魔王降臨
「オイあんたら、俺たちのこと見えてたよな?」
ずい、と少年に詰め寄ろうとした滝澤をメイドが遮る。滝澤と同程度の身長の彼女は滝澤に対して何の感情も抱いていないようだった。
「それ以上は近寄らないように。危険ですので」
「おいおい、随分な言われようじゃないか。俺は見ず知らずの者を平伏させるような真似はしないさ」
少年はメイドの横に並び立つ。少年にしてはやけに声が低いような気がしたが、異世界だしそういうこともあるだろうと滝澤は受け入れる。
「モンスターに襲われている所を助けたんだ。礼の一つでも言わせてやろうじゃないか」
傲慢な態度を崩さない少年に滝澤はイラッとするが、目の前のメイドも同じく眼鏡の奥で表情を厳しくしたのを見て同情の念を抱く。
「(好き好んで従ってるわけじゃないのか……)ちょっと待──」
ぽよんっ……。制止のために上げた手が不幸(?)にもメイドの豊かな胸に当たってしまった。死罪。
「「うわ……」」
女性陣からの冷ややかな目線が滝澤を襲う。少年はというと……。
「……人の女に触れるとは良い度胸じゃないか。苦しまぬよう一撃で殺してやるぞ」
激昂している少年は大きく腕を横に振る。
「滝澤!下がって……!」
唐突に滝澤は土の手で背後に投げ飛ばされる。咄嗟に受け身を取った滝澤はナスカの隣で起き上がる。
「うわっ!?何すんだよ」
「あんたこそ何してんのよ!あんな相手にわざわざ近づいていくなんて……」
ナスカに肩を小突かれた滝澤が顔を上げると先程まで滝澤が立っていた場所に大振りな剣が浮いていた。異世界に不慣れな滝澤と違い、ナスカには少年が放つ強大なオーラが見えていた。目標を失った剣は少年の手元へと戻っていく。
「おや、中々良い女が居るな。アイラ、どう見る?」
「……アルラウネの一族、でしょうね。聡明なようです。貴方には、適さないでしょう。私が知恵となるのですから」
メイドは少年を抱き抱えた。豊かな双丘が青髪に覆い被さる。
「アイラ、前が見えん」
「見えなくて構いません」
二人のやりとりを唖然として眺める二人。メイドは青髪の少年に対してかなり大胆に行動しているようだった。正直立ち位置を交代してもらいたい滝澤だったが、今はそんな悠長な事は言っていられない。それに、ズボンを握るナスカの目が怖い。
「ふん。お前の言う事も充分に解る。だが、ここは一つ、モンスターを妻にしても面白いかもしれない。そこのアルラウネ、俺と共に来ないか?」
柔らかなカーテンを腕で押し上げて少年はナスカへと手を差し伸べる。ほんの一瞬、ナスカはその小さな体にかつての英雄を重ねた。
「待てよ」
今度は滝澤が遮る番だった。避ける間もなく間合いを詰められ、挙げ句腕を掴まれた少年はあからさまに嫌な顔をするが、今の滝澤には関係ない。
「(見えなかった……!このニンゲン、まさか……)」
少年の付き人、アイラ・ホウジョウは滝澤が突発的に放ったオーラが少年のものと拮抗しているのを見た。モンスターと行動を共にするニンゲンはそう珍しくもない。だが、この男は何処かおかしい。本能がそう告げていた。
「ナスカは俺の女だ。スカウトするにしてももうちょっとやり方ってもんがあんだろ」
「ほう、この俺と拮抗するか。矮小な一般冒険者如きが良く鍛えたものだ」
「誰が一般冒険者だ。こっちは魔王見習いだぞ!」
滝澤の言葉を聞くなり少年は動きを止めた。俯いて小刻みに震えている少年。オーラを感じ取れない滝澤としては生意気なガキをビビらせてやったぜ。程度だったのだが。
「クク……ハハハハハハ!面白い!面白いぞ小僧!お前が次代か……!」
