の心臓は仮死状態になっており、それが何らかのショックに寄って葬儀中に動き出したと考えられるらしい。
「見舞いも入れないらしいし、一人でいてもする事ねーよ……素振り……木刀は無ぇし……」
滝澤はその場で何度か手を開け閉めする。
「……木刀ッ!!!」
滝澤はベッドから飛び上がった。手元から離れた大切なものに気付けば、後は早い。
「コール!コール!コール!」
ナースコール連打。許されんぞ滝澤。単純かつ間違ったやり方で看護師を呼んだ滝澤は親族に木刀を持ってくるよう伝えたのだった。
……ちなみに、その病院でしばらく厄介者として扱われたのは言うまでもない。
「滝澤〜!復活おめでとー!」
勢い良く病室の扉を開けたのは滝澤惷。滝澤の従兄妹で、天才薙刀少女である。ショートカットに白い歯がよく映える。
「なんだ、お前かよ……」
「なんだとは何だー!せっかく私が来てやったんだぞー!」
「声がデカい声が」
滝澤は両手で耳を塞ぐ。幼い頃から幾度と無く
「親父の差し金だな?」
「当たり〜!木刀届けに来たよー!病院の許可は降りなかったけど、ナイショで持ってきたから大丈夫!」
内緒の概念が壊れそうな振る舞いだが、確かに彼女の背には一振りの刀が。滝澤は安堵すると共に覚悟を決める。
「惷、頼みがある。俺を殺す気でぶっ叩いてくれ。木刀使って」
両手を合わせ、真剣な表情で滝澤は惷を見据えた。惷は目を丸くする。
「あえ?」
「俺はまだこっちには戻ってこられない。向こうでやること、まだ残ってんだわ」
滝澤はあの世界のことを夢だとは思っていない。彼ら彼女らを夢とするには、あまりにも悲しかった。願わくば、もう一度。
しかし、惷が滝澤の妄言を信じるかどうかは別だった。だが、流石は滝澤家の人間である。
「ふぅん、じゃ、行くよー!」
「躊躇無しかよ!」
惷は木刀を思い切り振り上げた。ある意味で滝澤よりぶっ飛んでいる。
「Let's異世界転生!」
「え……」
スパコーン!!!と滝澤の頭から凄く鈍重な破裂音が響く。それが部屋の外まで漏れた為に看護師達が慌てて部屋に駆け込んでくる。
「あとは任せたよ!撤収!」
惷は木刀を倒れた滝澤の上に投げ、窓から飛び出した。テンプレ且つ最強の脱出ルートと言えば、そう、窓である。
看護師達の悲鳴を聞きながら、惷は白い歯を見せてニヤリと笑った。
「異世界か〜……私も行きたいなー」
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