16.想い
事件の解決は近衛の方たちに任せた。エステル様は予定通り仕事の話を詰めるため、王妃様と話をしている。
私はひとり庭に出て、エステル様を待つことにした。
庭園には、昨夜と同じ白い薔薇が咲いていて、今は爽やかな朝の光に輝いていた。私はその香りを胸一杯吸い込んで「つ、疲れた~」とその場にしゃがみ込んだ。
この数日、怒濤過ぎた。
生れて初めてドレスを縫って、生まれて初めて舞踏会に参加して、その上拉致されたのだ。老いないコツは常に新しいことを吸収することなんていうけれど、こんなにまとめて摂取したら、逆にどっと老いた気がする。
膝を抱える私に、頭上から声が降ってきた。
「こんなところにいたのか」
アラン様だ。
「君たちの証言通り、あの親子が借りていた部屋からコルセットや布が見つかった。他の者から、奴らが王宮の仕事を斡旋すると言って下級貴族から金を巻き上げていたという話も出てきた」
「あ、前にエステル様に聞いた……黒幕あの人たちだったんですか」
「ああ、お手柄だ。礼を言う」
「いいえ。教えてくださって有り難うございます。エステル様のほうは大丈夫そうですか? その、叔父さんは」
「ああ。どうやら一日でずいぶん王妃に気に入られたようだから、叔父も無理矢理連れ戻したりはできないだろう」
それを聞いて安心した。
女の子が結婚に左右されず、自分のやりたいこと仕事をやる。現世でもなかなか難しかったことを、エステル様は成し遂げたんだ。
「良かっ――あ!!!」
「ど、どうした」
「お店! 戻らないと!! 早く仕込みの仕事手伝わないと――」
怒濤過ぎて、すっかり忘れていた。人の仕事を心配している場合じゃない。
立ち上がる私を、アラン様が引き留めた。
「いや、一晩寝てないんだろう」
「でも、マスターも奥さんも心配してると思うし、帰らないと」
「――わかった。どうしてもと言うなら、俺が送る」
アラン様がそう言った次の瞬間、私の体はふわりと宙に浮いていた。
アラン様が、私の体を軽々と抱き上げたからだ。
これはもしや、姫抱っこというやつでは。
「え、あ、ちょ」
「じっとしていてくれ。落ちる」
「お、下ろしていただければ。一人で帰れます!」
「エステルのためにドレスを仕立てたりしなければ、君がこんな目に遭うことはなかった。せめて送るくらいのことはさせてくれ」
アラン様の真摯な顔に、私は仕方なく黙った。妹のために尽力した相手に礼をしたいんだろう。その気持ちは買ってあげたい。
「アラン様は、本当に妹思いなんですね」
「……そうかもしれないが、俺は」
アラン様はなにかを言いかけ、それから不満げに口をつぐんだ。むふふ。照れるシスコンはいいものだ。
最初は戸惑った姫抱っこだったが、そのうち眠くなってきてしまった。
いけない。寝ると人って重くなるというし、アラン様に迷惑をかけないために、ここはなにか話そう。
「……私、もうお裁縫したくないって思ってたんですよね、実は。裁縫にあんまりいい思い出がなくて」
アラン様の腕がぴくっと強ばる。私は慌てて続けた。
「でも、お金入ったらすぐ裁縫道具買っちゃうし、いつも持ち歩いちゃうし、エステル様にドレスを見せて貰ったときにも、縫い上げたときにも、もの凄く興奮して、わくわくしました。もうお針子なんてこりごりって思ってたはずなのに、私――楽しかったんです」
それは、この怒濤のような数日間、ずっと感じていたことだった。
布と針と糸とで、なにかを作り出す。
そしてそれを、喜んでくれる人がいる。
それは純粋に楽しいことだった。
もとはと言えば無理矢理身につけさせられた技術だったけど、私は、仕立てることが好き。
お針子仕事をしたくなかったのは、つらい過去から目を背けたかったからだ。
もっと言うなら、裁縫を選んだことで人生を棒に振ってしまったと、認めたくなかったから。
「お二人のおかげで、楽しいって気持ちを思い出したんです。だから、どうかもう謝らない
でください」
私はもう、自分がお針子に費やしてきた人生を、否定しない。
失敗だったかもしれなくても、それもひっくるめて自分なのだと、受け止めようと思う。
なんだか真面目な話になってしまった。感情の浮き沈みが激しいアラフィフだから、許して欲しい。
起きているために話し始めたのに、結局私はそのまま眠ってしまった。
アラン様の腕の中は、温かかった。
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