少年は滝澤を容易く振り払うと何の前触れもなく宙に浮かび上がった。
「傾聴しろ、刮目せよ、そして平伏するのだ。今貴様の前に立つのは太陽の魔王、サン・アルバートであるぞ」
「「魔王……!」」
小さな体から溢れ出した圧倒的なオーラに気圧されるナスカ。微弱な電流が流されているかのように全身が震える。
「面白ぇ、俺の力を確かめてくれるってことだよな?悪いが木刀が無いから木の棒で代用するぜ」
滝澤はアホなのでオーラによる体の震えを武者震いと勘違いしていた。落ちていた手頃な木の棒を拾い上げると、ビシッとアルバートに向けた。
「威勢は良し、だな。アイラ、陣を布け」
「チッ……了解致しました」
アルバートから本を受け取り、舌打ち混じりに答えたアイラが指揮官のように左手を横に薙ぐ。
「[
彼女の薬指に填められた指輪が光を放った。滝澤は何かの攻撃かとバックステップで距離を取ろうと図るが、不意に現れた壁に背中をぶつけた。
振り返れば、円盾を持った鎧蜥蜴が立っていた。慌てて周囲を見渡すと、鎧蜥蜴は二人を取り囲むように円陣を組んでいた。召喚されたのだ。
「ナスカ!」
「こっちは平気……!滝澤、そいつヤバいわ!絶対油断しないよ……「貴方はこちらに」
ナスカの声が途切れ、代わりにアイラの声が聞こえてくる。アルバートの隣からアイラの姿は消えていた。おそらく召喚の光に紛れて陣内から離脱したのであろう。
「ナスカ……!」
「何処を見ている。俺はこっちだ」
耳の真隣を短剣が過ぎ去る。先程からアルバートは無から武器を生成しているように見えたが、知識なしの滝澤には原理も何も理解できない。
「悪かったよ余所見して。だからって不意打ちは卑怯だろうがよッ!」
短剣を素早く地面から抜き取り、アルバートに向けてノールックで投げる滝澤。久々の超人智芸である。
「甘いわ!」
避けるでも弾くでもなく、アルバートは短剣をそのまま我が身で受けた。ようで、実際はアルバートの体に触れると同時に短剣が彼の体に飲み込まれたのだった。
「はぁ〜!!??許されるわけないだろそんなの!俺も使いたい!」
「ならばお前も習得してみろ!錬成魔法をな!」
アルバートの体から生えた剣が次から次へと滝澤へ襲い掛かる。だが、滝澤は臆する事無く木の棒を構える。
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイッ!」
真横から衝撃を加えて軌道をずらし、放たれた全ての剣を一歩も動かずに捌ききった。
「中々にやるではないか!ハハハッ!面白いぞ!」
アルバートは再び錬成した剣を掴み、滝澤の前へと降り立った。
「この俺が直々に相手してやる!」
アルバートが地面に足を着くとほぼ同時に滝澤は1歩目を踏み出していた。それがアルバートの計算を僅かにずらす。
「先手必勝ォ!」
「好きに言え!」
一気に間合いを詰めた滝澤の頭上をアルバートの剣が掠めた。施策通り、あと1歩遠くから迫っていたなら剣は彼の首を跳ねていただろう。
「ほう!」
余裕な笑みを浮かべたアルバートの土手っ腹に滝澤は木の棒を叩き込んだ。無論、後先考えずの全力である。殺る気でなければ、殺られる。
「(決めた……!)」
滝澤が確信したその刹那、アルバートは奇っ怪なことを呟いた。
「……その程度では刃は届かんさ」
木の棒は確かに左側に抜けている。しかし、アルバートは依然としてその場に立っていた。
「何だとぉー!?」
「ハッ、中々相応しい悲鳴だ。手加減くらいはしてやろう」
無防備な滝澤の腹に、一撃。アルバートの拳がめり込んだ。
「がはっ……」
