10.私までドレスアップ!?


 そしてやってきた、舞踏会当日。

「エステル様あ……」

 こっちの世界にやってきて一番くらいに、私の声は震えていた。

 ドレスが仕上がらなかったからではない。


 なぜか私もドレスを着ているからだ。


 睡眠時間をギリギリまで削ることで、ドレスはどうにか仕上がった。

 それを届けに来たら、取り巻きのいないエステル様のために、一緒に舞踏会に出てくれと頼まれたのだ。

 もちろん一度は断った。当たり前だけど、舞踏会なんて出たことないし。連日の徹夜で私の目の下にもしっかりクマが居座ってるし。髪はぼさぼさだし。正直今すぐ帰って寝たい。

 けれどドレスは、ストマッカーを留める位置でいくらでもサイズ調節可能ときている。合うサイズがないから……なんて断ることも出来ない。

「お願い!」

 とうるうるした瞳で拝み倒されて、またしても押し切られてしまった。

 まあ、エステル様のために仕立てたドレスの成果を見届けたいし、それなら、そばにいられるのは好都合かもしれない。


 というわけで私は元々エステル様が持っていた中から、パステルブルーのドレスを借りていた。これならエステル様が目立つのを邪魔しないで済む。

「とてもよく似合ってるわ、ローズ」

「そ、そうですか?」

 エステル様のおうちで姿見をのぞき込む。


 鏡も高価だから、私の部屋にはない。こうして自分の姿をまじまじと見つめることもめったにないから恥ずかしい。しかしまあ、外見はこちらの世界の十七歳なのだから、それなりに様にはなっている。ちなみに私の髪は明るい金髪で、瞳は淡いブルーだ。

 私も人並にこんなかっこうに憧れはあったから、悪い気はしない。


 でも、やっぱりコルセットはしんどかった。

 ぎゅうぎゅう締め上げられて、ほとんど拷問器具だ。サイドフープで両脇が膨らんでいるから、車幅感覚も試される。慣れないと、その辺のもの何でもかんでも巻き込んで落としそうになる。高価な花瓶などに引っかけないよう、要注意だ。


 意外だったのは、豪華なネックレスはつけないということ。

 なぜなら、デコルテ(首から胸元)が美しいことがこの世界の美しい人の条件だから。

 宝石で覆わずに、むしろ「どやあっ!」とデコルテから上乳を見せていくのだ。そこの肌の美しさで殿方を悩殺する。

 コルセットはウエストを細く見せるとか、姿勢を保つことの他に、乳を寄せて上げる効果もあるんだろう。

 これが、現代では中年だった私には結構ハードルが高い。

 恥ずかしいとかじゃなく、風邪ひきそうって意味でね。首、手首、足首の三つの首は隠すのが、冷え性中年の基本だっていうのに。


 着替えていた部屋のドアがノックされる。

「準備はできたか」

「ええ、いいわよ」

 エステル様の声に応じて部屋に入ってきたのは、アラン様だ。今日はエステル様のために休みを取り、私たちをエスコートしてくれることになっていた。

 エステル様は私の両肩に手を置くと、なんだかやけに楽しそうに言った。

「ねえ、私のドレスも素晴らしいけど、ローズもよく似合ってると思わない?」

 自分のことより先に私を褒めるエステル様、本当に育ちがいい。一方、アラン様は「ああ」とだけぼそっと言うと、つい、と顔を背けた。


 む。

 この間しつこく病院に行けと迫ったのを、まだ怒ってるんだろうか。

 若者難しいなあ。

 でもまあ、若者ってそういうものかとも思うので、私はそれ以上へそを曲げたりもせず、アラン様が手配してくれた馬車に乗り込んだ。

 アラン様はずっと険しい顔で窓の外ばかり見ていて、一度もこちらを見なかった。

 エステル様だけが、なぜか終始にこにことしていた。


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