滝澤は鎧蜥蜴の持つ盾に背中から激突する。
「特別に私の力を見せてやろう。その身で覚えよ」
[ステップ]、とアルバートが唱え、倒れかけた滝澤の体が宙に舞う。
「行くぞ、〈
言の葉を残し、アルバートの姿は地上から消える。次の瞬間に彼は滝澤の斜め上に居た。
「〈皇帝〉」
アルバートに蹴り飛ばされた滝澤の体の向かう先に彼は移動していた。
「〈皇帝〉、〈皇帝〉、〈皇帝〉、〈皇帝〉」
滝澤の体は瞬間移動するアルバートに何度も殴られ、蹴られ、ボロボロの状態で地面に墜ちた。全身を走る激痛に滝澤は苦痛の言葉を発することもままならない。
「こんなところか。悪くない決闘であった。勝ったのは俺だがな。アイラ!そっちはどうだ?」
「滞りなく。眠って頂きました。[
アイラの命令で鎧蜥蜴達は光の中に消える。そして、その場にはボロ雑巾のような姿の滝澤だけが残されていた。
「帰るとしよう。我が新しいフィアンセと共にな」
「言い方、直した方が良いですよ」
「そうか。直すつもりは無い」
「その性格、直した方が良いですよ」
「直すつもりは無い」
アルバートは意識を失ったナスカを背中に抱えようとして地面に崩れた。
「ぐ……重……」
アイラはアルバートの背からナスカを抱え上げる。
「無理をなさらないでください。小さな体なのですから」
「ぐむむ……」
舌戦に敗北したアルバートは剣を体の中へと仕舞い、歩き出す。その小さな背に放ったはずの剣が集まり、彼の体と融合していった。
「……悪く思わないでくださいね」
動かない滝澤を尻目にアイラもまた、主人の後に付いていく。
「ナス……カ……」
圧倒的に打ちのめされ、滝澤はボソリと遠ざかっていくナスカの名を呼び、意識を閉ざした。
ナスカを抱え、森を抜けようとしたアイラとアルバートの頭上を突風が駆け抜ける。
「ナスカを離せっ!」
ルナの急襲をアイラは身を屈めて躱した。その衝撃でナスカの体が地面に転がる。
「新手か?アイツよりか戦慣れしていないようだが」
森の中を捜索していたルナは滝澤とアルバートの戦いには気づいていない。しかし、微かに羽毛が拾い上げた風の予感が彼女をここに呼び寄せたのだった。
「嫌なやつら、許さない!」
ワイヴァーンから引き継いだ風の力を存分に発揮し、作り出したいくつもの空気の球をアイラとアルバートへ発射する。
「相性が悪いな。俺は防御に専念する」
「一生守っていてはどうでしょうか。私は帰りますから」
「ハッ……俺を置いては行けないと思うが」
アルバートの言葉通り、左手を前に向けたアイラは巨大な怪鳥を召喚し、飛び乗った。
「こっち来るの!?」
驚いたルナが放った風弾をアイラは拳で貫いた。
「風如きであれば、この拳で十分」
「!?」
怖気付いたルナに勝機は無い。迫り来る無数の風を文字通り打ち破りながら、一気にアイラがルナに迫る。
「あっ……」
「お眠りなさい」
頭を掴まれたルナの耳元でアイラが囁く。墜ちていくルナを一瞥し、アイラは主の元へと戻った。
「やはり、お前は強いな。敵に回さなくて本当に良かった」
「……そうですか、それは光栄です。城に帰るとしましょう」
再びナスカを背負ったアイラはずんずん歩いていく。アイラとかなり身長差のあるアルバートは引き離されまいと、無言でその背を追う。いつの間にか、前後が逆転していた。
「……もう1匹、居るな」
「気のせいでしょう」
「ふん、そうか」
森から離れていく二人の背後で剣がそっと鞘に戻された。
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